七日目
ステージ上にいたアイちゃんは、観客に向かって笑顔を振り撒いていた。別に、アイドルでもないんだから媚びを売る必要はない。ただ、あれが彼女の性格なんだろう。
「にしても、キョウヘイも来るとはな。意外だぜ」
「このショーは観ておかなきゃいけない気がしてね」
ケンジの他に何人かクラスメイトを見かけた。万を超える観客がいるから、探せば他にも見つかるかもしれない。
「ところでさ、この観客参加企画ってなんだと思う?」
「さあ、どんな内容にせよ僕は参加はしないよ」
「だよなぁ、さすがにクラスメイトだからなぁ。俺もパスするぜ」
「そろそろ、始まるよ」
ステージ上に見慣れた司会者が現れた。売れっ子の司会者で場を盛り上げるのに定評があるらしい。
「さあ! 今回の自殺志願者はこの子! この銀髪の可愛らしい女の子! あ〜やだ、わたしの小さい頃にソックリじゃない〜」
観客から漏れるブーイング。これも毎度おなじみだ。
「まあ! この子、実の両親に虐待されているんですって! そして愛する祖母のために命を売るんですって!」
ショーの志願者にはだいたいバックストーリーを創る。どのような経緯でショーに臨むのか。大事なのは、観客にウケるかどうかで、本当かどうかは二の次だ。本当であれば、それにこした事はないが、今回の場合、十代の女の子というだけで話題性は高い。女の子だからなのか、観客も男性が多く、歓声が汚い。司会者の声ですら聞き取りづらい。
「だまらっしゃい! 汚い声をあげてる野蛮人どもにはこの子の垢でも飲ましてあげたいわ!」
司会者が声を張り上げ、場を仕切り直した。
「さあ〜、とっとと始めるわよ〜。この子の、最期を! 見届けなさい!」
この司会者の決め台詞だ。合図と共に観客は静まり、骨が折れる音すら聞き逃さないように神経を尖らせている。
「今回の自殺方法は、首吊りよ!」
意外にも、普通だった。変わったものであれば、もう一体新たな自分を産み出し、自分で自分自身を殺したりするのだが。今回の首吊りは良く言えば定番で、悪く言えば旧い方法でもあった。
専用の絞首台が運ばれてきた。黒白と落ち着いた色合いで、どんな体重の人でも壊れない頑丈な造り。肝心の縄はキメが細かい繊維でできていて、死の際の苦しみもかなり軽減できているとか。
彼女が首に縄を通し、司会者が近寄る。
「なにか言い残す事はあるかしら?」
「……特にありません。ただ、キョウヘイ君、リカ、最後にありがとね!」
次の瞬間、彼女の足場は消え一気に表情は変わった。眼は焦点が合わず、口からは涎が、身体は小刻みに揺れていた。
しばらくして彼女の身体の下には液体がポトリポトリと垂れ落ちて、身体が機能停止した事を会場中に伝えた。
「なんか、あっけなかったな」
「ああ、ケンジはまだここにいるのか」
「いや、俺も帰るよ」
「さあ! ショーはここからが本番よ! なんと! 今回の観客参加の企画はこれ! 死姦よ! まだ温かみのある柔肌を好きにできちゃうわよ〜」
司会者の言葉は理解できなかった。こんな企画、聞いた事がなかった。
「マジかよ、さすがにキツいぜ」
こんな企画を考えるのはあの人しかいない。
「あ、おい、キョウヘイどこいくんだ!」
僕は関係者専用の控え室を探していた。ここまでの企画を考えるのはウツミさんしかいない。僕の両親の時も、例にない企画を考え、そして世間に認められた、あの人しか。所々に置いてあるモニターには、ステージ上の映像が流れている。小さな身体一つに群がる男達は、食糧を運び出す蟻以下に見えた。
「いや〜、ほんとにね、長いこと頑張ったよ。え、あんたらは好きな事してたからいいじゃないか。あたしは無い頭捻って、あの小娘のケアをしてやったんだよ。だいたい、あんたらが欲しくもない子供を産んだときに知恵を出してやったのは、あたしじゃないか。おかげで金持ちになれたんだ。もう少し感謝して欲しいものだね〜」
声がする扉には受取人様と表示されていた。つまり、彼女が助けたがっていたお祖母ちゃんがいるのか? 今の会話はなんだ。金儲けの為だけに彼女の命が弄ばれたのか?
「おい、キョウヘイ、こっちはマズイって」
目の前の扉を力任せに開けた。そして中には、病弱には見えない醜いババァの姿があった。
「おい! キョウヘイ! どうしたんだよ!」
初めて人を殴った。相手の血に、自分の拳の血が混ざり、どうしようもなく気持ちが悪かったが、何度もアイの笑顔が脳裏に浮かび、その度に僕は拳を降り下ろしていた。
「わたし、ショーに出ます」
どんな想いでクラスメイトに話したんだろう。
「手、繋いでも、いいですか」
あの時、どうして手を繋ぎたかったんだろう。
「死にたく、なくなっちゃったじゃないですか」
あの時、止めれば良かったんだろうか。
「キョウヘイくん、リカ、最後にありがとね」
まだ間に合ったはずなのに。
こんなの。
こんなの自殺なんかじゃない。殺人だ。人殺しだ。なのに、なんでこいつは笑ってられたんだ。分からない。見たくもない。壊したい。
アイの笑顔を返してくれよ。
「キョウヘイ」
拳を振り上げたのが、もう何度目か分からなくなった時、ケンジが僕の手を掴んできた。
「もう、死んでるよ」
目の前のそれは、相変わらず醜くて、鼻は曲がり、頬は腫れ上がり、目は少し飛び出していて。
僕は駆け付けてきた警備員に身柄を拘束してもらい、そのまま警察に連れていってもらった。あのままだと、もっと壊したくなってしまう。誰かに抑えてもらって、少しホッとしていた。