一日目
見たこともない数の人に囲まれて、僕の両親はステージの上にいた。これから行われるショーの主役だからだ。二人は舞台俳優でもないし、ましてや有名人でもなかった。ショーの名前は『自殺ショー』という。僕は今まで、それなりに生き物の死に触れ、そして僕なりの死を築き上げてきた。だけど、歓声に包まれながら、糞尿を垂らす両親を見て音もなく崩れていった。気持ちが悪いとか、そういう不快な感情は無く、ただただ物言わぬ母と父の屍体を見ながら、僕は歓声を耳に吸収していた。身内の死が称賛されているようで、なんだかくすぐったい気もした。隣に座っていた観客は涙を流していた。何に心動いたかは分からなかったが、死とは、それほどの力を持っているんだろう。平凡に思えた母と父でも、死に方次第で、こんなにも大勢の人を感動させられるんだろう。僕の中の死が崩れ、すぐにまた土台ができたような瞬間だった。
その日の夜、僕はいつも通り、家で好きなコンビニ弁当をお腹いっぱい食べた。毎月のお小遣いとは比べ物にならないほどのお金を、僕は両親の『自殺ショー』で手に入れたからだ。
僕は、少しだけ。ほんの少しだけ、両親の死に感謝をした。
人が半永久的な命を得てから半世紀ほどが経ち、人類から突発的な死が消えた。どうせ死ぬなら、我が社で盛大に死にませんか?
「はじめまして、ネクストライフのマネージャーをしております、ウツミ、と言います。今日はよろしくお願いします」
簡単な自己紹介が終わり、企業の説明が始まった。今年で僕も高校三年。来年からは就職だ。うちの学校でも就職説明会なるものが多くなっている。
「我が社では、高い利益を出せる死を提供しております。もちろんお客様のご要望に応じて、身内のみのショーや、個人だけの密葬も行っております。我が社は業界最大手、やりがいのある仕事を約束致します」
真っ黒な白衣。つまりは黒衣を纏いながら、熱弁をするこのウツミさんを僕は知っている。両親のショーを手掛けた人だからだ。当時はまだ平社員だったけど、両親のショーが大成功を収め、昇進したらしい。
医療技術が進んだ事により、人は呆気なく不死の技術を手にしてしまった。治す技術には限りがあったが、新たな肉体や臓器を造り出すのにはそこまで苦労しなかったようだ。人は機械の部品を変える感覚で、臓器を換えて。アクセサリを付ける感覚で身体を新しい物に変えていった。
ネットで読んだ言葉。これを書いた人は、現状を肯定も否定もしていなかった。ただ、印象に残った。古い紙の本によると、昔は自殺は悪だったらしい。宗教的な絡みもあったみたいだが、詳しい話は書かれていなかった。なんでも、命は神が与えたもので、その命を人が勝手に傷つけてはならない、と。今の人が聞いたら笑うだろうな。その命すら、今は人が造り出せるのだから。
「今日は、ありがとうございました」
ウツミさんの説明会は終わった。先生の後について教室を出ていった瞬間、同級生達はざわついた。それもそうだ、ネクストライフは今一番注目されている会社。そして、色んなメディアに出ているマネージャーのウツミさん本人が来たのだから。
「いや〜、あんな会社はいりてぇな。な? キョウヘイ」
ざわつきに乗じて、友達のケンジが僕の机に突っ伏してきた。
「まあ、安泰は安泰だろうけど。どんどん支社を増やすみたいだから入るのも割りと簡単だと思うよ」
「死者が増えるから支社も増やします、ってか」
「さ〜、帰ろうっと」
「おい、流す事ないだろ。そうだ、来月の第二日曜日、暇か?」
「来月、って言えば夏休みだろ? 多分、暇だと思うけど、なんで?」
「観に行こうぜ! 自殺ショー!」
「残念! キョウヘイの夏休みは私のものだから」
話を聞いていたのか、彼女のリカが割り込んできた。
「ずるいぞ! キョウヘイの夏休みは半分は俺のもんだ!」
おふたりさん。僕の夏休みは僕のものですよ。
「それじゃあ、二人とも、サヨナラ」
「「あっ、ちょっと待って」」
軽い夏服に慣れ始めた頃、蝉の声が聞こえてきた。思えば、両親のショーも夏だったな。