『枕返し営業』
『枕返し』という“妖怪”を皆さんご存じだと思う。昔から知られている、寝ている人の枕を引っくり返す妖怪だ。夢を操るとの解釈もされているが“引っくり返す”ということに意味があるとかないとか?詳しくは検索してみて下さい。そう、それです。今日はそんな“引っくり返す”お話。さぁて…。
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トラックが守衛の許可をもらってゲートを通る。特別
な事でもなく、街中で会社や工場などで見かける普通の光景だ。しかし、トラックが入って行ったのは“盤外”率いる『八百万』本部。運転席と助手席に座っているのは紅いラメ入り燕尾服にシルクハットの怪紳士ビヨンカと、いつもの軍装ではなく営業マン風のスーツに身を包んだ鬼の蒼鉄だ。運転席のビヨンカに何やら指示すると、自分は助手席から降りて立派な建物に向かう。盤外の自宅件オフィスだ。
「今日は客の多い日だな」
男装の麗人、盤外の独り言。白瀬の訪問から数刻たった頃、太陽は西に傾いている。冬はさすがに日が短い。ドアをノックする音がした。
「入りたまえ」
という盤外の返事に失礼します。という声がした。
「鬼の蒼鉄と申します。和楽先生のお計らいでこの度あなた様の貴重なお時間を頂きまして、お目通り願い恐悦至極に存じます。つきましては…」
と、社交辞令を総て言い終わる前に蒼鉄は壁に背を向けて貼り付けにされていた。美しい女性の手が蒼鉄の胸ぐらを掴んでいる。盤外の手だ。
「こういうのを“飛んで火に入る夏の虫”というのかな?」
という盤外に、胸ぐらを掴まれたままグイグイと壁に押し付けられている蒼鉄は潰れた声で言った。
「いま冬ですよ?」
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手荒い歓迎から一転して。接客用の椅子に座し、同じテーブルでコーヒーを飲んでいる二人。盤外は呆れた声で言った。
「良くもまあ、聞きもしないことまでペラペラと!鬼院に知れたら大変じゃないのかい?」
「お客様のご要望とあれば、自分の出来まする事ならば何なりと」
蒼鉄はやり手の営業マン風に答えた。
「ふーん、その言葉にウソはないだろうね?」
「はい」
怪訝な表情で蒼鉄の顔を覗きこむ盤外。脳裏に浮かんだのは白瀬との会談。こいつ使えるのでは?と思ったが妙にタイミングが良すぎる。ぬらりの爺(和楽)め今度は何を企んでいるのやら。
「しかし、君はバカなのか?ビックリしたじゃないか!もう少しで首をへし折るところだったぞ?」
蒼鉄の喉元にアザが出来ていた。盤外の手によるモノだ。触った相手を自在に改造する恐るべき手。首から下を石にでも変えて、尋問してやるつもりだったのだが、理解・分解・再構築の技のプロセスで、彼女が理解した蒼鉄は…。
「まさか百鬼が“人間”を送り込んで来るとはね!」
困惑の表情を隠せない盤外だった。
「青鬼のコスプレしてご無礼と思いますが、百鬼だと色々と便利なんですよ」
悪戯ぽい微笑みの蒼鉄。
「ぬらりの爺め考えたな?僕は悪人であっても人間を殺害出来ない。君も食えない男だねぇ」
「そのように聞いております。文字通り、人間はお食べにならないのですね」
盤外はその冗談に呆れた様子。
「だけど、テロリスト(百鬼)の構成員である君を警察につき出す事も出来たんだぞ?さっきまでそこに座って居たけど」
蒼鉄がまさに座っている椅子を指差す盤外。先に白瀬が来ていた事など知らなかったらしい。
「はあぁ…」
驚いたあと情けない顔をした蒼鉄をみて、盤外はため息をついた。
「安心したまえ、もう帰ったよ。それよりそちらの要件を聞こうか?」
蒼鉄が提示したのは、百鬼の元老院とも言うべき長老会の秘密会議でも食された。合法合成人肉「ポーキー」だ。猿と豚を融合させた新生物だと盤外に答える蒼鉄。本物の人間の代用品として、“人形”と呼ばれるクローンが百鬼に存在するが、この「ポーキー」は合法だ。製造法は神秘の開示以前から開発が進められていた。
「へぇ~!?」
「どうされました?」
「完成していたんだ」
盤外は知っていた。ハルマンがとある生化学者に人肉代替食の開発を依頼していたことに。名前は皆原耕造。昔の弟子仲間だ。
「君、名前は?」
「蒼鉄ですが」
「人間の名前だよ」
昔の名前を捨てた自分が似たような者に問い質すとは。
「皆原怜太です」
「坊や、君の事を知りたい」
蒼鉄、皆原怜太は30前後の男なのだが、盤外は坊やと呼んだ。
「プライベートはちょっと…」
「たしか、“お客様のご要望とあれば、自分の出来まする事ならば何なりと”って言ったよね?」
今度は盤外が悪戯ぽい微笑み。
「仕方ないですね」