混沌と魔法と
フィルさんの後について長い廊下を歩く。
途中事務方の団員という方々に挨拶したりされたりしながらだったから、思いの外時間がかかった。
女の人も数人いたけど、ここはやはり男性が多いみたいだ。魔の森が近くて、女性には不人気な職場らしい。
それでもここで働く女性にフィルさんが人気というのはわかったよ。後ろについてる私を見てちょっとにらまれたけど、私の小ささが功を奏して敵認定は即解除してくれたけど。
……小さくてよかったって初めて思ったよ。顔も子どもみたいに見えるらしいしね、クスン。まあ、こちらの女性は平均160cm以上みたいだから私より10cmは高いね。害はないですよー。仲良くしてください。
その廊下の一番端のドアの前でフィルさんが止まった。ドアをノックして、
「デニスさーん。助手を連れてきましたよー」
と声をかけると私に向き直りにっこりと甘い笑みを浮かべる。
「リン、がんばってね」
そう言うや否や、ドアをサッと開けて私をポンっと放り込み!また素早くドアを閉めた。
ええーっ!ここで放置?!
放り込まれた部屋は、さながらいろんな物がごちゃこちゃ置いてある理科の準備室のようだった。整理整頓苦手なタイプの先生のね。
書類や本はあちこちに積み重ねられてて、部屋の隅には得体の知れない……もしかして魔物?の剥製のようなものまで置いてある。
そこから目をそらしつつ人の姿を探していると、一番奥にある一番混沌としている机の向こうからドサドサっと雪崩れる音と共にこの部屋の主が姿を現した。
「なんじゃい、ちっこいお嬢さんじゃの」
そう言いながらこちらを見つめる茶色の瞳。
「はじめまして。リンです。今日からこちらで働かせていただきます。よろしくお願いします」
挨拶大事!とペコリと頭を下げる。
「デニスじゃ。よろしくな」
デニスさんは、こちらの男性の中ではどちらかというと小柄で、真っ白い髪と白い髭で好好爺という感じだ。
「ちょっと今忙しいんでな。適当に座って待っていてくれんかの」
そう言ってまたデニスさんが机の向こうに消えようとする。いやいや、こういうタイプの人はきっと没頭したら私の存在は忘れてしまうよね。それに控えめに言っても適当に座るところさえないし……
「あのっ、片付けてもいいですか?」
どこに何があるかわからなくなると言って渋るデニスさんを、昔弟妹達がやっていた目をうるうるさせてお願い(します)のポーズで陥落させた。これ、長女の私はできなかったから1度やってみたかったんだけど私のでも効いたね!
そうして整理整頓の仕事をつかみとった私。まずはほとんど出されてガラガラな大きな本棚の拭き掃除から始めよう。
うーん、背もとどかないし棚もやたらとあるし大変だなー。こういう時、風の魔法で埃をまとめて水の魔法でサッと拭いて火の魔法で水分だけ蒸発させるように乾燥させて。これできたら楽なのにねー。
「おおっ!お嬢ちゃん、すごいのう!」
突然大声を上げるデニスさん。
うん?と見ると棚がすっきりきれいになっている。
あら、何か魔法使っちゃったね。そんなつもりは無かったんですよ、と聞こえるはずはないけれど|上階にいる4人《レイさんフィルさん団長さんマークさん》に言い訳してみる。
「なかなかの魔法の使い手じゃのう。繊細な魔法をいくつも一瞬で使っとる。ダリウス達がわしにお嬢さんを寄越したのはこういうことか」
後半もにょもにょ言ってよく聞こえなかったけど、叱られるわけではなさそう。デニスさんもそのまま再び自分の世界に入ってしまったので、私も集まっていた埃をゴミ箱に入れるところから作業を再開した。