16話 河童と発掘者と迷宮探索のイロハ
「迷宮探索・・・ですか?」
グラスは首を傾げる。
「あぁ、迷宮探索が発掘者の仕事だからな」
「一層はもうすでに人工的に栽培可能なものしか生えてませんでしたからね」
そう言ってアリベルとレインは顔をニヤけさせながら倒した魔物の元へ近づいていく。
「でも何を採取すればいいんですか」
「まずこの甲殻」
そう言ってアリベルは倒したカブトムシ型の魔物をポンポン叩く。
「これはさっき戦ってわかったように、炎に強く、硬くて頑丈だ。建築資材として高く取引されている」
「へぇーそうなんですか」
「防火の建築資材は研究レベルでは生産可能ですが、まだまだ量産化できてませんからね」
「だからこれは解体して甲殻だけ持って帰る」
そう言ってアリベルはナイフを持って、解体を始める。
「本当はキレイに部分ごとに分解するんだが、今回は時間もないから大まかに切り分けて持って帰るぞ。手伝え、レイン」
「あいあいさー」
そう言ってレインはきゅうりを齧りながら、でかいカバンからノコギリを取り出し甲殻に切り出し始める。必死にノコギリを動かすが全く進んでいかない。
「グラスさん、この中で一番高い道具は何かわかりますか?」
レインは必死にノコギリを動かしながらグラスに問題を出す。グラスは少し考え。
「やっぱりアリベルさんの剣ですか?いやもしかしてレインさんの棍棒とか・・・」
「ブッブー。はずれです。正解はアリベルさんが使っているあの解体用ナイフです」
そういってレインはアリベルの解体に使っているナイフを指差す。アリベルのナイフはとても小さくとても高級品に見えない。
「えっ!あんなナイフがですか?」
「そうですよ。ダントツで高い道具です」
グラスは改めてアリベルの持っているナイフに注目する。
アリベルはレインが必死で切り分けていた甲殻をバターを切るかのようにカットしていた。そしめナイフの刀身に注目する。するとそこには複雑な文字が刻まれていた。
「もしかして、あれ魔器ですか?」
「そうですよー迷宮産で、まだ再現するにいたってないレベルのまさに逸品です」
レインは胸を張って言う。グラスは授業で学んだことを思い出す。
魔器。それは迷宮から見つかる魔法道具のなかで希少性が高く、著しく性能が高いものにつけられる名前である。当然個人で持つものはほとんどおらず、現在では大学などの学術機関や企業が多くを保有、研究されている。
「なんとこれは2000万します」
「に、2000万!?」
あまりの金額にグラスは目を見開き、口をパクパクさせる。
「このナイフの特徴は、とにかく切れ味がいいこと、そして切れ味が落ちないことで、量産化できれば包丁とかに転用できるので、価格は上昇中です。だから壊れたりでもしたら・・・」
「おい、レイン、口ばっか動かしてないで、手も動かせ」
額の汗をぬぐいながらレインに言う。その言葉に「あいあいさー」と言って、作業を再開する。
「バックパックって便利ですよね」
グラスは二人が解体した甲殻をバックパックに放り込みながら言った。解体作業が始まって、30分がたっていた。解体した甲殻を拾うことしかすることがないグラスは、最初こそ二人の解体作業を興味深く観察していたが、飽きてしまっていた。
「便利だよなー。まぁ、俺は担げないけど」
アリベルはバックパックに甲殻を放り込みながら言う。
「重さはそのままなんでしたっけ?」
「そうですよーグラスさん担いでみます?」
そういってレインはバックパックをグラスの前に地面にドスンと置く。グラスはそれを持ち上げようと力を振り絞るがびくともしない。
「ビクともしないです。」
「でしょ?実は私意外と力持ちなんです。」
レインはそう言って胸を張った。
「まぁ、俺らのは迷宮産で入る量少ないんだけどな」
一流探索者の証と言われていたバックパックはすでに研究・解析が完了しており、量産化されたバックパックすでに市販されいる。そしてその性能は迷宮産よりも高い。
「企業が開発したバックパック買いたいですねー」
「めっちゃ高いからなー」
そんな話をしながらも、魔物は肉のみを残し、甲殻は余すところなく取り分けられた。3人で切り分けられた甲殻をバックパックに詰め込む。
「よし、回収終了。探索再開だ」
アリベルは汚れた手をレインの水で洗いながら、そう言った。迷宮探索の再開である。
「おっ、アリベルさんトリルありますよ!!」
そう言って木の根本にあるキノコを指をさす。
「お、トリルか」
アリベルは木の根元に近づいて匂いを嗅ぐ。
「うん。めっちゃいい匂い。間違いない。トリルだな」
「トリルってあの高級食材ですか?」
「そうだ。このキノコはまだ人工的に栽培できていないから、高く売れる。地上でも取れるが旬じゃないからな」
アリベルは喋りながらも、キノコを取る手は止めない。手際はよく、グラスはかえって邪魔しそうで手伝うに手伝えなかった。ものの十分で収穫は終わる。
「次行きましょう!!」
探索は続く。
「おっと、この道はやめとこう」
順調に迷宮を探索しているとアリベルは二人を静止する。
「え、魔物ですか?」
グラスは杖を構える。
「魔物の痕跡だ。目的はこれだな」
そう言って草原を指をさす。
「薬草ですね。これがどうしたんですか?」
グラスは薬草を触りながら首を傾げる。特に希少性のない変哲もない薬草だった。
「薬草の近くには手負いの魔物が傷を治しにやってくるんだ」
「手負いの魔物は怖いですからねー興奮してますし」
レインは何かを思い出したのか体をブルブルと震わせる。
「薬草は人工栽培成功しているから、収穫する旨味はない。さっさと離れるのが一番だ」
そう言ってアリベルは踵を返し、別のルートを探索し始めた。
少しの油断・痕跡の見逃しが命取りになることをこの二人は知っている。
「しかし、ないですねースイレン草」
レインは近くにあった石を蹴る。採取しながらと言っても二層を探索し始めて半日以上が経っている。
「二層にも生えてないとは思わなかったな」
アリベルも周りを見渡しながら言う。
「・・・」
グラスは少し心配そうに、そして申し訳無さそうな顔をして、言葉数少ない。
その様子を見て、アリベルとレインは頷く。
「少し探索の速度あげるか。安くしか売れないものは全部スルーしよ」
「そうですねー」
安心させるかのように、アリベルは明るく足取り軽く、レインはグラスを背中をグイグイ押して歩き出した。
「おっ、アリベルさん。洞窟ですよ!!」
「本当か!!??」
先行していたアリベルが大慌てで戻って来た。
「洞窟ってなにあるんですか?」
アリベルとレインはニヤリと笑った。
「「宝石だよ」」
グラスから見るとアリベルとレインの目は輝いて見えた。
「涼しいですね」
グラスは歩きながら、ちらちら周りを見渡す。涼しいはずなのにグラスだけ顔に汗がにじんでいた。
「そうだな」
「ここで寝ると風邪ひきそうですね」
「ここにも雑草生えてるけど、スイレン草はないなー」
アリベルはランタンで雑草を照らしながらつぶやく。洞窟にも雑草が生い茂っているが、スイレン草の姿はない。
「あの・・・本当に宝石あるんですか?」
グラスは言いにくそうにアリベルに聞く。アリベルたちがもぐっている洞窟は、横を見てもただ岩壁で、宝石があるようには見えない。
「うん?あるかもって感じだなーもうちょい進んでみよう」
アリベルはそう答える。
迷宮探索において空振りというのはありふれた話であり、アリベルとレインは宝石がありそうだから潜るという軽い気持ちで歩いていた。
「へーそうなんですか・・・」
アリベルの返事にさらに声のトーンが下がる。心なしか歩みも遅い。
「どうしました?グラスさん」
レインは不思議そうに首を傾げる。
「いや、ちょっと薄暗くて。足元見えないから」
「あーなるほど確かに。グラスさんは慣れてませんよねーこんな道」
「そうなんですよー」
彼女は誤魔化すように笑う。
そのとき彼女の首筋に冷たいものが落ちる。
「きゃぁぁぁ!!!」
グラスは叫び声をあげて、腰を抜かしてしまう。
「どうした!?」「どうしました!?」
アリベルとレインはそう言って、武器を構える。
「首筋に冷たいものが・・・」
しかし二人は周りを見回して、警戒を始める。
しかし何も見当たらない。アリベルはふと上を見上げる。
洞窟は高く、岩肌まで照らすことはなかったが、上から落ちてくるものを確認し、アリベルはふぅと息を吐く。その様子に気づいたレインも上を見て納得の表情をのぞかせる。
「水滴だな」
「水滴ですね。グラスさん」
溜め息をついて、アリベルとレインは武器を収める。
「へっ?」
グラスは上を見上げ、目をパチクチさせる。グラスが手で皿を作ると、そこにポツンポツンと水滴が落ちてくる。
「?!!!??っ」
顔が赤くなる。
「もしかして、グラスさん。暗いところ苦手なんですか」
「なんだよグラス、言ってくれればよかったのに」
二人を見ると、レインは少しだけ顔をにやにやしている。アリベルも顔を隠しているが声が笑っている。
「なんですか!?アリベルさんもレインさんも!!」
グラスは涙目で二人に訴えかける。
「いやいや初めて迷宮探索でここまでついてくるくらい胆力あるのに、こんな弱点があるとはな」
「そういうところがあったほうが人間らしくていいと思います」
そういってアリベルとレインは手を差し出す。
「ありがとうございます・・・」
グラスは頬を赤くしながらお礼を言、両者の手を取り、立ち上がる。
「どうします?洞窟探索やめときますか?」
「いやいや大丈夫です。スイレン草探しながら探索しましょう」
グラスはよしっ!!といって自分を奮い立てる。その様子を見て、アリベルとレインは顔を見合わせて笑った。
「よし!!じゃあ、グラスのためにも早めに洞窟探索終わらせるか」
「そうですね!!」
レインはアリベルの言葉に同意する。
「グラス、怖かったら手をつなぐか?」
アリベルはにやにやしながらグラスに手をゆらゆら揺らす。
「いいです!!アリベルさん、わたしをバカにしすぎです!!早く行きますよ!!洞窟にもスイレン草なかったら、探索続けないといけないんですか!!」
そういってグラスはずんずんと歩き出す。その様子を見てアリベルとレインは見合って笑う。
「何しているんですかレインさん、アリベルさん!!行きますよ!!」
「わかってる。行くぞレイン」
「はい、アリベルさん」
二人はグラスを追いかけるように小走りで洞窟の奥に進んでいった。
洞窟に潜って30分ほどたった。気温も下がっており、岩も散乱しており、その大小の散乱している、岩が三人の行く手を阻んでいた。
「アリベルさんそろそろ・・・」
レインは後ろを見て言う。
「そうだな・・・」
アリベルは少しだけ遅れて歩いているグラスをちらりと見た。アリベルとレインは何年も迷宮に潜ってきた発掘者である。二人はこれぐらいの悪路は何度も経験してきた。しかしグラスは今日まで迷宮に潜ったことないただの学生である。並外れた根性をもって二人についてきたが、体はついてこない。
「退却しよう」
アリベルは立ち止まり、二人に宣言した。
「せっかくここまで来たのに・・・」
グラスはがっかりとした表情を見せた。心なしか体も小さく見える。
「まあこれも探索だ。帰るにも30分くらいかかるからな。戻りの体力も考慮しよう」
アリベルはそう言って笑った。
「すいません・・・二人の足を引っ張てしまって」
グラスは申し訳なさそういう。アリベルとレインの表情には余裕が感じられ、明らかにアリベルとレインは自分に合わせていることがわかった。
「気にしないでください。無理をしても無茶はしないのが優秀な探索者なんです」
「それに、これだけ潜って、宝石一つないってことは、空の洞窟も高い」
そういってアリベルは周りを見渡す。相も関わらずだだっ広い洞窟で、ただ岩と岩の間には雑草が生い茂っており、転がっている岩以外に何も変化がなかった。退却するにはいい頃合いだと感じた。
「それにしても、迷宮って不思議ですね」
引き返し始め10分。転がっている岩も少なくなり、余裕も出始めたグラスはそう言った。
「何がだ?」
アリベルが振り向くと、グラスは指を指す。指の先は何も変哲もない雑草があった。
「洞窟の中に雑草があるんですよ。不思議じゃないですか?」
「そうか?迷宮じゃなくても、コケとか、雑草が生えているの見たことあるぞ」
「それらは光がなくても生きていられる植物じゃないですか、ここに生えている植物は光がないと生きられない植物なんです」
グラスがそうつぶやくと、アリベルは立ち止まって顎に手を当てる。
「この植物は光がないところには生えない植物なのか?」
「?はい。だから不思議だと思ったんですけど」
グラスは屈んで植物を触りながら言う。その植物は青々して、我先にと上に向かって成長している。
「光なんてありませんけどね」
レインは周りを見渡す。当然光源らしきものはない。
「っ!?まさか」
目を見開いてアリベルは天井にランタンを掲げる。しかしその光は天井に届かない。
「アリベルさん?どうしたんですか?」
グラスは小首をかしげ問う。
「グラス、火魔法で洞窟を明るくすることができるか?」
「この洞窟ですか?・・・できるとは思いますけど」
「魔力は気にしなくていい。やってみてくれないか?」
「わかりました。ちょっと時間くださいね」
そう言ってグラスは紙に何かを書きはじめる。
アリベルが紙を覗くと、そこには円形に縁取られた複雑だが整理された文字の列が描かれていた。
「魔法陣か・・・流石、中央の学生だ。さっぱりわからん」
アリベルは感嘆の声をあげる。
魔法陣、それはマナを消費を抑え、大型の魔法を使うために開発されたものである。紙に模様を書くだけで発動することができるコスパのよさがメリットだが、魔法陣は5分ほどで使えなくなり書き溜めができない。そして書く模様も複雑怪奇である。使うものを見るのはアリベルにとっても初めてだった。
「魔法陣を見本無しで書ける人いるんですね」
「理論さえ覚えてしまえばできますよ・・・よしできた」
グラスは紙に書いた複雑怪奇な魔法陣を地面において、杖を掲げる。
「灯火」
そういった瞬間魔法陣から赤の光が放たれる。
光が広がった。
熱さという火の特徴を取り除き、明るさという火の特徴を強調するという、今まで存在しなかった創作魔法である。
「できました。これで何が見たかったんですか・・・」
グラスは魔法が無事に発動したことを安堵して息を吐き、アリベルとレインの方を見る。
するとアリベルとレインは口を大きく開けて洞窟の天井の岩盤を見ていた。
「なんですか上になにかあるんですか?」
グラスも二人を見習って上を見上げる。
目を見開く。
「キレイ・・・」
それは緑の光だった。
灯火の光によって乱反射した翠玉は三人に星の煌めきのような輝きを見せた。
三人は何も話さずただ緑の輝きを見つめていた。
そして灯火の魔法が切れ、光が収まり、ランタンの小さな光のみが残る。
「まさか天井全部が翠玉とはな」
「これは今までで一番の輝きかもしれませんね」
アリベルとレインは嬉しそうに感動を共有している。こんなに嬉しそうな二人を見るのは初めてだった。
「キレイでしたね」
グラスがそう言うとレインは首を大きく降る。
「グラスさんがいなかったらあんな綺麗な景色を見逃すところでした!!」
そういうレインは興奮しているのか声が大きい。
「ありがとな」
アリベルは短くお礼を言った。
「いやいや、私だけじゃそもそもこんなところに来れないし。貴重な体験でした」
迷宮でしか見ることができない光景、少なくとも学校では見ることができない光景だった。
「貴重なものも見れたことだしさっさと外に出るぞ」
そう言ってアリベルは歩き出す。グラスは慌てて聞く。
「翠玉は取らないんですか?」
「あんな高いところにある宝石は取れない」
「いや鋭いものを壁に突き立てて登ったりすれば・・・」
「いやいや・・・」
アリベルとグラスは見合って言った。
「「満足したから大丈夫!!」」
金では見れない光景を見ただけでアリベルとレインは満足そうな表情だった。
「よし、外だ!!!」
洞窟に潜ってから1時間半。三人は光を浴びる。
その時である。
突風が吹き荒れる。
『やっと見つけたわ』
洞窟の出口には鬼の形相をした風を纏った精霊が鎮座していた。