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やはり普段と違う行動を取るとろくなことにならない

一ノ(いちのえ) (すい)……汝漫市渡と同じ望ヶ丘高校の生徒。



この回は主人公の一人語りがメインです。







「足痛いな」

「……歩きたくない」


 そう言いながら、俺達は時刻通り来た電車にすがる様に飛び乗った。


「うっ、あぁぁぁっーー」


 そして偶然空いていた席にゆっくりと体を預けながら席に座れた有り難みを感じる。


 足はだらしなく通路に投げ出され、さぞ通行者にとってはかなり迷惑なのだろうが、この時ばかりは容認して欲しいものだ。


「足がジンジンするな。身体でも痛めたかな?」

「安心しろ、身体よりもお前の頭の方が重症だ」


 俺が身体よりも頭の症状を指摘すると、富士本は少し残念な顔をし自分の足へと視線を落とす。


「……怪我でもすれば走らなくてもいい口実が出来るのにな」

「言っとくが半端な怪我じゃあの先生を納得させられないぞ」


 浅はかな考えを否定すると、富士本はよろめきながら今度はすがるように俺の方を向いた。


「どれくらいの怪我なら良いと思う?」


 こいつ、相当追い込まれてやがる。


 何をやらかすか分からない富士本に、俺は「そうだな」と適当に相槌を打ち、少し大袈裟に例を上げた。


「車に轢かれる位は覚悟しておいた方がいいぞ」


 すると富士本は「……そんなにか」と諦めた顔をして、先程より一層深く席に腰掛け、目蓋を閉じる。


 どうやら諦めたらしいが当たり前だ。サボるということはそれなりのリスクが生じる。


 普通の先生ならば口を達者にしてサボったり、捻挫したとか嘘を付けば大丈夫だが、千葉先生は別格だ。嘘かどうかなど直ぐにバレる。


 故に本当に怪我をしなくては休む事など到底出来ない。それもかなりの重症でなくてはならない。サボりたいが為に怪我をすると割りに合わないのが現状だ。


 俺達は帰りの電車では虫の息だった。


 席が空いていた時は思わず天を仰ぎ見そうになったが、今思えば不自然にそこだけ空いていた気もする。


 しかし、最早手遅れ。俺達の尻はすっかり席にフィットし、立つことすら躊躇ってしまう。


 こうなると誰かがゲロった席だったり、臭い親父が座っていた席で無い事を祈るしか無い。


 富士本はガコンガコン揺れる電車の中で、既にいびきをかきながら眠っていて、実に幸せそうだ。


 だが、俺はそうは行かない。原因は分かっている。千葉先生の張り手だ。


 あの後、千葉先生は俺達のすぐ後ろを走り、走るペースが少しでも落ちると直ぐに張り手をしてきたお陰で、今でも背中がヒリヒリしている。


 そのヒリヒリのせいで眠る事の出来無いのだ。


 俺は、そんな背中を冷やす為にボックス席の窓を開ける事にした。


 窓の外には、せわしく人を掻き立てる朝とは違い、穏やかで美しい夜が広がっていた。


 星は春だというのに美しく輝き、線路の横をチロチロと流れる川からは、心なしかマイナスイオンが発せられている気がする。


 また、昼間温かかった春の風は、夜になると涼しく、俺の熱くなった体を丁度良い具合に冷ましてくれる。

 

 窓から見える街灯が映し出す色々な光の合わさった景色は、皮肉にも作り出した人間そのものを映しているようだ。


 この世の中は色々な色で溢れている。だから生半端な色では誰にも気付かれる事は無い。


 人間は一人で生きられない。だからこそ皆は化粧をしたり、髪型を整えたりと己を見て貰うよう努力するのだろう。自分自身が少しでも他人より輝く為に。


 しかし、その努力が全て報われるとは限らない。


 目の前に自分よりも輝く光があれば人は皆、その光に集まり、後ろの光には目もくれなくなる。


 たとえどんなに努力したとしても、それを判断するのは自分では無く他人であり、自分ではどんなに努力をしたとしても、他人が輝いていないと判断すれば所詮そこまで。努力した価値は無くなる。


 世の中は平等では無く、それでもって不条理であり、努力した過程よりも結果が求められる。


 しかも、判断するのは他人と来たもんだ。実に効率が悪く、理に敵っていない。だから、俺はそんなどうでも良い努力はしない。いや、したくない。


 俺は、そんな普通の奴等が見たらどうって事の無さそうな景色を見て、自分の気持ちを再確認した。




******************************************************




 そんな腐った事を考えていたお陰で、時間がかなり潰れ、思考が元に戻った頃には電車は、目的の駅まで後少しという所まで来ていた。


 ゆっくりと速度を落とし始める電車だが、さっきからどうも肩が重い。


 それもその筈である。富士本が俺の肩に寄り掛かりながら寝ていたからだ。


 肩トン、それは女のみに許された所業である。


 男の肩にトンと寄り掛かる事によって、次のセクションへのフラグが建設されたり、暴力的だった男が優しくなったりするという、隠しコマンドを展開させる為の行為であり、その行為は間違っても男がしていい物では無い。


 男が男の肩に寄り掛かったとしても、そこからは何も産まれないし、本来感じるであろう甘酸っぱい匂いも、男の場合、只のアンモニア臭へと成り下がる。


 俺は今すぐその不快な臭いから逃れようと、肘で富士本の事を小突くが、恐ろしきかな千葉先生、富士本は死んだように眠り続けている。こいつも確か乗り換えで電車を降りなくてはいけない筈なのだが。


 だが、この爆睡した富士本をどう起こすべきかと考え込んでいると、ふと電車のモニターが俺の目に留まった。


「……ふっ、」


 俺は富士本の睡眠を邪魔しないよう、細心の注意を払い、座席を立った。


 ……電車から降りた数秒後、電車の扉は閉まり、富士本を乗せたままゆっくりと夜の町へ消えて行った。


 『中央特快東京行き』俺が知る限り最も速く終点である東京駅に着く電車だ。


 富士本には大して恨みは無いが、今日走らされたのは全てこいつのせいだ。


「……よく眠れよ」


 俺は奴の消えて行った方へ、小さく敬礼をした。




******************************************************




 電車から降りた俺は、駅前近くのショッピングモールへ向かっていた。


 最寄り駅からは徒歩三分程で着くので、高校に入学したての頃は、大した用事も無いのに殆ど毎日ショッピングモールに通っていたものだ。


 だが、それは少し前の事。今では余程の事が無い限り、まず寄る事は無い。


 この現象は携帯を買ったばかりの頃に似ている。


 要するに小さい頃の弁当は新鮮でメチャクチャテンションが上がったりしていたが、弁当生活に慣れてしまった今。レアでも何でも無くなってしまい、有り難みすら感じなくなってしまったみたいなものだ。


 このショッピングモールは、建物全体がログハウスを意識した木の板で覆われており、レトロで、それでもってアットホームな雰囲気をかもし出している。


 その最大の特徴は二つの建物の間に中庭がある事だろう。


 中庭には、小さめでお洒落な店が出店されていたり、子供向けの遊具が設置されていて、中々面白い空間を形成している。


 また中庭では、季節に応じたイルミネーションを楽しむ事が出来る。今の季節は春なので、春らしい斬新な明かりが中庭を照らしている。


 訪れる客も若い男女や、親子連れ、老夫婦等かなり年齢層が広い為に道行く人々も色々だ。


 そして、春とはいえ夜は若干肌寒いらしく、薄めのセーターやカーディガンを着ている人達が多い。


 たまたまだとは思うが景観と非常にマッチしている。


 と、歩きながら感想を抱く。


 歩くテンポがリズミカルになるのも、この建物の影響かも知れない。


「おかあさん! 今日のごはんなーに?」

「今日はシチューよ」


 そんな母子の会話を聞くと更に心が和む。


「ねぇー、秋人寒いー。もっとくっついて!」

「仕方ねえな、……へへっ」


 だが、こんな会話を聞くと殺意しか湧いて来ない。


 勿論、威嚇させて貰う。


「うゎ!!」

「キモ……」


 かなり心にダメージを負ったが、全ては君達の為。不純異性交遊は事前に阻止。いかん、いかんよ秋人君。


 さてそんな俺だが、向かう先も無く歩いている訳では無い。中庭奥にある本屋に向かっている。


 そう、俺は風紀を監視しつつ、着々と目的地まで一歩一歩近付いているのだ。


 このまま何も無ければ後数分で着く事を予見しつつ、俺は歩む足を更に速めた。




 ……だが、しばらくすると事件が起きた。


 俺の少し手前を女子高生が歩いているのだ。


 まさかと思い、急いで全身をスキャンし、角度を変えて肩口のエンブレムをチェック。


「マジか……」


 結果、同じ学校。しかも同学年である事が分かった。


 これは非常にゆゆしき事態だ。俺の頭の中では非常事態宣言を発令している。


 避難しろ、逃げろと本能を司るもう一人の俺が騒ぎ出している。


 プライベートで同じ高校の奴と顔を合わせてはいけない。それが俺の中では鉄則。


 もし俺の存在をこの場で相手にバレた時、「昨日~、ショッピングモールで汝漫市君を見かけたんだよね~。え? 誰と? 違う違う一人~。まじ可愛そうだったよ~」と次の日、血に餓えた野獣共のネタになる事違いないからだ。


 すぐに、己の持ちうる全ての筋肉を使ってその場からの離脱を試みようとした。


 しかし、途中で思い留まった。


 そう、理性を司る俺が登場したのだ。


 奴は言った。俺の目的地も中庭にあるのだから、絶対に接触しないとも言えないし、下手にそいつの事を見失う事で、もし会ってしまった時の対応が難しくなる可能性があると。


 ならどうすれば良いんですか。俺は訪ねた。


 すると奴は微笑みながら答えた。そいつの事を監視するのじゃ。と


「成程」


 納得した。確かにそいつの事を監視していれば、俺が余程のヘマをしない限り、最悪の事態に陥る事はない。


 回避する為に逃げるのでは無く、回避する為にあえて近付く。新しい発想だった。


 そいつが目的の店に着いた所を確認してから、俺は心置き無く本屋に行けば良い。


 完璧だ。


 だが、そう結論付けている内にも、そいつはドンドン目的地に向かって進んで行く。


 いかんいかん。見失っては元も子もない。

 

 俺はミーティングを終わらせ、某国要人を守るSPの如く、そいつの後を追った。




******************************************************




 某国要人、目的に到着しました。オーバー。


 目的地に着いたらしく、俺は店の前で仁王立ちしているそいつの現状を、どこかに潜んでいるであろう他のエージェント達に報告。


 そんな馬鹿みたいな事をしてみる。暇だからな。


 しかし嫌な事になった。


 主にそいつが立ち止まった場所に問題がある。


 人類の叡知えいちが結集している場所だ。


 そう、本屋だった。俺と目的地が同じだったのだ。


 本屋の前で辺りをキョロキョロと見回し始める所を見ると間違い無いようで、俺は舌打ちをせずには居られなかった。


 ここまで来てこれかと、あんまりだと。


 これ以上待ちたくないというのが本音だ。


 さっきから見てても、辺りをキョロキョロと見回しているだけで何の進展も無い。


「ついてねぇな……」


 だが次の瞬間予想外の事が起きた。


 本屋に入ると思われたそいつは、キョロキョロ見を止めると、勢い良く本屋では無く、本屋の隣の店へと入って行ったのだ。


 半分の驚きと、半分の興味。


 肩透かしを食らわされた俺としては、そいつがどんな店に入ったのか確認しないと、怒りが収まらない。


「……これ位良いだろ」


 直ぐに後を追ってガラス越しに店内を観察した。


「は?」


 するとまず大量のぬいぐるみが目に映った。


 暖かい光の中で子供達やそれを見守る大人達が、ぬいぐるみを胸に抱いてたわむれている。


 そして皆が「ホニャ」っとしただらしない笑顔を浮かべている。とても幸せそうだ。


 数歩下がって店の看板を見ると、有名ぬいぐるみメーカーの名前が載っていた。


 そしてもう一度中を覗いて見ると、店の端の方にある特大サイズのクマのぬいぐるみの前に立っている要人を見つけた。


 しかし、そいつは某国要人では無かった。


「あいつ……」


 道中のイルミネーションの明かりで背中しか見れて居なかったが、この溢れんばかりの暖かな光のおかげで、そいつの顔を見る事が出来た。


 まるで星空の様に透き通る様な青みがかかった髪に、雪の様な白い肌。吸い込まれそうな程大きく、微塵の汚れも無い瞳。そして影が落ちる程長い睫毛まつげ


 他クラスだが、学校でよく見かける。いや、それだけ目立つ存在だという事だろう。


 しかしそいつを見かける時、そいつはいつも一人だ。どこかのグループに属している訳でも無ければ、友達と話している訳でも無い。


 だが、そんな奴を見て俺は一人ボッチな可愛そうな奴だとは言わない。一人だが、同情等の感情が自然と湧いて来ないからだ。孤独では無く孤高な存在とでも言うのだろう。


 一ノ江 彗。それが奴の名前だ。


 その為か一ノ江に憧れてを抱く人は少なくない。誰もが一ノ江と友達になろうとする。


 しかし一ノ江はそいつらを寄せ付けない。一ノ江の事を氷の様な女だと言う奴もいる。


 そんな奴がこんな所に何の用があるのか、俺にとっては甚だ疑問だが、一ノ江は先程からデカイぬいぐるみの前を一歩も動かない。


 何だろうか、クマがガン飛ばして来たとかそんな理由でタイマンでも張ろうとしているのか? って程微動だに動かない。


 だが、一ノ江を注意深く観察して分かった。


 クマを見る目は大きく見開かれており、頬を真っ赤に染めて、指先をモゾモゾと動かしている。


 そして俺は気付いた。


 そう、クマに喧嘩を売っているのでは無く、クマを見て興奮しているのだと。


 あの一ノ江が、クマに情熱的な視線を送っている。その事実だけで、俺は一ノ江の行動に釘付けになった。


 ピクッ。


 不意に一ノ江の指先が跳ねた。


 スゥー。


 徐々にクマへと腕が伸びて行く。


 ビクッ。


 一瞬手を止める。躊躇ためらっているようだ。


 だがまた直ぐに動き出す。


 そして到達した。


 フサッ、フサッ。


 まず耳を触った。耳まで赤くなった。


 モキュ、モキュ。


 次はクマの足を揉みしだく。見開いていた目は幸悦そうにトロンとしている。


 そこで俺にも変化が表れた。一ノ江から目が離せないのだ。


 これ以上見てはいけないと判っているのだが、もう少し、もう少しだけと本能が叫んでいるのが分かる。


 取り返しが着かない所まで来てしまった。そういう感覚に陥った。


 耳と足を揉みながら、息を荒くしている一ノ江は、俺から見ても決壊寸前という所まで来ている。


 深呼吸をしながら、顔を俯かせ、乱れた髪を整える一ノ江。


 ヤバイと思った。


 だが、その瞬間。


 ……ポフッ。

   

 一ノ江はクマに抱き付いた。


「!!」


 目をつむりながら敏感な肌でクマの感触を堪能する一ノ江は、俺にとって毒以外の何物でも無かった。


 身体中に電撃の様なものが走った。


 周辺の人達は若干驚いていたが、直ぐに穏やかな顔に戻り、一ノ江の所業を優しく見守る。


 だが、俺は違う。急いで戦線からの離脱をした。


 ふらつく足を引きずりながら俺は決意した。


 ……見なかった事にしよう。と


 あれは幻覚だ、まやかしだと言い聞かせながら、俺は一ノ江のいるぬいぐるみ店から逃げた。

 


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