四日目
人が死なない、今の世界では殺人事件はこの十年間で一件しか起きていない。殺意をもって首を絞めようが、誤って車ではねようが、何度でも生き返るからだ。ちなみにその一件とは、相手のデータを消し去ってから身体を修復不可能にしたという。国が管理するデータにアクセスできるなんて、それだけで有能の証なんだが。殺意あっての才能なのか、才能あっての事件なのか。その犯人は未だに捕まっていないとか。
「というわけで! 今回の議論のテーマは『自殺』です。近年人気が高まる自殺ショーにも関連しますが、とにかく色んな観点から考えていきたいと思います」 地味な眼鏡とは正反対に、威勢のいい委員長が長い髪を揺らしながら、声を張り上げた。
「ケンジ君! あなたは自殺についてどう思いますか!」
「ええっ、いきなり俺かよ。……わりぃかどうかで言えば別に悪い事ではないと思うぜ。そもそも強制蘇生される現代じゃ仕方のない事なんじゃねぇのか?」
「なるほど、現在の社会から生まれた現象だと」
「はあ〜い、あたしも賛成で〜す。ただ死ぬより、お金儲けできるなら悪い事ではないと思いま〜す」
「俺も俺も! 俺んちはお祖父ちゃんが結構前に自殺ショーをやったんだけど、親父達はそのおかげで今楽できてるって言ってるし」
「私はどうしても無理ですね。ショーにする意味が分からないです」
委員長の進行無しに、勝手に盛り上がっていってしまった。ここまで皆が考えていたとは思ってもいなかったな。
ここで僕の前の席の女の子が、静かに手を上げた。
「はい! アイさん、どうぞ!」
「わたし、来月ショーに出ます」
「ちょっと、アイ!」
そう告白した女の子の表情は分からなかった。リカの友達みたいで、話を止めたがっているように見えた。
「いいの、リカ。夏休み前には話すつもりでいたから」
そう話す彼女の後ろ姿は、なんとなく頼もしくさえ感じた。
「いいですよね、先生?」
頷く先生。ちょっと生徒に任せ過ぎじゃないのか?
「わたしは家で虐待をうけています。機械人間でその欲を発散する人もいますが、どうやらあの人達はわたしじゃないと駄目みたいです。母親からは主に精神的な虐待、父親からは性的な虐待。物心ついた時には始まっていました。……慣れていたつもりでした。でも身体はそうもいかないみたいでした。既に食事もままならず、身体の成長も小学校の時から止まっています」
そう言うと、彼女は立った。が、座っている時と頭の位置はさして変わらず、夏服から透けて見える身体のラインはあまりにも幼かった。
「でも! そんな親から離れて暮らす事だってできるんじゃない?」
僕の後ろから女の子の声が聞こえてきた。
「助けたい人ができました」
アイ、という女の子は質問に応えるために後ろを振り返る。その時、目が合ってしまった。幼い顔立ちに似合わない、鋭い視線にどきりとしてしまった。
「わたしの祖母です。延命するには多額のお金が必要になりました。時間をかければ稼げる額ですが、そういう時間もありません。どのみち、将来に希望はありません」
そう彼女が言い終えた後、しばらく沈黙が流れた。それに耐えきれなくなったのか、ケンジが声を上げた。
「よし! アイちゃんのショー、俺は観に行くぜ!」
「わたしも」「俺も」「先生も観に行かせてもらいますよ」各々が、ケンジに触発されるように、己の意思を言葉にしていた。
彼女は他のクラスメイトから声を掛けられ、笑顔だった。僕はこの笑顔に、なぜか見覚えがあった気がした。