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やはり普段と違う行動を取るとろくなことにならない2





 俺はその後本屋へ駆け込んだ。


 本屋という場所は不思議な所で、行くと妙に心が穏やかになり、頭も冴える。


 本一冊の中には現実とは異なった世界が幾つも存在し、その本を読む事によって、その世界を傍観している気分になれるからなのかも知れない。


 しかし、本を読むことに事によって読んでいる奴等は夢見がちな所があり、運命の出会いや、イベントに弱いと言う欠点もある。


 本の物語というものは古今東西必ずタダでは始まらない事が定石となっている。

 

 空から女の子が降ってきたり、道端の曲がり角で正面衝突したりと何かしら物語を進行させる為のイベントというものが発生する。


 大抵の奴等は現実にこういう展開に遭遇すると、浮き足立ってしまう事が多々ある。 


 だが考えてみよう。少し冷静になれば分かる事だが、仮に空から女の子が降ってきたとしよう。


 そうすると、まずその内の六割が女の子の落下速度に間に合わなかったり、上手く着地ポイントに移動出来ず、そのまま女の子を見殺しにしてしまい。

 残りの四割は、重力でプラスされた女の子の重さに耐えきれず、そのまま女の子と共に奈落の底へと真っ逆さまというのがオチである。


 例え、奇跡的に女の子のキャッチに成功したとしても、両腕や両足は砕け、後遺症なんかを残した日にはその後の人生真っ暗である。


 道端で正面衝突なんかはさらに質が悪い。


 正面衝突した相手が女の子とは限らず、ヤンキーにぶつかった日には制服はビリビリに破け、相手が車だった場合なんてそのままthe endの可能性が大いにあるのだ。


 このように、本の中の物語はフィクションであり、現実と繋ぎ合わせる事を禁忌とされている。

 

 だからその他諸々の事を回避するには、本屋にあまり長く留まらない方が良い。下手をすると近くで本を読んでいる人にも運命を感じてしまい兼ねない。


 以上の事から、俺はそれらの事を回避する為に今日も本屋に長く留まらないようスピーディーに事を済ませた。




******************************************************





 そうは言ったものの、やはり本を買った時は少し気分が良くなる。


 そして人間不思議な者で、一度金を使ってしまうと追加で金を使う事に躊躇わなくなってしまうのだ。


 それは俺でも例外では無く、家での読書のお供に菓子や飲み物を調達したくなってしまった。


「……何か欲しいな」


 気が付いた時には、俺はふらりふらりとモール内のスーパーへ移動し、そこで少量の菓子とプリン、コーラにミルクティーを購入。


 そして、人間色々な物を購入すると少し気分が良くなる生き物だ。俺は柄にも無く、片手のビニール袋を前後に振りながらスーパーを後にし、モールの外に出た。

 

 

 しかし、それが大きな間違いだった。


 いや、モールに来た事自体が間違いだったのかも知れない。


「うっ……」


 俺は絶句した。


 何故なら俺の目の前を、先程ぬいぐるみショップにいた筈の一ノ江が、心なしかホクホクした顔で手に丁度さっき見ていたぬいぐるみが入りそうな紙袋を持って歩いていたからだ。


「嘘だろ……」


 まだ俺に気付いていない一ノ江も、視線を紙袋から離し、ゆっくりと前を向いた。



 …………



 俺と目が合い、僅かに目を見開いてその場で固まる一ノ江。


 俺も同様にその場で首をポリポリと掻く。


…………



 俺と一ノ江の間にしばらく沈黙の時が流れる。


 沈黙といってもただボーッとしている訳では無く、俺の頭の中ではこの気まずい空気をどう打開しようかと、物凄いスピードで回転していた。


 恐らく冷静な顔をしている一ノ江も頭の中では、この状況をどう打開しようかと必死に考えているハズだが、良い考えが浮かばないらしく、まだ何も動かない。



 先に動いたのは一ノ江だった。


 一ノ江は俺をチラリと見た後、こほんと一回咳をし、鞄の中の案内マップを広げて、首を傾げてみたり右や左にキョロキョロと動かし始めたのだ。


 一ノ江のやりたい事は分かる。だが、流石に無理がある。


 俺は先程、一ノ江がぬいぐるみに熱い視線を送っていたのを見ていたし、手に持っている紙袋も隠せていない。


 俺が冷めた目を一ノ江に向けると、一ノ江も流石に無理があると思った様で演技パタリと止めた。

 

 その代わりスタスタと一直線に此方へ歩いて来る。


 そして、逃げようとする俺の服をがっちりと掴んだ。

 

 俺の制服を掴んだ一ノ江は相当ご立腹のようで、怖くて後ろは見えないが、心なしか背中がピリピリしている気がする。


「何を見たの?」

「……」

「貴方、日本語が分からないの? 猿か何か?」


 初めて話すと言うのに、一ノ江はそんな事関係無いとばかりに、淡々と棘のある口調で話し出す。


「いや、何の事だ? 俺は偶然通りかかっただけだ」

「……そう」


 俺の弁解もどこまで信じてくれているのだろうか。一ノ江は全く表情を崩さずに何かを考察している

模様。


 しかしここで余計に口を開くと、思わぬ所で足を掬われかねない。ここは知らない振りをして……


「知らない振りは得策ではないと思うけど……」

「分かっているよそんなもん」

「……」

「……」


 ……しまった。


 苦い顔をする俺とは裏腹に一ノ江はやはりという表情をし、ギリっと奥歯を噛み、俺の事を睨み付けて来る。


「……警察、警察に行きましょう」

「は?」

「貴方は見てはいけない物を見てしまったのよ」

「いやいや、待て! これだけで警察騒ぎなのか!?」


 俺は必死に一ノ江に訴えるが、一ノ江はそんな事当たり前とばかりに俺の事を鋭い目で睨み付ける。


「それだけ? 確かに貴方にとってはそれだけかも知れないわね。だけど、私にとっては十分過ぎるわ」

「いや、そうかも知れないけど、もしそれで行ったとしても相手にされないと思うぞ?」

「その時はその時で、足を舐められたとか言えばいいのよ。貴方の顔つきならそれだけで十分」

「偽造するんかい!! 後、俺に特殊な性癖を作るな!」


 だがそんな俺の反論も空しく、一ノ江は俺の腕をがっちりと掴んでグイグイと引っ張って来る。


「止めろ! ふざけるな!!」

「往生際が悪いわよ」

「無実の罪で警察に捕って、挙げ句の果てに変な性癖まで付けられるんだぞ! 抵抗するに決まってるだろ!!」

「私だって、そんな事したく無かったわ。でも、仕方無いでしょ」


 そう言って一ノ江は更に指先の力を強め、俺の身体を引き寄せる。


 一ノ江と俺との距離が近くなったのと、風が向かい風だった事が相まったのだろう。風に乗って仄かに一ノ江の髪の香りがした。


 だが、今はそれ所では無い。


「おい、止めろ止めろ。服が伸びる!!」

「正義の為よ。犠牲は付き物」

「正義の意味、知ってます?」


 俺が抵抗すると一ノ江の力が強まり、一ノ江の力が強まると俺の抵抗が強まる。その光景はモール内の通行人達からの視線もあり、非常に恥ずかしい。


 しかし、そのやり取りもそう長くは続かなかった。

 

 俺達はお互いに反対方向に力のベクトルを向けていた訳だが、それが崩れる時がやってきたのだ。


「あっ……」

「おおっ……」


 握力の限界を迎えた一ノ江の指が、最後の最後まで力を緩める事無く俺の腕を掴んでいたが為に、指が離れた時俺達はお互いにバランスを崩したのだ。


「……っ」


 先に地面に尻餅を着いた一ノ江は、その痛みに眉を寄せたが、問題は俺の方である。

 俺の手には、先程買ったプリンやらの食べ飲み物が握られているのだ。


 そして重力に逆らう事も出来ず、不運にもビニール袋を掴んでいる手から落下。


 グシャ


 結果、鈍い音を立てながら袋をコンクリートに叩き付ける事になってしまい、俺は思わず一ノ江の事を忘れ、持ち物の安否確認をした。


「あ……」


 結果は言うまでも無い。

 プリンは容器の中で盛大に暴れ回ったらしく、ぐちゃぐちゃ。ジュースもミルクティーはまだマシな方だが、コーラはパンパン。今にも破裂しそうだ。


「嘘だろ……」


 悲惨な現場を目撃した俺はその場で暫しの間固まった。しかし、これがきっかけで流れが変わった。


「あっ、……あの、……」

 

 一ノ江は俺の後ろから無惨に変形したプリン達を覗き込み、ソワソワし出したのだ。


 右に左に歩き、まるでどうすれば良いのか困ってる様な感じで、そっと俺の肩に手を置いた。


「そ、その……、悪かったと……思うわ」

「……」

「こうなるなんて……想像、出来なくて……」


 先程の威勢は何処へ行ったのやら、急にオドオドする一ノ江。


   …………チャンスだ。



「いや、俺が悪かったんだよな」

「そっ……そうじゃなくて……」

「悪かったな」


 そう言い、俺は呆然としたような顔をした。この時、さも遠くの方を見ているかの様に振る舞うのがコツだ。


「いや、……だから……」


 一ノ江はそんな俺を見てどうしようか迷っているみたいだったが、俺は口元の笑みを隠しきれるか心配だった。


 その後も俺の後ろで右へ左へウロウロしたり、髪をひきりなしに弄んでいた一ノ江だったが、意を決したように俺の正面へ回り込んみ、小さな溜め息を付いた。


「はー、っ。……分かったわ。警察は勘弁してあげるわ」


    チョロいな。


「ああ、……そうか」


 だが、ここで喜んでは全てが水の泡。俺は引き続き傷心の可愛そうな好青年を演じ、嬉しそうな顔をしないよう気を付ける。


 そしてこれ以上一ノ江を痛ぶってもボロが出るので、ここらでスクリーンアウトさせて貰う事にした。


「……じゃあな」


 無論。立ち去る時も傷心の心の綺麗なイケメンを演じる為、ヨロヨロと力無く歩き出す。


「待ちなさい!」


 だが、数歩歩いただけで待ったの声が掛かり、再び腕に柔らかな感触と、良い香りが走った。


「私は警察だけは勘弁してあげると言っただけで、何もまだ許すと言った訳では無いわ」


 そう当初の勢いを取り戻し、強気で腕を掴んでいる一ノ江の言葉を聞いた俺は、落胆した様なホッと

した様な微妙な気分になった。


「それで、……俺にどうしろと?」


 演技を止め溜め息を付きながら俺が聞くと、一ノ江は顎に手をやり、斜め下を見る。


「そうね……じゃあ、それを貰おうかしら?」


 指を指す一ノ江の視線の先には、俺の右手にぶら下がるビニール袋があった。


「これか? 中身ぐちゃぐちゃなんだけど……」

「っ、つべこべ言わずに渡しなさい」

「まあ……」


 俺が凄く損をする訳では無いから、とりあえず言われた通り一ノ江に差し出す。


 一ノ江は俺から手渡されたビニール袋をやや強めに掴み、中をそっと見て幾つか取り出した。


「これでいいわ」


 再びビニール袋を差し出され、中を見ると他と比べ比較的被害が少なかっただけを選んだみたいで、ろくなものが残っていなかった。


「これでお互いチャラだよな?」

「さあ、どうかしら?」


 そう言い、一ノ江は近くのベンチに腰掛ける。

 そして不思議そうな顔をしながら俺を見る。


「貴方? 何をしているのかしら。速く此方に来なさい」

「いや、俺、もう帰りたいんだけど?」

「ゴミを捨てる袋が無いと後々困るのよ」

「まあ、確かに」


 しかもこのまま強情に帰りたいと言ったら逆に怪しまれ、思惑がバレた場合今度こそ洒落にならない事になりそうなので、俺は大人しく一ノ江のベンチの側に向かった。


「お前、それ食べて夜飯食べれるのか?」

「……問題無いわ」

「さいですか」


 一ノ江が俺から取った物は、ペットボトルに入ったミルクティーと俺が夜食で食べようと思っていた卵サンド。そして、デザートのプリン。

 プリンは被害が甚大だったので袋を確認した時、少し驚いた。


「貴方は食べないのかしら?」


 ベンチの横にプリンとミルクティーを置き、膝の上に卵サンドを乗せた一ノ江は、食べる直前、何を思ったのか目の前で突っ立っている俺に聞いてきた。


「俺の分は中身がぐちゃぐちゃだしな。あんまり食べる気がしない」


 するとそれを不服だと思ったらしく、一ノ江は嫌そうな顔をした。


「貴方の意思は関係無いわ。食べているのを黙って見られるのが不快だから、貴方に食べなさいと言っているの」

「はいよ」


 仰せのままに袋から、俺は案の定残ったコーラを取り出した。


「何をしているのかしら?」

「一気に開けたら吹き出るだろう?」

「……それも、そうね」


 俺が慎重にキャップを緩めるのがそんなに不思議だったらしく、一ノ江はキョトンとした顔をする。


 また暫しの静寂。


 ジュースと少しの菓子しかない俺は二つをすぐ食べ干してしまい、暇を持て余す為どうしても目の前で動くものに目が行ってしまう。


「何かしら?」


 一ノ江は俺の視線に気付いたのか、デザートであるプリンを食べるのを止め、厳しい目で俺の事を上目で見る。


「いや、別に」

「そう……」


 そう言って再びプリンに視線を移し食べ始める一ノ江。

 俺も警告された直後は一ノ江の事を見ない様にしたのだが、人間不思議な者で、見てはいけないと思えば思う程見たくなってしまう。

 よって、どうしても目が再び一ノ江に向いてしまう。


 そして、一つ気付いた。


「お前、プリン好きなのか?」

「……」


 よく観察して見なければ分からないのだが、一ノ江はプリンを食べた時、次に行く前に微妙なタイムラグがある。口に入れた時も微妙に口元が緩んでいる。


「……別に、これと言って好きでは無いわ」

「へえ……」


 不機嫌そうに答える一ノ江は、そう言った後最後の一口を食べ終え、空になった容器やペットボトル、ラップを俺のビニール袋へと入れる。


「これで満足か?」

「勘違いしないで欲しいのだけど。私は今日は見逃してあげると言っただけよ?」

「まだ何かあるのか?」

「さあ? 全ては私次第」


 一ノ江はそう素っ気なく言い、ゆっくりと歩き出す。


「また会った時、どうなるかしらね」


 イルミネーションの温かな明かりを浴び、幻想的に輝く一ノ江に、俺は「さあな」と返す事しか出来なかった。


「……ごちそうさま」


 そう聞こえるか聞こえないかの声量で放たれた言葉は、俺に届く事無く、道を行く人々の雑踏の中に吸い込まれて行った。




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