バネッサの場合5
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宴も半ばとなって、ダンスフロアの熱も落ち着いた頃、それまでこちらを見ようともしなかったレオ様の視線が私を捉えた。それは数秒のことだったのかも知れない。
何かを決心した様に頷くと、おもむろに声を上げた。
「少し私に時間をくれないだろうか?」
会場に響く声、一瞬のざわめきの後流れていた音楽も止まり、その会場に不似合いな静寂が訪れた。
「ありがとう、すまない」
会場を見渡しそう告げる彼が何をしようとしているのか、なんとなく想像はできるけど、この場でそれをされるという屈辱で頭が理解を拒んだ。
隣からチッと小さな舌打ちの音が聞こえたのも気のせいなのかも知れない。
「皆に証人となって欲しい。私、レオナルド ラングヴィッセンは、王族籍から離脱しようと思う。それに伴い、婚約者であるバネッサ ブラウセン公爵令嬢との婚約も破棄する」
予想はしていたが、受け入れがたい言葉に息を飲んだ。それは、今までの私の努力を全て無にするという事だから…
一体何のために、努力し、我慢してきたんだろう?
「理由としては、真に愛する人と出逢った事。そして、それに伴い2人の女性を傷つけた為だ。
それが嘘であれ、真実であれ、 ケイトリンがバネッサから迫害を受けたという話を聞いた。嘘であれば、ケイトリンが、真実であればバネッサがそれだけ私の愚かな行動に傷ついたという事であろう。
この程度の問題も上手く纏めることも出来ず、処理することも出来ず、ただ放置していた私に王族としての価値は全く無いと思い知ったからだ」
ケイトリンさんが、気遣わしげにレオ様…いえ、レオナルド殿下の隣に立った。
「私はここに宣言する。ケイトリンと共に生きる事を」
そう告げると隣に立つ彼女の腰に手を回し、視線を交わした。
なぜ私が今、公開裁判を受けなければいけないのか。何の瑕疵も無いわたしが、誰かを迫害したかも知れないと宣伝されなければいけないのか。
悲しさや、情けなさ、怒りすら通り越して笑いがこみ上げてきた。
レオナルド殿下の劇場に私が最後までお付き合いする必要は無いわよね?
「あいつ…何を言ってんだ」
怒りでギリっと歯噛みしたウィルが席を立とうとするのを片手で止め、瞳で制すると一瞬顔を顰めた後で小さく頷いてくれた。
「最後には俺がいるから、思う存分やってこい」
頷き返し席を立つと真っ直ぐ2人を見つめ貴賓席からダンスホールに歩を進めた。出来るだけ優雅に、誰よりも気高く、上品に。そう自分に言い聞かせながらゆっくりその場に向かう。
「バネッサ…」
小さな呟き。だけど、いまはその名をその声で呼ばれたく無い。
「皆様、大変申し訳ございません。私にもほんの少しの時間をくださいませ。
レオナルド殿下、仰りたいことはあちらの席でお伺いしておりました」
瞳と唇に弧を描かせる。頑張れ、私の筋肉。少しでも惨めに見えない様、ここにいる誰よりも優雅に見える様に
「ですが…大変申し訳ないと思いますが、殿下が仰られたことに対して、私是とも否とも申し上げることが出来ませんのよ?この婚約自体、王命であり、正式に認められたものである限り、私の一存では何も申し上げることができませんもの。そうですわよね?」
周りの観客達に視線を送ると、数人が頷いていた。
「ですから私、今まで何があっても第一王子の婚約者として恥じぬ行いをして参りましたし、そのための努力も惜しまずにして参りましたの。それはおそらく…殿下もご存知のはず。」
視線をレオ様に向けると何か考える様に眉をしかめる彼
「まぁ、それはどうでもいいですわ。仰りたいことはお伺いしました。
殿下、家族としてお慕いしておりました。殿下に恋心を持つことがなかった為、私が封印したそれを殿下が楽しんでいらっしゃるのを見て、これでも私喜んでましたのよ?」
そう、国を統べるものであるべき私達は迂闊に恋なんてしてはいけない。その恋心が、恋情が国を揺るがしてしまうことも多々あるのだから…
クスッと笑うと卒業生という名の観客の方に向き少し眉を下げた。本当にごめんなさい。こんな事になるなら、やはり来なければよかった…
「卒業生の皆様、3年間の集大成とも言えるこの日、一生の思い出ともなろう日に私的なことでご迷惑をおかけいたしました事を心よりお詫び申し上げます。まだ幾分時間も残っている様です、私はこの空気にそぐわない身、お先においとまいたしますので、残りの時間をお楽しみくださいませ」
深々と頭を下げると波紋の様に小さなざわめきが広がった。
ざわめきの中頭をあげると同時にウィルの声が後ろから響く
「皆様、大変申し訳ない。俺にも少し時間をくれないだろうか」
…何をいう気?これ以上ここの空気を乱すのは愚策
「俺から伝えたいのは一つだけ。
ここに居るバネッサ嬢は、物心ついた時より王子妃になるための教育を受けて来た。そして、それは現在まで続いているんだ。
朝、学園に来て学び、半刻程の休憩の後城に出向き教育を受け、深夜にかかる頃侯爵邸に戻る。休みの日ですら、城での茶会や交流、他国からの客人の接待をする。そんな生活を送っていた。
その頑張りすら誰にも悟られることのない様生きて来たんだ。
それだけは…知っていて欲しい」
目を瞬かせながら言葉を紡ぐウィルを呆然と見つめる事しか出来なかった。
本当に、ウィルは…
瞳を伏せ嘆息し、何度か小さく首を振っていると視線の先に手が差し出された。
「バネッサ、帰ろう」
瞳を柔らかく細めた彼に頷くとそっとその手に手を添えた。
私はバネッサ ブラウセン。ブラウセン公爵令嬢。あの扉を出て、馬車に乗るまでは仮面を付け、誰よりも優雅に、誰よりも気高く上品であらなければいけないから。
幼馴染で心を支えてくれる彼に手を預け、ゆっくりその場を去っていった。
バネッサの場合はこれで『一旦』おしまいとさせて頂きます。この続きも後ほど書く予定にしています。
明日からは違う視点でお送りします。