ビヨンカの金の玉大作戦
クリスマスもあと数日となった、ある年の暮れ。奇妙な現象が“日本以外”の世界中の空で目撃された。それは、およそ直径1Km金色の球体で、少し前ならばUFOなどと呼ばれていた怪異だが、魔術が公開され、神秘が暴露された今の世で、ただそれだけを気にして大騒ぎする者は皆無だった。問題は件の浮遊物体が蜘蛛の子を散らす様にばら蒔くパチンコ玉程の物質、元素記号AU、通称ゴールド、金だ。最初誰もがクリスマス前の、たぶん魔術・幻術・錬金術のどれかを用いた粋なイタズラと思っていたが、実際に手にした者が冗談のつもりで質屋の類いに持ち込み問題なく換金に成功するや、大騒ぎになり各方面の専門家達も調査の結果「本物」であると認めざる得なかった。単純に考えれば、素敵なプレゼントとなるのだが、世界中の金の総量は20m立方に収まる程度、公開された魔術による底上げで採掘・採取技術の向上があっての事でもだ。それが直径1Kmとは、どれだけ莫大な量なのか想像は容易いだろう。当然、金相場はその日一気に降下した。代わりに銀が高騰する。折しも魔術公開以来需要の多い、魔術道具に必要不可欠なマテリアルとなる資産だ。投資家の買い込みによって銀市場は空前絶後の品不足となった。金色の大怪球はそんな金持ち共の狂奔を嘲笑うかのように、事もあろうか貧民・スラムの街に金の玉をばら蒔いて消えた。
日本にこの怪異が伝えられたのがクリスマス前日、白瀬雷人による「クリスマス演説」の前夜だった。件の暗闘をよそに百鬼では公式サイトにてとある動画が配信されていた。映っていたのは簡素な軍服に身を包んだ栗色の髪を七三に分けた碧眼の青鬼とおぼしき男の演説だ。
「皆さま今晩は、クリスマス・イブをいかがお過ごしでしょうか?もしくは過ごされたでしょうか?自分は百鬼に所属される瑠璃公主、麾下の“鬼の蒼鉄”と申します」
静だが良く通る声だ。
「こちら日本でも昨日あたりでニュースとなりましたよね?あの、黄金の大怪球の事なのですが、アレ実は自分達の仕業です」
ニッコリ爽やかに微笑む、まるで悪気は無いかのようだ。テロ声明を他愛ないイタズラのように言う。
「黄金。富の象徴などと皆さまご存じと思いますが、この度あえて言わせて頂きますと、それ自体は価値なんかあるんでしょうか?もちろん工業的な価値を除いてですが、実際は希少価値だけにつきますよね?」
しばらく考え込むように両手指を顔の前で組んだ。
「錆びる事なく、永劫に輝きを失わない黄金は、古代から人間に貴ばれてきました。“神様”と同じくらいでしょうか?いえいえ、信仰されなくなった神々は残念ながら多いですが、国を問わず万国共通で必ず価値があると信仰されている“唯一神”は黄金だけですよね?いやはや、なかなかの信心深さと感服いたします。」
蒼鉄は顔の前で祈る様に両手指を組み合わせたまま頭を垂れる。神妙な面持ちだ、口から漏れる皮肉な含み笑いを除いて。
「ですが、その恩寵は甚だ平等とは言い難い。実に悲しい現実です。おお神様!」
そう言うと大袈裟に両手を広げて天を仰いだ。
「神様の恩寵は皆に平等でなければなりません。そこで聖なる日“クリスマス”を前にサンタクロースの代行として、皆さまに私達百鬼より愛を込めてささやかな幸せをお贈りいたします」
ホストの如く恭しく礼をする。蒼鉄のバストアップからの映像よりカメラは引いて、金色の背景の正体をさらけ出す。それは黄金大怪球など比べモノにならない 大量の金塊の山だ。
「こんなにいったいどこから?と、聡明な皆さんは思われる事でしょう、さてどこからでしょうね?はい、実は世界内戦で当方が使用しました“黒い霧”がヒントです。アレの影響をどうにかしたいと考える人達も居られるでしょうか?でも、お陰で宝探しも楽しめたでしょ?」
退魔師や狩人へのあからさまな冷やかしだ。
「あれから幾星霜、我々の技術は更に進歩しました。今ではピンポイントで異界の一部をこちら側へ引き込む事が出来るのです。例えば、金鉱脈だけとかね?」
蒼鉄は続けて、可能性の数だけ存在する宇宙と自分達の地球に“少しだけ違う地球”の存在を示唆して話を終えた。さあ、ソコからが大変だった。百鬼が所有すると思われる、無尽蔵の黄金をどうしたものかと世界中の国家が思案し、時にお互い出し抜こうと陰謀を巡らした。黄金の大怪球がとある独裁国家の上空に現れた時だった。
『サルガドーダ・ブタガドーラ・ヴィヴィ・デ・ヴァヴィ・デ・ヴィータ!サルガドーダ・ブタガドーラ・ヴィヴィ・デ・ヴァヴィ・デ・ヴィータ!』
ミラーボールのようにきらめきながら回転する大怪球の下に、メリーゴーランドを想わせるゴンドラが生えていた。何かの呪文なのか?意味が皆目分からない歌が流れ、たくさんの小柄なヒトガタが幼児のお遊戯のようにゆるりゆるりと踊っていた。豚鼻のようなガスマスクに貧乏くさいツギハキだらけのツナギ服、足は短く腕は長く立ったときの猿のようだ。ゴンドラ中央で踊る男、緋色のラメ入り燕尾服にシルクハットを斜に被り、コミカルな豚の頭があしらわれた杖をオーケストラの指揮者のように振っている。
「おやぁ?」
そのジョニー・ディップが演じるウィンリー・ウォンカに似た派手な男は、接近する旧式の戦闘機群に気がついた。恐らく下の独裁国家の所属機だろう。
「うわぁ!?FCSレーダー来てます!来てますぅ!どおしましょ?」
と、わざとらしく驚いて部下?の猿豚のような貧乏くさい小妖怪達と抱き合った。戦闘機から放たれた空対空ミサイルは黄金の大怪球に全弾命中。お宝は砕いた後にゆっくり拾えばよい。と独裁者は思ったのだろう。横取りして世界を脅せば政権は磐石だ。ある意味、核兵器より威力があるのだから。
「ビヨンカと愉快なポーキー達、一貫の終わり…なんてね?“幼年期の終わり”って、読んで無いですよね?」
空対空ミサイルは大怪球に吸い込まれ、膨大な質量の圧力で爆る事なく消失した。
「大当たりィ~!確変、確変、確変!」
日本の旧海軍マーチが流され、大怪球は反撃の代わりに、大量のパチンコ玉程の金玉を吹き出した。
「じゃんじゃんバリバリ!じゃんじゃんバリバリ!お時間の許す限り出してくださいねぇ?」
独裁者はそれでもよいと思ったのか?総攻撃が始まり、攻撃される度に大怪球は大量の金玉を吹き出した。狂喜する彼の姿は容易に想像がつくものだ。“お時間の許す限り”謎の怪人ビヨンカは言うが、残念ながら時間は僅かだった。突然、政府官邸は何者かに攻撃されて跡形も無くなった。一緒に独裁者も消え失せただろう。続けて軍事基地、展開していた戦闘機をはじめとした兵器群が破壊されていった。
「ん~やっとお出ましですね?」
そう言ってポケットから大袈裟なゴーグルを取り出して装着する。そして怪紳士ビヨンカが眼にしたモノは?
「光学迷彩ステルス円盤型反重力無人戦闘機ってヤツですか?たしかアポルオンだったかな?」
1つの大きさは約2m程の円盤で、イナゴの大群のように集団で攻撃する半自律兵器。放つ熱線は一瞬で戦車を蒸発させ、回転する縁で戦闘機を紙のように切り裂いている。深淵と呼ばれる異界もしくは外宇宙の技術を使った、レーダーどころか目視すら出来ない無慈悲な破壊の使者だ。こんな物騒な兵器を秘匿保持しているのは…?アポルオンが大怪球を包むように群集まる。一機がビヨンカに一筋の赤いビームを放った。
「あら、りゃんりゃん?」
おどけた調子で驚いてみせるビヨンカに舐め廻すような具合で赤い点が身体を走る。糸でも手繰り寄せるかのように左手の手のひらで受け止めるとピタリと止まった。どこからか滑稽な調子のメロディが流れる、右手に持っていたブタ頭の杖からだ。
「はぃはぁ~い、こちら百鬼慈善事業部、“金玉”バラマキ係の使い走りのビヨンカと愉快なポーキー達でーす!ご用件は何でスカ?」
と、ビヨンカは電話のように応答した。
「こちらはアメリカ軍だ!ただちに…」
「どちらのアメリカさまでスカ?」
世界内戦を契機に分断化したアメリカを皮肉るビヨンカ、アメリカ軍を名乗る相手は言った。
「合衆国だ!正調アメリカだ!大統領からそちらに話がある。」
怪紳士ビヨンカはどうするのだろうか?
「はい、大統領閣下様サマご用件を承りまーす。」
無礼にもおどけた調子を崩さないビヨンカの耳に、落ち着いた深く低音の声が響いた。
「私は国家非常事態限定大統領のエイブラハム・リンカンだ、今すぐテロ行為を中止したまえ。」
アメリカであまりに有名過ぎる大統領の名前を名乗る相手にビヨンカは皮肉で返した。
「テロ…慈善事業のつもりナンですがね?黒人奴隷の解放者でインディアンの迫害者の大統領閣下様?」
侮辱の言葉を無視するように、リンカンと名乗る人物はゆっくりとさらに低音で話した。
「今一度、警告する。テロ行為を中止せよ。と、言ったのだ私は!」
無慈悲な破壊の使者アポルオンが高速回転を始めた。
ビヨンカは恐れる事なく。
「それは出来ませんな」
と拒否した。
「「・!!」」
恐らく1秒もあるまい。短くも激しい、常人ならば耳の鼓膜が破れる程の怪音が同時に二つ轟いた。通信技術の黎明期から黒魔術師達によって編み出された禁断の魔術。致死の呪文を相手に聞かせて呪殺する魔術による暗殺がある。先ほどの怪音は極短い間に呪文を圧縮して詠唱する超高速圧縮呪文に違いない。ビヨンカの周囲にいたポーキー達の頭が爆ぜていた。稀代の魔術師ハルマンが永田町事変で見せた魔術に酷似している。
「そうか…、君は“そういう”モノかね?」
リンカン大統領が言った。必殺の呪いを直に受けたビヨンカは生きているのだろうか?
「あなた、いわゆる“獣”と呼ばれる事になるヒトですか?」
と、ビヨンカ。無事生きていたようだ。そして互いに答えずして、互いに答えは得ていた。黄金の大怪球は
煙のように消え失せ、見届けたようにアポルオンも姿を消した。
「米国は我々の要求を受け入れたのは確かなんだな?しかし、なぜ独断専行した?」
鬼の蒼鉄だ。司令室でビヨンカの報告を受けた彼は解せぬ様子。
「結果良ければオールオッケ~じゃあ~りませんか?」
ビヨンカは涼しい顔で上司に答えた。
「ルリ(瑠璃)様はともかく、ラゴウ様や鬼院様になんと報告すれば良いんだよ?まったく」
「ふつうに報告すりゃ良いんですよ」
「米国の大統領からだぞ?首脳同士が話し合うべきではなかったのか?」
「そりゃ~止めといたほうが?」
「先の報告意外に何かあったのか?」
「ちょいとアポカリプス・ナウをですね」
「何だって?」
「いえいえ、な~んでもあ~りません」
「はぁ、もお良いから帰投しろ!」
「御命令のままに、造物主様?」
北米大陸のどこか、核兵器の威力を持ってしても及ばぬ地下深く、その秘匿された施設は存分した。都市程の広大な敷地にビルが建ち並び、中央に位置するひときわ高い建造物が異彩を放つ。窓はなく、基部に歴代大統領の顔が並んで彫刻されている。樹の枝のように伸びた構造物に、果実のごとく、複雑な機械を内包した透明な球体が無数についている。その球体の半分が砕けて炎上している。
「大統領!リンカン大統領!御無事ですか?」
中央建造物の見える豪奢なオフィスから震える手で電話の受話器を握る男。ビヨンカにアメリカと最初に名乗っ男だ。
「やあ、ミッキー・バカラ元大統領。少々やられたよ。熱エネルギーに変換すると核兵器並みの情報爆弾を放つ存在が私意外にもいるとは驚いた。大丈夫、私には無限の自己修復能力がある」
樹木が生えかわるように修復されつつあった。
「しかし…ビースト様」
「君の特権と財産は私が守る。だから君は私の言う通りにすれば良いのだ」
「御命令のままに、マスター…ビースト(666)様」