22話 発掘者と河童と脱出
「それにしてもこれ何層なんだろうな」
昆虫龍を倒して一息ついてからアリベルは周りを見渡す。しかし外を見ることができる隙間はない。
「確か20層までは確認されてましたよね」
レインは迷宮の地図を見ながら言う。
迷宮の主を倒したからと言って、自動的に出口に帰れるわけではない。
発掘者の死亡者の20%は迷宮の脱出中だったという統計もある。
「早く帰りたいですね」
グラスはマナポーションをチビチビと飲みながら言う。そして思い出したかのように言った。
「あ、そういえばこの昆虫龍は迷宮主だと言ってましたけど、倒したらなんかあるんですか?」
「迷宮によりますね。数時間後に復活するものもありますし、たまに崩壊してしまう迷宮もあるんですよー」
レインはそう言ってグラスを脅かす。
「え、じゃあもしかしてこの迷宮も崩壊しちゃうかもってことですか・・・」
「そしたら僕達絶対に死にますね」
そう言ってレインはにやりと笑う。
「おい、脅かすな。心配するなそんな迷宮ほとんどない・・・」
バリっ!!
嫌な音がする。
おそるおそる3人の目線は音のした方へ向く。
そこにはあれだけの衝撃を与えても傷一つつかなかった壁に穴が空いていた。ヒューヒューと冷たい風が流れ込んでくる。
「いやいやきっと気の所為だ」
ピキピキピキピキ・・・
不気味な音がなり始める。アリベルは震えた声で言う。
「おかしいな二人とも俺どうも貧血らしい。なんかクラクラするんだ」
「奇遇ですね。アリベルさん私もですよ」
「何だ一緒か。よかった・・・」
「よかったじゃないですよ!!これ地面揺れてますよ!!」
コントをしている二人にグラスはツッコミを入れる。現実逃避しているアリベルが口を開く。
「いやいやそんなわけ」
バキッ!!
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!
音はどんどん激しくなる。周りを見渡すと壁がさらに壊れ、そして気づいたら柱も崩壊している。
そしてあれだけ頑丈だった地面もまるで海のように荒れ狂い、立つこともままならない。
「これっやばいぞ!!」
アリベルはなんとかバランスを取りながら言う。
「おっおっおっおっ!!」
レインは千鳥足のようにしながら奇声を上げる。
「どうします!!アリベルさん」
グラスはアリベルに判断を仰ぐ。レインもアリベルの方を見る。二人の視線にアリベルはため息をついて言った。
「このままいても瓦礫で生き埋めになる。なら、脱出しかない」
「でも出口なんてどこにも」
グラスは周りを見渡す。目線の先には迷宮の崩壊していく壁と真っ青な空があるだけだった。出口なんてない。
「まさかアリベルさん・・・」
レインは顔を真っ青にして言う。アリベルはニヤリとして指を指した。
指を指した先は空。
「飛び降りるぞ!!落ちた先に湖があることを祈って!!」
「えぇーーー!!!??」
グラスは驚きの大声を上げる。レインは、「あーあ!!」と諦めの表情を見せ、昆虫龍の死体をバックパックに詰め込む。
「もう時間がない!!行くぞ!!」
バリバリバリバリ!!!
音は激しくなり、そして揺れも更に大きくなる。
完全に崩壊するのも、そう時間がかからないことをこの揺れは暗示していた。
グラスは地面を這いながらアリベルとレインがいる空と迷宮狭間になんとか向かう。
天井も崩れ始め、もう時間がない。
「うわっここから飛び降りるんですか・・・」
グラスは震える声で2人に問い掛ける。レインは苦笑いを浮かべ、アリベルも申し訳無さそうな顔をする。
3人の視線の先には青の空と雲だけあり、建物や人などが全く見えなかった。
平地とは違って風が吹き荒れ、気を緩めれば体が持っていかれてしまう。
こんなところから落ちればどうなるか。アリベルもわかっていた。アリベルは軽く頭を下げて言う。
「すまんな。俺とレインがが下になってなんとかお前だけは助けてやる・・・」
「そんなの嫌です!!!」
これまでの間で初めて聞く。彼女の明確な拒絶。アリベルがグラスの方を見ると怒りからか肩を震わせていた。
「わかってないなアリベルさんは」
レインはちっちっちっと人差し指を揺らしながら言う。
「そうです。アリベルさんは何もわかってない」
そう言ってグラスは腕を組みふんっとそっぽを向く。
そしてアリベルとレインの方を見て笑った。
「3人で助かりましょう。そしてあのとき楽しかったねって笑い飛ばしましょう」
「そうです!!まだまだ私も死にたくないです!!」
アリベルは一度目を瞑りそして笑う。
「そうだな!!この冒険もハッピーエンドで終わらせよう!!」
アリベルはそう言ってレイン、グラスの肩をもつ。
「私は風魔法を使って落ちる速度緩めます。そして地面がもし見えたら地魔法で地面を緩めます!!」
「私も水鉄砲で落ちる速度を緩めます!!」
「俺は雷魔法しかできないからなにもできない!!」
「だけど!!」アリベルは続ける。
「この二人の肩は決して離さない!!」
アリベルはそう言って二人の肩を持つ手を強める。
アリベルがそう言うとグラスとレインはにっこり笑った。
三人は迷宮の際に立つ。一歩前に踏み出せば、重力によって自由落下する。
「じゃあいくぞ!!3!!」
アリベルが言う。
「2!!!」
レインが言う。
「1!!!」
グラスが言う。
3人が顔を見渡して頷く
「「「ゼロ!!!!!」」」
三人は一歩前に踏み出した。
「うおぉぉぉ!!!」「ギャァァァァ!!」「キャァァァ!!」
3人の悲鳴が上がる。氷点下の突風が3人を襲う、急降下していく。
それでもグラスは唱える。
「ウインド!!!」
しかし落ちるスピードが落ちない。
落ちていき、下にあるものが少し見え始める。そして落ちる先、それは人工のコンクリートだった。
(これはきついか・・・)
アリベルは顔を歪める。
それは最悪の落下先だった。コンクリートは土魔法の上級者でしか形態を変えることはできない。
グラスの表情を見てもかなり厳しそうだ。
しかし救世主は思ってもいないところから現れる。
『なにしてんの?あんた達』
聞き覚えのある声。
そして自由落下によって受けていた強烈な風と浮遊感がなくなる。そして周りには空気の膜のようなものが張られていた。
3人は声の先に目を向ける。
『なによ。ドリアードは元気でしょうね!!』
ビシッとアリベルを指差す。
数刻前に戦っていた風の精霊シルフィーユだった。
『元気!!』
ドリアードもアリベルのフードからひょっこり顔を出し、手を振る。寝ていたのか顔にはヨダレがついている。
「助かった・・・」
グラスは張り詰めた緊張がとけたのはぁーとため息をついて目をつぶる。目元には安心感からくる涙があった。
アリベルはグラスの肩をさする。そして同時にレインも肩をポンポン叩く。
そして二人の方を見ると二人とも同じ方を指を指していた。
「なにかあるんですか・・・」
グラスの目から涙が溢れる。それは恐怖からでも安心感からくる涙でもない。
目の前には額縁に入れて飾られるどんな風景画だって敵わない朱くなった世界が現れた。沈みゆく夕陽にそしてその光を反射する湖、海。そして、赤く染まった山。そしてかすかに見える人の営み、街。それらを一度で見ることは地上では不可能。まさに3人だけの景色だった。
「夜に聞いたな。なんで発掘者続けるんだって」
グラスはアリベルの方を見る。目には朱くなった世界が反射してる。
「あのとき俺は答えられなかった。自分が自分をわからなかった。でも今わかった」
「俺は好きなんだと思う。この、発掘者っていう仕事が」
「そりゃー危険なことも沢山ある。今回なんて何回死を覚悟したかわからん」
「でもそれ以上に楽しいんだ。冒険が」
「俺は発掘者という職業が、冒険が大好きだ」