驚きと安心と
玄関ホールは、吹き抜けになっていて正面に大階段がある。美術館でしか見たことのないような花瓶には色とりどりの花が生けてあり、応接セットまで配置されている。
もうこの空間で生活できちゃうね。
執事さん(推定)はそこをあっさりと通り過ぎ、階段を上がっていく。階段の手すりも細かい細工が施されきれいに磨かれすぎていて、触るのをためらうほどだ。
そんな私に気づいたのかわからないけど、レイさんが振り返って私の手をとった。
2階に着いてもレイさんの手は離れることなく、自然に手をつないで歩いてくれている。
さっきの玄関ホールのような豪華さではないけれど、騎士団の堅牢な建物とは違い、2階は落ち着いた中にも品よく花が飾られてたり魔道具であろうライトの意匠がさりげなく凝ってたりしている。思わずキョロキョロしてしまっていたから、こけたりしないか気を使ってくれたのかもしれない。
でも1つの部屋の前で止まった時に手がそっと離されて、その温もりがなくなってしまったことに少し寂しさを感じた。ふとレイさんを見ると、いつになく厳しい顔をしている。レイさん?
ここが目的地のようで、レイさんやフィルさんと一緒に部屋に通された。
たぶんプライベートな空間なのだろう。
部屋の壁は暖かみのあるベージュで、真っ白な家具はどれも猫脚だ。ソファには可愛らしい小花の刺繍がしてある薄桃色のクッションが置かれている。どうみても女性的な部屋だよねぇ。
かわいらしい部屋に気をとられたけれど、部屋にはふたりの男性がいた。1人は猫脚ソファに優雅に座っていて、もう1人の人はがっしりとした体格をしていてその背後に立っている。
よく見ようとした時。私の前にいたレイさんと後ろにいたフィルさんが、片膝をついて頭を下げた。
えっ?!この人達もしかして偉い人?私はどうすればいいの?
その時、立っていた人が言った。
「今日は非公式な面会です。楽にしてください」
うながされてソファに案内される。私の横にレイさんが座り、フィルさんはその後ろに立った。
「はじめまして。私のことは知っているかい?」
目の前に座る人が、優しく話しかけてきた。年齢は……40歳前後だろうか。輝くような金の髪に、アメジストのような紫の瞳。非常に整った顔立ちに既視感があるけれど、騎士団では会ったことのない人だよね。
「はじめまして、リンと申します。すみません、知りません」
「そう、割と有名な方なんだけど、私もまだまだだねぇ、アルク」
後半は後ろに立っていた人を振り向きながら言う。アルクさんというらしい人は、その視線を受けてから口を開いた。
「この方はレオン=ジュリアーノ=リードルント様」
レオンさん、ふーん有名なのかな……って今『リードルント』って言ったよね?!ってことはつまりーーー
「この国の王です」
その瞬間とっさに隣のレイさんの腕をつかんでしまった。偉い人なのかとは思ったけどまさかのこの国の最高権力者。なんで?どうして?あっ!なんかこのままだと失礼な態度だよね?土下座とかした方がいい?私の社会人スキルにすっごく偉い人との接し方がない!
混乱してすがりつく私の手をなだめるように優しく叩いて、レイさんが王様に向かって言った。
「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「可愛い息子のお願いだからねぇ。久しぶりに会えて嬉しいよ、レイ」
え?息子?
思わずしがみついていた手をほどいて、レイさんと王様を見比べる。そう言われると確かに髪の色は同じだし、瞳の色と纏う雰囲気は違うけど顔立ちはよく見ると似ている。
情報が多すぎて若干フリーズ状態の私を置いて、話が進んでいく。
「ダリウスから報告は受けているけど、君は『光』魔法を使うんだってねぇ」
ダリウス?という私の疑問が分かったのか後ろのフィルさんから「団長だよ」と小声のフォローが入る。
フィルさん、ついに私の顔を見なくても何を考えているかわかるようになったんですね。すごいけどこわい。
「変異体の浄化と人への癒し。報告通りならぜひ城に来て欲しい人材だけど、どうだい?リン」
王様のスカウトに何と言えばいいかとまどっていると、レイさんが間髪いれずに
「お断りします」
と言ってくれた。私もそれにうんうんとうなずく。
「だよねぇ。それも聞いてる」
王様は、私とレイさんを見てニコニコしながら言った。
「ただ、後ろ楯がないリンはあちこちからよくも悪くも狙われるだろうからねぇ。私の庇護下にあるとしておこう」
何だか随分私にとって都合のいいようになる気がするけど、いいのかな?そんな私の気持ちをよんだのか、王様が続けた。
「我が国も周辺諸国も今は安定している。特別な力は魅力的だけれど絶対必要というわけではない。しかし大きな力は争いも生みやすいからねぇ。今回みたいに青の騎士団内でとどまってくれていた方がこちらにとっても都合がいいんだよ」
王様はそう言うと、「これで安心したかい?レイ」とレイさんに優しい笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたレイさんに続いて、私もそして背後でフィルさんも頭を下げた気配がした。
その後は、場所を移してあの場にいた全員で昼食を食べた。王様と一緒なんて緊張して喉を通らないと思ったのに、このお屋敷の料理人さん達が腕によりをかけました!といわんばかりの豪勢ですごく美味しい料理の数々にあっさり陥落した。隣でレイさんがあれこれ勧めてくれたのもあるしね。
食事の合間に、王様に請われて私とフィルさんで騎士団での出来事や変異体騒ぎの時のレイさんの活躍ぶりを話す。
王様とレイさんに直接会話はなかったけれど、レイさんの様子を王様が嬉しそうに見ていたのが印象的だった。