残業はほどほどに
朝が来た。
ぐっすり寝たのもあって、昨日の疲れが全く残っていない。あれ、これって若さのおかげ?さすが10代!
まだアレンジする服はないため、制服はブラウスも上着もきちんと着る。身支度を整えて部屋を出た。
ちょっと緊張したけど、初めてのひとりの朝食も無事完了。レイさんやフィルさんの姿は見かけなかったけど、そこにいた騎士さんたちと挨拶したりされたり、メアリさんが気にかけてくれたりしたおかげで楽しく食事できた。
「おはようございます、デニスさん」
ドアをノックしたけど返事はなく、そうっと開ける。昨日仕分けした本はそのままになっていて、床や机には書類が散乱してるけど、どこにもデニスさんがいない。デニスさんの机の上を見ると『魔の森に行ってくる。留守を頼む デニス』とメモが残っていた。
あら、2日目にして一人にされてしまったね。一緒には行けないけどね、体力的にも戦力的にも。
とりあえず私に出来ることをしよう。
本当はラベルとか貼りたいけど、この世界の文房具事情もよくわからないし、なにより持ち主がいないから勝手にもできないね。そう思いつつ、紙にどこにどの本をいれたかメモしながら、一冊ずつ丁寧に並べる。……ちょっと魔法でどうにかできそうだけど人様の持ち物では試せないしね。本、大事!
書いて並べての作業に集中しててノックの音にも気づかなかったけど、空気が流れた気がして見てみると、開いたドアの向こうにはアリスさんがいた。
「リンちゃん、お昼食べにーーーあら!大丈夫?!」
「はぁ、はぁ、はぁ、だ……大丈夫です」
気づかなかったけど、かなり疲れてる。本は重いし棚は届かないしでふみ台に乗ったり降りたりする動作が私の少ないHPを削ったみたい。
「『水』」
飴玉ぐらいの大きさを思い浮かべて、水玉を作ると、口の中に入れてゆっくり飲み込む。あー、喉が潤って生き返るわー。それを3回ほど繰り返すと、ふとこちらをじっと見つめるアリスさんの目。あれ?これぐらいの魔法はできる人多いよね、ここでは特に。そう思ったけど、アリスさんは目を輝かせて
「すごいわ、リンちゃん」
とにっこり微笑んだ。
食堂で昼食を食べながら聞いたところによると、アリスさんはゼロではないけど魔力がほとんどないのだそう。でも魔道具のおかげで生活には不便はないらしい。
縫製スキル【A】をいかして職に就き、以前はなかなか人気のお針子さんで、若い女の子向けのドレスを作ってたんだって。
だけど納期があるから旦那様とお互いの休みを合わせることも難しいし、ここと店も離れていたため、結婚を機に思いきって辞めて今はこの近くに住んでいるそう。
「主人は休みの度に必ず帰ってきてくれるの」
そっか、騎士さんは全員寮住まいだもんね。でもここで時々姿を見られるからいいのよ、と優しく微笑んだアリスさんの旦那様は、あいにく食堂にはいなかった。残念、こんなかわいい人を射止めたのはどんな人か見たかった。
アリスさんの惚気話を聞いたり、この辺りのお手頃なお店情報を聞いたりしながらの楽しい時間を過ごし、アリスさんの仕事部屋で予備のブラウスと「適度に休憩をとってね」とクッキーを渡されて、また研究室に戻った。
メモして並べてと繰り返して、最後の1冊を棚に収め終わった時には、窓の外は真っ暗になってた。
すごく疲れたけど、一仕事終わって心は達成感で満たされていた。……まだ部屋は片付いてないけどね。
あれ、何時だろう?帰り支度をして廊下に出ると、事務方の人達は帰ってしまったのか人の姿がなくなっている。
なんか疲れちゃったし、もう夕飯は食べなくてもいいかな。
自分の部屋に向かってまっすぐ廊下を進む。こういう時、通勤が楽なのはいいよね。終電とか気にしなくていいし。
「リン!!」
あと少しで部屋に着くというところで、低く澄んだ、でも少し焦っているような私を呼ぶ声。
振り返るとーーやっぱりレイさんだ。なんか久しぶりな感じ……一昨日ぶりだけど。いつ会っても美形って崩れないね。ありがとうございます。
「レイさん、どうかしたんですか」
そんなことを考える私の目の前まで来て、ホッとしたように息を吐くレイさん。何かご用かしら?
「リンが食堂に来ていないと、メアリから連絡があったんだ」
あっそうだね!今何時かわからないけど、行かないって伝えないと心配させちゃうよね。
「あのっ、ちょっと研究室の片付けに夢中になったらこんな時間になってて……。それで夕食ももういいかな、と思ってしまって。ご心配おかけしてすみませんでした」
お詫びの気持ちを込めて深く深く頭を下げる。忙しそうなレイさんにお手数お掛けして申し訳ないです。
私が頭を上げるとレイさんは一見無表情なんだけど、ちょっぴり眉をしかめて……怒ってますよね?ごめんなさい。。。と見ていると、はぁーっとため息を一つ吐いて、
「一緒に来て」
と私の右手をとって歩き始めた。