王様のいない王国1
「いらっしゃい。今回は仕入れ? それとも販売?」
ここ毎日のように店にやってくる初老の男は小汚ない衣服をまとい、大きな袋を携えながら多少の商売の後、たまに店にいるお客と話し込むが主に私が小一時間ほど彼の話し相手をする。
今日は街の中央付近を跨ぐように流れている川に食材小舟が来る日だからなるべく早く話を切り上げたいものだ。砂糖と卵買いたいし。
「地方の青果をいくつか売りたい。あとターコルの調理器具も頼む」
ターコルはグレイブミストにある歴史は浅いが主婦のあいだでウワサが絶えない調理器具専門の店で、商品に当たり外れがあり、商売が成り立っているのか謎の店である。
買い付ける常連客が増えはじめているらしく羨ましい。
「聖銅貨三枚ってところかしら、ちゃんと利便性あるのこの鍋?」
と、言いつつ珍しい物はついつい欲してしまう私であった。
「ワシは明日にでもこの街を離れるつもりだ」
「今度はどちらへ? ランセル? ファルゼンローズ?」
ちょっと残念。先日に茜色の雑貨店から取り寄せた作家ロゼル・ヴィンセントの本【グリーンベルの丘】について語り合える数少ない“珍客”だったのに。
「まだ当てはないのだが、その前に話を聞いてくれるか?」
ん、いつもの人づて話かしら? それとも自分の話かしら?




