19話 河童と発掘者と黒幕
「まさか本当に収穫してしまうとはね。徹底的に刈り尽くしたはずだったんだが」
その男は、わざとらしくパチパチと拍手して見せる。
「なんで・・・なんでですか!!イフェリア教授!!」
グラスは叫ぶ。その声には怒り、困惑そして悲壮が入っていた。
「あなたは私に優しくしてくれていた!!だから貴方だけは味方だと・・・」
「私はあなたの味方ですよ」
イフェリアは笑う。
「グラスさんの研究を邪魔して、何が味方ですか!!」
レインは声を荒らげる。
「私はグラスさんを買っているんです。だからこそ横取りされたくない」
一呼吸おいて続ける。
「グラスさん、あなたは天才だ。スイレン草なんか、あんなゴミみたいな雑草を使って、やっている研究は革新的です。だからこそ私はあなたが欲しい」
そう言ってイフェリアはニヤリと笑う。
「心配しなくてもスイレン草の研究は、やらせてあげますよ。卒業研究が終わって、私の研究室に入ってからね」
「・・・なるほどお前は、グラスを確実に自分の研究室に所属させたかったのか」
「そうです!!そこの貴方!!物わかりがいいですね!!あの研究が完成し、衆目を浴びたら、全教授がアプローチをかけてくるでしょう!!!そしたら私みたいな弱小の研究室では太刀打ちできない」
そう言ってイフェリアはグラスに向かって言う。
「卒業研究は諦めてください。そして私の研究室で一緒に研究しましょう」
「植物の成長の促進」
アリベルの言葉にイフェリアは思わず、アリベルの方を見る。
「それがあんたの研究らしいな」
「・・・えぇそうです。グラスさんと目的は一致している。だからこそ私の研究室に来るべきなのです」
「だが最近全然上手く行っていないみたいじゃないか」
そう言ってアリベルはレインのバックパックから大量の書類をバサッ取り出し、地面に落とす。
「あの大学的にはあと一年で研究結果を出さないと他所の大学行きって感じか?」
アリベルは肩をすくめる。
イフェリアは貴族ではない。そのため研究結果を出さなければ、学生同様、放逐される。
「だからグラスみたいな天才が欲しかったんだろうが」
アリベルは剣を抜く。
「やり方がまずかったな。優秀な生徒は優秀な指導者を選ぶ権利がある。それをこんな方法で潰して、そして何食わぬ顔でグラスを迎え入れる。そんなの虫酸が走るわ」
そう言うとイフェリアの顔が初めて歪む。
そして大声で怒鳴りつける。
「うるさいぃぃ!!俺が最初に見つけて、ずっと親切にしてやったんだ!!!俺が最初だ!!他の誰かに渡すものかぁぁ!!!」
イフェリアはそう言ってハァハァと肩で荒く呼吸をして、笑顔を取り繕ってグラスに向かって言う。
「どうかな?グラスくん?私の研究室に入らないかい?もちろん自由にやって構わない。予算も好きにして構わない」
「イフェリア教授・・・予算も好きにして構わないって」
「そうだよ。他の教授だとそうは行かない。自分もその研究費から研究するからね」
「・・・あなたはもう自分で研究することを諦めてしまっているんですね」
グラスは言う。イフェリアを見つめる目には悲しみと哀れみが混じっていた。
「あなたはもう教育者でもなければ、研究者でもないんですね」
グラスは一呼吸おいて言い切った
「お断りします!!!」
そう言うとイフェリアは笑い始める。
「いやはやこんなにもうまく行かないとは。しょうがない」
そう言ってイフェリアはパチンと指を鳴らす。
するとゾロゾロと人影が現れる。ざっと20人ほどいるだろう
「そこの二人は死んでもらって、グラスくんには軟禁して研究してもらうとしましょう」
「おいおい、舐められたものだな。レイン」
「そうですね。アリベルさん」
「「俺たちに勝てる人間なんていないんだよ」」
そう言ってアリベルとレインは走り出した。
そして意識の外から飛んでくる。
アリベルは光速を身に纏い回り込む。
「なっ!?はやい!?」
鋭い回し蹴りが暗殺者を襲う。
「まずは一人」
そして隣の暗殺者は回し蹴りの勢いのまま剣で切り裂く。
「二人」
「雷」
そして続けて雷を生み出し周りにいた二人を感電させる。
「私も行きますよ!」
レインは速さこそないが、常識を超える腕力がある。
バックパックから取り出したのは巨大な棍棒というより大杉そのものだった。
「そーれ!!!」
振りまわすだけで大杉に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
「・・・なんだ、なんなんだ!!お前ら!!ここにいるものは選りすぐりの暗殺者だぞ!!」
イフェリアは目の前の現実が信じられないのか、叫ぶ。
既に暗殺者の大半は意識を失っていた。
「俺たちって実は迷宮探索向いてないんだよな」
イフェリアに近づきながら言う。
「俺もレインも魔物には強くないんだよ。俺も魔法も発動こそ早いけど、威力はそこまでだし、早く動けるけど威力は低い、レインは力は強いけど、水では魔物は死なないし、攻撃は大振りでなかなか当たらない」
「でも」続けて言う。
「人間は魔物ほど頑丈でもないし、柔軟に動けない。急所に当たったら戦闘不能だ」
「しねぇーー!!!」
生き残っていた暗殺者が銃の引き金を引き、銃弾がアリベルの胸元に直撃する。
「はははは!!よし!!!」
「わるいけど効かないんだわ」
そう言ってアリベルは灰色のフードをふわっと見せる。
「これは銃弾とか魔法の込められてない攻撃は弾くんだ」
アリベルは「魔物には効果ないんだけどな」と言う。
「ならお前だ!!」
暗殺者はターゲットを変え、河童に引き金を引く。
しかしレインの体も銃弾が貫くことはなかった。
「なっ!?」
「実は私妖怪なので、生きているか死んでいるか曖昧な存在で、銃弾とかただの斬撃とか全部効かないんですよね」
レインはどやっと威張る。アリベルは「魔物の攻撃は効くけどな」と補足する。
「な、な。まるでお前らはまるで」
「俺らは発掘者より暗殺者に向いているらしい」
アリベルは音もなく近づき、みぞおちを蹴りとばす。そしてイフェリアを一瞥して言った。
「暗殺者はいなくなった。どうする?」
「確かにお前らには勝てそうもない。しかし」
イフェリアはカバンの中から薬品取り出し、地面に垂らす。
「っ!?」
アリベルは近づこう接近するが、アリベルとイフェリアの間に植物が次々と生えていく。
それは何気なく生えていた茨の植物が巨大化していた。
「そんなことをしても俺が切り裂いて」
そう言ってアリベルは茨に斬りかかる。茨はあっさりと切り裂かれる。そして目線は茨からイフェリアへ。
「時間稼ぎがしたかっただけだよ」
そう言ってイフェリアは無防備だったグラスの喉元にナイフを当てる。
「動くな!!」
イフェリアは叫ぶ。アリベルはとまる。
「そのままフードと剣を捨てろ」
アリベルはその指示に従い、剣とフードを投げ捨てた。
「そのままゆっくり座れ」
アリベルはその指示に従い、地面に座る。
指示に従う姿を見て、イフェリアはにやりと笑みを浮かべる。
警戒しながら男はアリベルの前に立つ。
「しねぇー!!」
「フレム!!!」
イフェリアの胸元で火炎が爆発した。グラスの魔法である。
「ぐわぁぁぁ!!!」
イフェリアはグラスを突き飛ばす。
「グラスくん。君みたいな平和ボケした人間がなぜ、こんな非常時に魔法をしかも無詠唱でできる!?」
「私もこの三日間で成長したんです!!!」
グラスは叫ぶ。
もうただ怯えるか弱い女子学生の姿はなかった。
「てことで、終わりだよ。イフェリアさん」
アリベルは言う。
「ふっはははは!!!こんなにもうまく行かないとは!!!私の人生どうなっているんだ!!!」
そう言ってカバンからでかい薬品を取り出す。
「させるかよ!!」
アリベルはイフェリアの手の健を切る。
しかし手から落ちた薬品瓶はたまたま石あたり砕けた。そしてその液体は地面に浸透する。
地面が揺れる。
「な、なんですかこのゆれ!?」
レインはバランスを必死に取りながら言う。
「お前!!一体何だ!!あの薬品!?」
アリベルはイフェリアの、胸ぐらを掴んで言う。
「最高濃度の巨大化薬だよ。さっき使ったのと一緒だよ」
イフェリアがそういっている間にも地面が変化し始める。
「地面の草が変です!!」
地面の何気ない雑草が震え始めた。それは巨大化の前触れだろ。それを察知したアリベルは叫ぶ。
「早く脱出するぞ!!」
そう言って三人は出口に向けて走り始める。
しかし遅かった。
「きゃぁぁー!!!」「アリベルさん!!!」
3人の悲鳴が鳴り響く。ただの雑草が巨大化し、迷宮の階層を突き破っていく。そしてそれに巻き込まれた三人はどんどん上の階層へ。そして
「ぐえっ」「いたっ!」「あいた!」
三人は投げ飛ばされる。
「ここは・・・」
グラスは周りを見渡す。魔物の姿はない。
「よかった」
ホッとして息を吐く。しかし二人は冷や汗ビッタリかいていた。
「これ不味くね?」
「やばいですね死にますね」
「どうしたんですか?二人とも」
「多分ここは『ウークラフト迷宮』の最上階だ」
「はぁ・・・最上階ですか」
「そして最上階には普通の魔物はいない。でも」
その瞬間アリベルたちに大きな影がうつる。バサリバサリと翼の音が聞こえる。
三人は恐る恐る見上げる。
「でも迷宮主がいるんだよ。とんでもなく強いな・・・」
そこには絶望の存在「龍」がいた。