2話 発掘者と河童とキュウリ
閑静な住宅街のある家に、空間のひずみが生まれた。
どこにでもある家である。あえて他の家と違う点を挙げるとするなら、畑に異様な量のキュウリが植えられている点であろうか。
そして空間のひずみから男と河童が吐き出される。閑静な住宅街にドサッという音が響き渡る。
「おわっ!?」
「うげっ!?」
砂埃がたつ。
「イタたたた・・・腰打った」
男、「アリベル」が腰をさすりながら立ち上がる。
「うぅ・・・痛い。って、あっ!!ぼくのキュウリが・・・」
キュウリの苗木が二人の自重によって押しつぶされていた。なっていたキュウリも無残に折れてしまっている。
「しょうがないだろ。このアイテムは家のどこかまで指定できないわけだし・・・てか、何が僕のキュウリだ。俺が植えたキュウリだぞ」
「ううぅぅ・・・キュウリがキュウリが」
そう言って、河童、「レイン」が折れたキュウリにかじりついた。
「・・・地面に落ちたキュウリを食べるなよ。それで腹壊したの忘れたのか?」
「そんなこと忘れました」
そう言って食べ続ける河童、レイン。「おいしいおいしい」と笑顔が漏れている。その嬉しそうな姿を見て男アリベルは苦笑いを浮かべる。
「せめて洗ってから食べろよ。『ウォーター』」
アリベルがそう唱えると球体状になった水が生まれる。そしてその水は土がついていたレインの顔とキュウリがきれいにする。そして仕事を終えるとやがて球形の形が崩れて、重力に従って地面を湿らせた。
「ありがとうございます。アリベルさん。それにしてもおいしいですねー。この家のキュウリは」
「そりゃどうも。そのキュウリ食べたら行くぞ」
「はいわかりました」
レインはそう返事して、残ったキュウリを味わいながら食べ切った。
それを見てアリベルは家に裏口に向けて歩き出す。
「あっ!?」
「うん?どうした。忘れ物でもしたか?」
「いやまだキュウリがありました」
そういってレインは折れた苗木から小さなキュウリを収穫した。表情は得意げで嬉しそうである。
「まったく・・・レインは」
「なんですか?アリベルさん。このキュウリあげましょうか?」
「別にいいよ。僕はキュウリそこまで好きじゃないし」
「変わってますね。アリベルさんは」
そう言いながら、レインは小さなキュウリをかじる。
「早く食べろよ。早くいかないと間に合わないからな」
「どこいくんですか?」
「宝石商だよ」
そう言ってアリベルがにやりと笑う。
着替えを終えたアリベルとレインは玄関を出た。既に空は赤く染まり、魔力による照明器によって明るく街が照らされていた。
「しかしまぁこの街も発展したもんだ。俺の家の周りなんて小麦畑だったのに・・・」
「本当ですねー」
アリベルとレインは周りを見渡す。家の周りにはかつてあった小麦畑は姿を消し、代わりに真新しい家が建てられ、街路には露店がある。アリベルたちの家にあるキュウリ畑が浮いて見えるほどの都会になっていた。
「兄ちゃんたち!!バッファローの串焼き買っていかないかい!?」
「今日揚がったばっかりの魚の串焼きだよ!?今なら四本買ったら、一本おまけでついてくるよ!!」
「元気が出るドリンクもあるよ!!今なら銅貨一枚にまけておくよ!!」
元気のある商売文句が、街路に行き交っている。
「アリベルさん」
「なんだよ?」
「お腹すきました。串焼き買ってください」
レインはお腹を抱えて食べ物をを所望している。
「・・・昔はキュウリしか食べなかったのにな。いつからこんな俗世に染まってしまったのか」
「キュウリは主食ですから、おかずも欲しいですです」
レインが胸を張りながら言う。その表情を見て、アリベルはため息をつく。
「わかったわかった。あとで買ってやるから、先に用事済ませてからな」
「はい、わかりました」
そう言って、露店の街路を抜けて高級住宅街に入る。
「まったく、ここら辺も変わってしまったなー」
「そうですねー三年ほど前には『迷宮』のない街と言われていたのに・・・こんなに発展してしまって、今ではここら辺は高級住宅街に。空気もきれいじゃなくなりましたし」
レインはゴホンゴホンと咳をする。
「それもこれもあの建物のおかげだろうよ」
アリベルは指をさす。その指の先には巨大な塔をシンボルとした建物であった。
「魔法国立総合中央大学ですか」
レインは「相変わらず大きい建物ですねー」と見上げる。
「こいつと企業が連携していろんなものが開発しているからな」
迷宮の価値が低くなった世界では、大学などの研究機関のある街、企業がある街が一気に発展していき、栄華を極めた迷宮を所有している街は人が離れていき、廃れていった。
「まあ、俺たちには縁の遠い大学だけどな、っと、着いたぞ」
「また豪華になってますね。この店は・・・」
レインはほえーと見上げる。そこにはアリベルやレインには似つかなわないルビーやエメラルドやダイヤモンドで装飾された豪華絢爛な店がそびえ立っていた。
「まあ、装飾品にしか使われてなかった。宝石が今ではいたるところの製品に使われているからなー。儲かっているんだろう」
そう言って、アリベルは扉を開ける。
「「いらっしゃいませ」」
落ち着いた店員の声がアリベルたちを迎える。アリベルが見知った仲の人たちはいなかった。
「『ビジュー宝石商』に何の御用でしょうか」
「ビジューに会いたいんですけど」
店長に会いたいという客に驚き表情をかすかに見せるが、すぐに驚きの表情を隠し笑顔になる。
「店長ですか?了解しました。失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「アリベルです」
「了解しました。しばらくそちらのソファーでお待ちください」
そういって、その店員は少し速足で店裏に入っていった。
アリベルたちは促されるままにソファーに座る。
「ふかふかですね。このソファー!!このソファーうちも買いましょうよ」
レインがそう言いながら、ソファーをぽよんぽよんする。
「こんなの買ったら三か月はキュウリだけの生活になるぞ」
「うぅ・・・じゃあ、やめときましょう」
そんなことをしゃべっているうちに店裏の扉があけられる。
「よおーレイン。久しぶりだな」
「おぉ、ビジョー。お前の店、また豪華になったな」
アリベルとビジョーの久しぶりの邂逅である。