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26話 発掘者と河童と天才

「本当に天才だったんですね。グラスさんって」


 朝食のキュウリをかじり、新聞を片手にレインは言う。植物と昆虫の迷宮『ウークラフト迷宮』に潜って3か月が経っていた。


「なんだ柄もなく新聞なんて読んで」


 キュウリを収穫し終わり、家の扉が開く。アリベルの格好は普段の軽装ではなく、長袖に長ズボン、長靴、そして手袋と麦わら帽子をかぶっていて、いわゆる農業のおっさんだ。

 アリベルにレインの読んでいる新聞を傍目に読む。


「あーそれか。俺らとは頭の出来が違うんだろうな」


 アリベルはキュウリを水道に置き、着替えに二階に昇る。


「しかももう大学部進学ではないらしいですよ准教授ですって・・・」


 レインは驚愕の表情をのぞかせる。

 高等部から大学部、講師を飛び越えて、准教授になることは史上初のことだ。 


「レイン、准教授って、年収どれくらいか知ってるか?」


 着替えながらアリベルはレインに問題を出す。レインは「うーん」と考えながら


「まあ教授よりは給料を低いから、400万くらいですか」

「正解は1300万だ」

「せ、1300万!?」


 レインは驚きの余り、キュウリを口から落とす。そしてすぐに拾い上げて、キュウリにフーフーと息を吹きかけ、もう一度かじりつく。


「文字通り住む世界が違うよな」 


 着替え終わり、階段を下りながらアリベルは言う。


「今日大広場で異例の高等部卒業での演説があるらしいですよ」

「当然行きますよね!?」とレイン。アリベルはキュウリを洗いながら言う。


「この会見だって、グラスの准教授になったのだって、イフェリアの目くらましだろ」

「あーそれはありそうですね」


 レインはグラスの准教授就任という大きな記事にひっそり、「魔法中央大学教授イフェリア逮捕」という記事に目をやりながら言う。アリベルは水道の蛇口をきゅっと閉めて言う。


「大学教授のスキャンダルなんて批判の的だからな。それから目をそらすためにしているんじゃないか?」

「アリベルさんはまたうがった考えをして・・・じゃあ行かないんですか?グラスさんの卒業演説」

「・・・行く」

「行くんじゃないんですか」


 アリベルとレインの優雅な朝である。




『皆さんこんにちは、こんなに多くの方々が来るとは想像していなくて緊張しています』


 グラスはそう言って一呼吸を置く。


『私は今回この魔法中央大学高等部の卒業と魔法中央大学准教授の就任でこのようなスピーチをすることになりました。これは史上初のことのようです。

 史上初と言いますが、この10年の間に史上初と言われた出来事はたくさんあります。10年前は夜の街は薄暗く、相手に今すぐ思いを伝えてもその思いは5日後に届いていました。

 それが今では町は魔法道具によって明るくなり、思いを伝えるのも受話器を取ればすぐに伝えることができるようになりました。これは魔法道具による恩恵であり、私たちの生活を豊かにしたのはいうまでもありません』


『しかし』とつなげて言う。


『私はこの3か月前に価値観が変わる体験をしました。ある発掘者とともに迷宮に潜ったのです』


 そういうと民衆はざわざわと騒ぎ始める。


『そこで、私はこのすさまじい発展の負の部分を初めて目にしました。光があれば影がある。緩やかに衰えていく産業もあることに気づきました。町を照らしていたランプは照明器に取って代わられ、ランプを作っていた人は廃業しています。通信機によって配達屋の需要は小さくなり、配達屋も数を減らしています。

 そして完全になくなった産業も一つ。命を懸けて「迷宮」に潜り、生活に便利な道具や材料を採取する「発掘者」は過去の仕事になりました。転職できなかった多くものは野垂れ死んでいた事実を初めて知りました。そしてかつて発掘者でにぎわっていた迷宮を持つ町も時間が止まったかのように静寂で包まれていました』 


『どうしようもない。と言われればそうかもしれません。この発展はもう止まることはないでしょう。しかしこのことは忘れてはならないと感じました。

 わたしは研究者になりますから、これから新しい技術、製品の開発に尽力していきます。そのときに考えたいのは全員を幸せにするということです。誰かを蹴落としてではなく、共存の道はないかそれを考えていきたいのです』


 スピーチは続く。それをアリベルとレインは聞いていた。木の上で。


「共存ですか。できますかね、アリベルさん」


 レインは頬杖をつきながら言う。


「できてほしいな。あの発掘者の大量失業の二の前はごめんだ」


 そういって二人は笑った。


「頑張ってほしいですね」

「そうだな」


 二人はかつての”仲間”に心からのエールを送った。



 グラスのスピーチから次の日。呼び鈴がならされる。


「うーん誰だこんな時間に」


 アリベルは時計を確認すると時刻は朝の6時。決して早い時間ではないが、誰かの家に訪問するにはいささか早い時間だった。


「はいはい。今行きますよー」


 アリベルは扉の鍵を開けて、扉を開く。

 するとそこには天才少女で史上最年少准教授様が立っていた。


「どうしたんだよ・・・グラス」 


 アリベルは頭を掻きながら聞く。


「それが准教授になって、学生寮から追い出されちゃって」


 そう言ってグラスはテヘヘと笑う。


「そうか確かに学生じゃなくなったわけだしな・・・だが職員寮とかありそうなもんだが」

「いや、教授、准教授は職員寮ではなく、一軒家や賃貸を借りるのが通例みたいで・・・」


 アリベルとグラスが話していると、アリベルの背後からミシ、ミシと階段の軋む音が聞こえる。


「どうしたんですか・・・アリベルさんって、グラスさん!?どうしたんですか!!」


 ヘソをかきながら降りてきたレインはグラスを見た途端、驚きの表情を見せる。


「レインさんお久しぶりです。しばらくここにお世話になろう思いまして、来ちゃいました」


 そう言ってグラスは笑顔で手を振る。

 その様子を見てアリベルはため息をついて笑った。


「どうも中々逞しくなったようだな」

「はい、おかげさまで!!」

「朝食、昼食も夜ご飯は勝手にキッチンで作ってくれ、キュウリの収穫はローテションだ」

「え、じゃあ」


 グラスの言葉にアリベルは頷く。


「あーいいよ。部屋も空いてるしな」

「仲間ですからね」


 仲間という言葉にグラスは少し驚いた顔をするが、やがて嬉しそうな顔になる。


「じゃあ」


 アリベルはレインと見合う。そして呼吸を合わせて言った。


「「我が家にようこそ!!」」


 アリベルとレインの家に同居人が1人増えた。

ここまで読んでくださってありがとうございました。新作の『消えた天才《フッカツノネガイとつけられた競走馬》』というものを書いています。是非読んで頂けると有り難いです。

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