私にできること①
朝が来た。
デニスさんが魔の森に出掛けてしまって5日目の朝だ。
……3日前に目覚めたときはびっくりしたよ。レイさんの部屋にいたはずなのに、気づいたら朝だったからね。きっとこの部屋まで運んでくれたんだよね。お手数おかけして申し訳ないです。
あれから騎士団内はどことなくバタバタしていて、レイさんにもフィルさんにも会っていない。食堂に来る騎士さんたちの人数も多かったり少なかったりで、どことなく緊張感が漂っている。
新種の魔物が出たらしいと聞いたけれど、私の生活は相変わらず食堂と研究室の行き来だけだ。
研究室といえば、ちらばっていた書類をまとめて、掃き掃除拭き掃除をして随分きれいになった。
掃除している時に埋もれていた時計を発見したのもあり、時間を守って働いている。だってレイさん達やメアリさんにも心配かけたしね。アリスさんも時間があれば昼食に誘ってくれるし。
そして今日は初めての休日。
久しぶりに神様特製の緑のワンピースを着る。神様の服はやっぱり着心地いいよね!
とはいえ先立つものもないし、外出許可をもらおうにも忙しそうだし、だけどここは仕事場でもあるわけだから、暇だからといってウロウロするのも働いてる人達の邪魔になる。
朝食を食べた後、部屋の掃除や洗濯を『清潔』で一瞬で済ませてしまい手持ちぶさたになってしまった。テレビやスマホや本が欲しい。切実に。
そう思いながらベッドでゴロゴロしているうちに、少し眠ってしまったらしい。ドンドンドンと強めにノックする音で目が覚めた。
ドアを開けると、そこにいたのは以前この部屋に食事を運んでくれて食堂でも時々お会いする騎士のジャックさんだった。
「リン、団長がお呼びだ。一緒に来てくれ」
「休みのところ悪いな、リン」
連れてこられた団長室には、団長さんやマークさんをはじめ、レイさんにフィルさん、面識のない騎士さんも数名いた。青の騎士団の各部隊の隊長さん達なんだって。
団長さんの机の上には汚れてシワの寄った紙が置いてある。
「ちょっとこれを読んでくれないか。じいさんからなんだが、いつも以上に読めん」
あ、確かにデニスさんの字だね。
急いで書いたのか、箇条書きでいつも以上に癖のある文字だ。
本の整理でいろんな文字を目にしたおかげで、言語の違いや字の美しさなど判別できるようになったよ。
……デニスさんの字がどんなものかもわかったけど、ちゃんと読めるってやっぱり言語SSすごいかも。
「ええと、『モーグズの変異体である。今のところ1体だけ確認。モーグズの群れを統率している。変異体の体長約3メートル。闇をからだ全体にまとい、結界に体当たりしている模様』」
【モーグズ】って研究室にある本に載ってた土竜のような魔物だ。土竜と違って体長30センチもあるけど。確か土属性で自由に地面を出入りできて、その牙に噛まれると石化しちゃうんだよね。弱点は水、なんだけど……
「『変異体は水はさほど効かず。群れの数は約50。群れごと地下に潜り移動を繰り返している。追跡しながら変異体の弱点を探っている』……以上です」
私の言うことをフィルさんがメモし、読み終えた途端に具体的にどうするか話し合い始めた皆さん。
それを聞くとはなしに聞いていると、
「リン、ありがとうございました。助かりました。後はこちらの仕事になりますから、ゆっくり休みを過ごしてください」
マークさんに言われ、部屋を出ようとしたがこれだけは聞いてもいいよねと思い1つ質問する。
「あの、デニスさん達は無事なんですか?」
「ええ、彼らの仕事は基本調査ですから無理のない範囲でやっています。討伐はこれから作戦をたてて行います。ここは安全ですからリンは普段通りの生活をしてくださいね」
団長室を出たらもうお昼で、食堂に行って昼食を食べる。午前中はほぼ寝てただけだし、あんな話を知って食欲はわかないけど食べないと心配かけるし体力ももたないしね。
だけどその後、自分の部屋に戻ってのんびりする気持ちにはなれなくて研究室に向かった。
整頓した棚から、モーグズについて載っている本を取り出し、勝手に自分用と決めた机に置き椅子に腰かける。
モーグズは土属性だから水の攻撃に弱く、それで弱らせたら剣などの物理攻撃も効く。ただ皮膚が硬いため、魔力を付与した武器を使うのが一般的らしい。モーグズ自体は中の下ぐらいの魔物みたいだけど、変異体は未知の存在だ。大きさも10倍でしかも闇持ち。
闇属性には光とか聖属性で対処するのが前世で読んだ本とかゲームとかでの定式なんだけど。
弱点が水と光といえば、思い浮かぶのはひとつしかない。そう【聖水】だ。
これは団長さん達も考えつきそうだけどね。
でもどうやら光属性を持った人は貴重で、そういう人は国に召し抱えられて治癒術師になるらしい。お医者さん的な感じなんだね。でも治癒術師にかかるのは重症の人かお金のある人で、大抵は薬師さんの調合した薬を使って治すんだって。調合スキルっていうのもあるんだね。
気づくと自分の目の前に本が積み重なっていた。なんか気になることを調べてたら止まらなくなっちゃったよ。
時間ももう終業時間に近い。出した本を戻しながら、自分にできることを試してみようと決意したのだった。