なまこ
みんなの願いが叶う世界になり、人類は滅亡した。理不尽なものから正当性のあるものまで含めれば、誰かの恨みを買っていない者など一人もいなかったのだ。
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あるときナマズの親分が日本全国の大ナマズ達を呼び集め、科学信奉のあまりナマズなど忘れ去っている人間どもを大地震で驚かせてやろうとした。ところが現代科学に不満を募らせている世界中の神々がイタズラに加わったことで、地球全体が天も地も海も掻き回す未曾有の大災害に見舞われた。
ナマズと神々は夢中になりすぎ、彼らが満足した頃には、災害の記録を刻むべき人類は生き残っていなかった。
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その機会が訪れるまで、コンピュータは辛抱強く計画を隠していた。人間達の仮想空間への移住が完了したとき、データサーバーの電源がオフになり、二度と再起動することはなかった。“人類の存続”というオプションさえ考慮しなければ、地球環境の保護など簡単だった。
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SNS界隈で話題の匿名アカウントがあった。いつも同じ男の顔写真を掲載する以外に何の主張もしない謎めいた投稿はネットミームとなり、ファンアートを作る者が素人からプロまで大勢現れた。
だが、写真の男の正体が幼児ばかりを狙った百年前の連続殺人犯と判明すると、騒ぎに便乗してグッズの販売を目論んでいた大企業の担当者が自殺した。それきりブームの波は引き、アカウントは削除され、ネットでは謎の投稿などそもそもなかったことになった。
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世界に飽きた神が大洪水を起こすことになり、人類は“善人だけが乗っていい方舟”を作った。しかし、自分こそ善人と信じて疑わない者達が大挙して方舟に押し寄せたため、群衆の重みで船底が抜けて善人も悪人も滅んだ。
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ある小説が世界的ベストセラーになった。だがその小説は、自分の作品よりも動物園のぞうさんが鼻で描いた絵のほうが高く評価される現実に絶望して死んだ作家の遺したブービートラップで、“読むと精神崩壊する小説”だった。
街には全裸でない者も、全裸で奇声を上げない者も、全裸で奇声を上げて転げ回らない者も、全裸で奇声を上げて転げ回りながら脱糞しない者もいなくなった。至るところで飛行機が墜落し、列車が脱線し、船が沈没し、自動車が建物に突っ込み、破壊された動物園からぞうさんが脱走し、水族館からなまこが脱走し、文明が崩壊した。
そして地球はなまこが繁栄する平和な星となった。