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名探偵・平等院鳳凰堂の事件簿

みたらし団子と殺人事件

作者:ひかり
 小綺麗に整えられた庭石や草木。時折風に揺れる楠や楓が、秋の匂いを見学者の元へと運んできた。まるでそこだけ現実から切り離された異空間のような、美しい日本庭園が目の前に広がっている。東屋と呼ばれる、庭園の片隅に備え付けられた休憩所に腰掛けながら、男はみたらし団子を何とも美味そうに頬張った。

「やあ、これは美味い。美しい庭園を眺めながら、美味しい団子を食べられる。こんなに幸せなことはないね。だからこそ、余計に残念ですよ。こんなに素晴らしい旅館で、まさか殺人事件だなんて……」

 男は団子を飲み込み、ゆっくりと見学者の方を振り返った。

 男の名は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名である。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。

 何でも彼は、自称・都会からやって来た名探偵だった。彼の一言に、虚を突かれたのは見学者の方だった。何たって、皆が知る限り、旅館では誰も殺されてなんかいないのだ。寝耳に水だ、とでも言いたげな視線が宙を舞い、木製の建屋は一時騒然となった。

「えっ!? 殺人事件……!?」
「そんなの聞いてないぞ。一体いつ誰が殺されたんだ?」

 平等院はとりあえず適当に目の前の男を指差し、不敵に笑って見せた。

「え? 俺?」
「ええ。貴方、もう死んでいます。私の中では死んだも同然なんです」
「何だそりゃ」

 集まった数名の頭にクエスチョンマークが浮かぶ中、平等院は芝居掛かった演技で両手を広げ、青空を仰ぎ見た。

「そもそも”死”とは……何も生物学的な死、だけとは限らないんじゃないでしょうか?」

 例えば教室の片隅で本を読んでいる、誰も名前すら知らないクラスメイト。その子は、クラスの中でどんな立ち位置なんでしょう? 数十年後に、その子のことを一体誰が思い出すんでしょう? そう言って、平等院は皆を振り返った。

「クラスの中で、その子は生きていると言えますか?」
「そりゃアンタの中だけの話だろ。別にその子だって死んでるわけじゃないぞ」
「殺人事件だか何だか知らないが、勝手に人を死体役にするなよ」
「つまり社会から孤立し誰にも存在すら認めてもらえないのなら、それは社会的に死んだも同然……」
「俺が社会的に死んでるって言いたいのか?」

 ”死体役”に指名された男が、苛立たしげに声を荒げた。

「ええ。貴方は死んでいます。貴方、好きな食べ物は?」
「好きな食べ物? 別にないけど……」
「嗚呼! その時点で私の中では死んでいる!」

 平等院が膝をつき、その場に崩れ落ちた。

「好きな食べ物すらないだなんて! 貴方はこのみたらし団子の美味しさすら分からないのですか? この日本庭園の美しさすら分からないのですか? そんな人間は、私の中では死んだも同然だ!!」
「飛躍のし過ぎだよ」
「此奴、わざと喧嘩売ってるだろ」

 跪く平等院の周りを、見学者たちが取り囲んだ。平等院は、何と泣いていた。全員がギョッとして後ずさった。

「皆さん……聞いてください。実はこの日本庭園は、数十年前まで学校だったのです」
「はあ?」
「かつてここが学校だった時に、一人の読書好きの少女が居たんです。彼女はクラスメイトに馴染めず、休み時間も放課後も、誰とも触れ合うこともなくただ黙々と読書に明け暮れていました。彼女の存在を、クラスメイトも、先生すらうろ覚えだった。そしてある日……」


 彼女は心無い生徒に屋上から突き落とされ、亡くなってしまったのです。


「居ても居なくてもいい存在の彼女が、本当に居場所を奪われてしまった。彼女はただ、本を読んでいればそれで幸せだったのに。それ以来……彼女は地縛霊となってこの日本庭園を彷徨い、犯人に恨みを晴らすべく……」
「嘘をつくな、嘘を」

 平等院の独白会を、見学者の一人が遮った。

「幽霊なんている訳ないだろ。大体ここが昔学校だったなんて、そんな証拠がどこにある?」
「そもそもその話が、何で俺が社会的に殺されたことに繋がるんだ?」
「それは……」
「待って!」

 すると、屋敷の方から東屋に集まった人々に声が飛んできた。声の主は、和服姿に身を包んだ妖艶な若女将だった。

「貴方は……この屋敷の女将の、早苗さん?」
「一体どうしたんですか?」
「その男よ! その男が数十年前、私を突き落としたの!」
「何だって!?」

 その言葉に、平等院に注目が集まった。女将が声を尖らせた。

「ええ。さっきその話を聞いてやっと思い出したの。私、ここが旅館になる前、学生時代に誰かに『事件が起こらないから』って訳わかんないことを言われて突き落とされて……」
「そんなバカな!?」

 皆に取り囲まれた平等院が、清々しい表情で立ち上がった。

「何だ……誰も死んでいなかったんだ。良かった……私はずっと後悔していたんだ。もしあの時、私が彼女の存在に気づいていれば、あんなことにはならなかった……。もしかして、私が殺したんじゃないか、って」
「いやお前が殺したんだよ」

「ずっと後悔していたなら、悔恨を晴らすいい機会じゃないか」
「どうしたんですか皆さん? 険しい顔をして……」
「散々人を死体呼ばわりして、ただで済むと思うなよ」
「でも、死んでなかったじゃないですか……ちょ、近……!」
「長年の幽霊伝説に、決着をつける時が来たようだな……」
「何の話をしてるんですか?」


 小綺麗に整えられた庭石や草木。時折風に揺れる楠や楓が、秋の匂いを見学者の元へと運んできた。まるでそこだけ現実から切り離された異空間のような、美しい日本庭園が目の前に広がっている。東屋と呼ばれる、庭園の片隅に備え付けられた休憩所の屋根の上に、誰かから突き落とされた男が、まるで『みたらし』のように大量に血を流して死んでいた……。

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