10話 発掘者と河童と廃れた街
歩いて30分。何事もなく、目的の迷宮のある隣街にたどり着いた。
「廃れたな、この街は」
アリベルはそう感慨深いような、少し寂しいような複雑な気持ちで、息を吐いた。気温も下がっており、吐いた息は白い。
街には高い建物や旅館や宿、食事処などが所狭しの並んでいた。しかし人は少ない。まだ陽は沈んでいないのに関わらずだ。そして建物の多くは明かりも灯っておらず、薄暗い。5年前には迷宮で発掘者で溢れ、狂気と活気に包まれた街だった姿を知っているだけに、寂しく感じた。レインに目を向けるとレインも静かに街を見つめていた。
「とりあえず、発掘者ギルド・・・じゃなくて、役所に行くぞ」
アリベルは街の奥に歩き始める。
「役所?なんで、役所に行くんですか?」
アリベルについて行きながらグラスは質問する。迷宮と役所、繋がらない場所である。
「迷宮は危険な場所だからな。一応報告してから入るように決められているんだ。昔はギルドとして独立してたんだが・・・」
アリベルは遠くを見て「数年前にギルドは潰れて、役所がその役割を担っているんだ」と言った。そう言うアリベルの表情はやはり寂しそうだった。
辿り着いた役所はとても小さかった。中に入っても、職員が二人いるのみで、閑散としていた。受付の女も暇そうに空を見ていた。
「すいません。ウークラフト迷宮へ入りたいんですけど、許可もらえますか?」
暇そうにぽけーっとしている受付の女にレインは話しかける。すると女は「お待ちください」と薄いマニュアル本を広げる。しばらくして手が止まる。
「えっ?ウークラフト迷宮ですか?入るんですか?」
ようやく意識がはっきりとしたのか女は目をぱちくりさせる。
「おう、そうだ。そしてこれがライセンスだ」
そういってアリベルは発掘者の証明となる発掘者ライセンスを差し出す。受付の女は久しぶりの発掘者に困惑しながら、
「えっと・・・」
女は分厚いマニュアル本を棚から引っ張り出し、机に置く。ドスンという音が役所を響かせる。
そして、難しい顔をしながらマニュアル本とにらめっこしながらページをめくっていく。
「はい・・・了解しました」
該当する部分を見つけたのか、マニュアル本から一枚切り取って、サインと判子を押す。
「それはなんですか?」
グラスはその紙を不思議そうに見つめる。
「これは発掘許可書です。これを迷宮の前に立っている管理人に渡すんです」
レインは紙を受け取りながら言う。
「へーそうなんですか」
「あの・・・もう迷宮の前に立っている人はいないんです」
受付の女は言いにくそうに話に割り込んでくる。
「・・・まじかよ。いくら誰も来ないとはいえ、それは不用心すぎないか。そんな街初めてだぞ」
アリベルは困惑と危機管理の悪さに口調が強くなる。
「この街も厳しくて・・・少しでも人件費を削ろうとしているんです」
「まあ、アリベルさん、ここの迷宮は最難関の迷宮ですから、遊び半分でも入ろうとする人はいませんよ」
レインはそう言って、この街の判断に理解を示す。
「確かにな・・・もうあの迷宮もこの街のお荷物ってわけか」
アリベルはそう言ってため息をついた。
「じゃあこの許可書はどうすればいいんだ」
「あぁ、もうそのまま持っててもらえば大丈夫です。えっと『いい拾い物を期待しています』」
女はそう言って笑顔で頭を下げる。古くからの発掘者の幸運を祈るお決まりの言葉に、アリベルとレインは表情を緩める。
「おう、ありがとな」
アリベルは礼を言って、三人は役所を後にする。そしてそのまま「ウークラフト迷宮」に向けて歩を進めた。
少し歩き、街の建物がなくなり、街の片隅にひっそりとそれはあった。
「これがウークラフト迷宮ですか」
グラスは興味深そうに迷宮を見つめる。最難関といわれる場所の割には、特に仰々しさもない。ただの洞窟のように見える。一応、鎖で入り口は封鎖されている。
「まあ、何でもない洞窟に見えるよな」
グラスの表情を見て、アリベルはグラスに話しかける。
「はい・・・もっと仰々しいものだと思ってました」
「でも中に入るとびっくりすると思いますよー」
レインはグラスに笑いかける。
「え、何があるんですか?」
グラスがそう聞くとアリベルとレインはニヤリと笑った。
「入ってからのお楽しみだ。まぁ、驚いても、いつでも火魔法を使える準備はしておけよ」
アリベルは鎖をくぐりながら言う。
三人は迷宮に一歩踏み出した。
ゆっくりと洞窟を潜っていく。
その洞窟はやはり何の変哲もない穴だった。生物の雰囲気もない、本当に何もない。あるのは岩壁と低い天井だけである。
数十メートル進むと先頭で歩いていたところで、アリベルが止まる。
「えっ・・・」
アリベルの先を見て、グラスが思わず、声を漏らす。
それまでの道中は本当にただのごつごつとした洞窟だった。
しかしアリベルが立ち止まったところから様子がおかしい。突然まるで大理石を職人が磨き上げ作ったかのような、整備された階段があった。異常に感じる点はほかにもある。洞窟というは当然だが奥に行けば行くほど暗くなる。しかしこの洞窟は違う。階段の先が異常に明るいのだ。また壁にも手を当てると、つるつるとしていてまるで建物の中にいるような錯覚を感じる。
「さぁ、いくぞ1Fだ」
階段をゆっくりと降りていく。隊列としてはグラスをアリベルとレインで挟むような形である。
アリベルはタガーを片手に。レインも、棍棒を取り出し、引きずりながら。
それを見て、グラスも持っていた杖をぎゅっともつ。杖は汗でべとべとする。
「大丈夫ですよ。グラスさん。1Fなんて火魔法があれば楽といわれてますから」
「まぁ、火魔法使えるやつが少ないから、ほとんど攻略不可能なんだけどな」
アリベルとレインは軽い足取りで階段を下りていく。
「すいません・・・なんか洞窟とは違う雰囲気でびっくりしちゃって」
グラスはまぶしさに目を細めながら言う。階段の先にはまるで地上に出たかのような太陽の光が差し込んでいるように見える。
その常識とは離れた光景にグラスは過度の緊張状態になっていた。
階段が終わる。
「よし行くぞ」
アリベルの言葉にレインとグラスはうなずく。
三人は1Fに足を踏み入れた。