バネッサの場合3
それは、青天の霹靂としか言えないほどの衝撃だった。
「あの、もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
ここ数ヶ月は、学園の中でレオ様のグループがきそうな場所を避けて行動していたので平和だったはずなんだけど、彼らの卒業を3ヶ月後に控えた今日、ケイトリンさんとレオ様の取り巻き達に捕まってしまった。
「だからね、卒業パーティでレオ様にエスコートされる役を私にさせて欲しいってお願いしてるの。
ほら、バネッサさんはまだ卒業では無いし、私とレオ様は今年卒業じゃ無い?だから、そっちの方が丁度いいかな?って」
え?やっぱり聞き間違いでは無いよね?そしてこのお取り巻き達はそれでいいと思っているという事なんだろうか?
少なくとも放課後の中庭の片隅でする話では無いと思うんだけど??
ほら、みんな興味深そうにこっちをチラチラ見てますよ〜…
「どうかな?」
ね、いい考えでしょ?みたいにパンっと胸の前で手を叩かれても…
「えーっと、それはケイトリンさんがレオ様の愛妾になると宣言するという事でしょうか?」
あぁ、えーっとだなんて言ってしまった…ダメね、私。
この突飛な考えに驚きすぎて、まだ思考が追いつかない。
だって、学園の卒業パーティは正式な夜会に準じるものの扱いだからパートナーは婚約者、もしくは婚約予定の恋人、もしくは家族でなければいけない。
レオ様には私という婚約者がいるのだから、パートナーは私でなければダメなはず。ダメなはずなのにこんなことを聞いてくるっていう事は正式では無いけど婚約扱いだという事?よね?
「愛妾?ケイトに失礼なことを言うな!」
「バネッサ、その考えはいかがなものでしょう?」
お取り巻きの騎士団長家の次男と宰相家の三男が額に青筋を立ててるけど…
「ですが…正式な婚約者として私がおります。私以外の女性を卒業パーティでパートナーとするのであれば即妃候補もしくは愛妾候補という宣言になりますわよね?
失礼ですが、ケイトリンさんは子爵家のご令嬢ですので即妃にはなれませんよね?という事は、レオ様の愛妾になると宣言するのと同義になるかと思うんですが…」
「王家が認めれば、子爵家から正妃にもなった事例はありますよ?」
って宰相家の三男は自信たっぷりに言うけど…
「私とレオ様の婚約は王家の方から望まれて、王家主導でなされた政略的な婚約です。正式な書類も全てございます。そして、私には何も瑕疵はございませんわ?」
「へぇ、何もね?」
騎士団長家の次男がのしかかる様にそう告げてくる。
「あなたにお願いしてもダメなの?私からは陛下にお願いできないから、バネッサさんからお願いしてもらえないかなぁ?」
ね?って笑顔で小首を傾げてくる彼女が怖い。全く言葉が通じていない気がする。心理的な恐怖で一歩後ずさった。
「ねぇ、君たち自分で何の話をしているのかわかってる?」
壁になっている3人の後ろからウィルの声
「正式に認められた王子の婚約者相手に、何の話をしているのか正式に理解しているのかって僕は聞いてるんだけど?」
そう言いながら3人との間に入り私を背にかばう様にたったウィルが言葉を続ける
「この話は、兄上は了承しているのかな?であれば、僕から兄上と父上、それから王妃様に話は通しておくよ。
だが、アルもジェイクもこんな馬鹿げたことにかまけていて良いのかな?あぁ、もちろん宰相閣下と騎士団長にもこの話は伝えてもらう様父上にはお願いするけどね。
君たちは爵位を継げる立場でもないよね?君たちの婚約者は放っておいて大丈夫なのかな?
彼女とどうにかなったとしても。子爵家にはきちんとした嫡男が居るんだよね?君たちは揃って市井に下る予定なんだろうか?
僕の可愛い頑張り屋さんの幼馴染は君たちにとってもそうだったはずだけどね。何が君たちを狂わせたのかな?
まぁ、僕には関係のないことだけどね」
冷たく、冴え冴えとした声で流れる様に告げるウィルの言葉に野次馬達も集まってくる。
「バネッサ、行こう。君が真剣に相手にする必要はないんだよ。嫌な思いをさせたね。父に変わってお詫びする」
そう言いながら私の右手を取ると呆気にとられている3人を尻目にその場を立ち去った。
「ごめんバネッサ。すぐに馬車泊まりに着くから。僕の前では泣いていい。よく頑張ったね」
「なんで今言うの…」
ウィルの優しい言葉と態度に安心してじんわり涙が浮かんでくる。
「知ってるからね。君が泣き虫なのも、ずっと頑張ってるのも。生まれてすぐから見てきたんだからさ。ほら、もうちょっとだから、我慢できる?僕は泣いてもいいんだけどさ、君の矜持が許さないだろ?
出来るだけ僕で隠すから、もうちょっとだけ頑張れ」
周りの視線から遮る様にエスコートするウィルにほんの少しだけ、今だけ、甘えても良いよね?
まだ、涙は零さないけど、馬車に乗ったら泣いても良いよね?
お城に着くまでのほんの少しの時間だけ、ちっちゃかった頃のウィルとバネッサに戻ることくらい…許されるよね?