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青春とは残酷だ

登場人物



汝漫市(いまいち) (わたる)。……主人公。

恋ヶ(こいがくぼ) (あかり)。……クラスメイト。





 ……時が経つのは早い。そう感じるこの頃である。


 俺は今日も学校へ通う訳だが、そうか、あれからもう一年も経ったのか。


 一年前のキラキラしていた俺が懐かしい。


 この一年で変わった事と言えば、俺自身が以前より更に(すた)れた事だろう。


「……だりぃ」


 いつもそうぼやいている気がする。


 景色は相変わらず灰色で、家の近くのバカ犬もギャンギャン吠えやがる。


 青春とは残酷だ。そう感じる毎日である。


 運命の出会いがあるかもと期待を寄せた時もあっかかも知れないが、そんな感情は入学して程なく経った頃に消え失せた。


 少し考えれば分かっていた事だ。今までモテなかった奴がある日突然など、有り得ないのだ。


 今の俺に残った物といえば、毎日毎日登らなくてはならない険しい並木道だけだ。


「この道、なんとかならないのか?」


 そして、今日も俺は文句を言いながら、この道を登っている。


 まだ季節が春とはいえ、鋭い傾斜の道をゆっくりと歩きながら地味に直射日光にさらされ続けている俺の身体からは、自然と汗がにじみ出て来ておのずと熱もこもる。


「……暑い」


 そうポツリと言葉を吐きながら、苦し紛れに俺はバッグの中をまさぐりノートに手をかけ、パタパタとあおぎ始める。


 果たして本当にこれで涼しくなっているのかそれとも、余計に身体を動かし、更に俺の身体に熱を溜めているのかは定かでは無いが、こういうのは心の持ちよう。


 実際に涼しくならなくても自分で勝手に涼しくなったと思えばそれなりに涼しい。


「……遅刻しそうだな」


 普段よりも歩くペースが遅い事を感覚的に感じ取り、時計を見るとやはりタイムはいつもより大分遅い。


「……走るか?」


 視線を時計から外し、木陰から直射日光にさらされているアスファルトをチラリと見る。


「……まあ、良いか」


 俺は前よりも一層歩く速度を落とし、ゆっくりと自分のペースで歩く事にした。




******************************************************




 学校の授業は酷く退屈だ。


 だから俺は授業中、大抵窓側の席で外を見て過ごしている。


 高校に入ったばかりの奴は、大抵窓側で心地好い風が吹く中勉強する事に憧れる傾向がある。


 しかし、止めておいた方が良い。窓側など格好良くもなんともない。むしろ何で好んで窓側の席に座るのかが分からない。


 風が吹けば机のプリントが床に飛び散り、折角開いた教科書も最初の目次の所まで戻される。


 そして、俺と同じような被害に遇わされた周辺の席の奴等は引きつった笑顔でこう言うのだ。


「あのさ……窓、閉めてくれない?」


 半ば強制的に窓を閉めさせられ、最早もはや何の為に窓際の席をチョイスしたのかが分からなくなるし、おまけにこのクソ暑い直射日光を直に受けなくてはならない。


 更に再び風が止んだ頃にアプローチを仕掛けると、「ごめーん。寒いから窓閉めてくれる?」と寒くも無いのに今度は更に具体的な理由を付け足される。


 それでも、尚根気強く何日も窓を開けていると今度はなにも言われなくなり、代わりに陰口や訴えるような視線が頻繁に飛び交うようになる。


 分かっただろうか? 窓側の席など憧れるものではなくむしろ忌むべき存在なのだ。


 では、何故俺はこの窓側の席に座っているのか? 

 それは俺が奴等に反発するせめてもの意志なのか、はたまた両生類のようにジメジメした場所が好きになってしまったのかは、俺が知るよしも無い。




******************************************************





「やっと授業終わったー。早くご飯食べよー」

「ちょっと早すぎー、太るよー」


 昼休みになると、クラスの大半の奴等は自分席を立ち、それぞれが所属するコミュニティーへと移動し、机同士をくっつけ始めたり、学食で共に食べる人材の選抜をし始める。


 学食で食べている奴等の事情は知らんが、教室で食事をするグループの種類は実に多彩だ。


 女子同士何人かで固まってペチャクチャペチャクチャ、ババアの様に話しているグループ。


 彼氏または彼女と二人で食事をするグループ。ペッ。


 男同士で仲睦まじく笑いながら食事よりも会話に重点を置いているグループ。


 ……全く、見ているだけで疲れる。


 そもそも昼休みは本来、午前の疲れを癒し午後の授業に向けての充電をする為に設けられたハズだ。


 だがこいつらは何故こんなにも忙しく動き回り、ペチャクチャと他愛もない会話をしたりするのだろうか。ここは会社か? と突っ込みたくなる。

 

 営業成績どんだけ上げたいんだよ……あれですか?意識高いですアピールですか?


 大体、何故何十人も友達を作ろうとするのかがよく分からない。 


 その行為は俺から言わせてみると全く無駄な事だ。


 そいつらがせっせと作った友達も結局は高校を卒業するとパタリと交流しなくなり、いつの間にかアドレス帳から名前が消えていたりするのだ。


 俺の経験だと、卒業してから交流があるのはどんなに頑張っても二人か三人、後は辛うじてメールアドレスが登録されているだけの存在でしかなく、ただ一人になりたくないが為に即席で作った友達なんぞ糞の役にも立たない。


 カップラーメンの方がまだ需要がある。


 だから俺はそんなせっせと働いている奴等を見ているとなんだか滑稽こっけいで笑いたくなってくる。


 しかし、そんな一人な俺が昼休みにやる事なんて言えば決まっている。昼寝か読書位だ。


 だが、今日は本を家に忘れて来てしまったし、生憎眠くもない。俺は第三の選択肢である窓の外の景色を見る事にした。




******************************************************




 窓の外をずっと見ていると、俺は自分が段々と心地好くなって来るのを感じた。


 サーッサーッと風になびく草や葉の奏でる音は何処か幻想的だ。


 望ヶ丘高校は外見の通り、の緑の多い高校である。現に教室のすぐ側に湧き水を源流とする小川が流れている辺り、尋常では無い位自然が豊富だと言わざるを得ない。 


 近くにビオトープがあるせいか、学校内で鹿を見かけたと言う噂まである位だ。


 自然と言えば、大体の奴等は邪魔だとか鬱陶しいと思っている奴等が多いのだが、この学校の生徒達はむしろそれを快く思っている節がある。


 だから昼休みや放課後に冷たい小川の水で手を冷やしたり、釣りを始める奴等までいるのだろう。


 そして、俺自身も自然が好きな方なので、この学校のこういう所は嫌いでは無かった。


 春には満開の桜が咲き乱れ、初夏には黄金色の宝石を連想させる新緑が生い茂る。


 秋にはイチョウや紅葉が独創的な景色を作り出し、また冬には枝に白雪が降り積もり、太陽の光を得て銀色に光る葉を付ける。


 その中でも桜が満開を通り過ごし、太少しずつ散り始めているこの時期が俺は特に気に入っている。


 ヒラヒラと散つていく桜は太陽の光を受けると白く輝き、まるで春に降る雪のように思えるからだ。


 だが、そんな作家染みた感想を抱いていると段々と眠くなってきてしまった。


 理由は簡単。窓側特有のポカポカした温かい風にやられたのだ。


 そして、その温かい光は、俺の眠気を十分に誘い、自らけなした窓側の席で俺は、ゆっくりと目蓋を閉じた。




******************************************************




 ……どうやら俺はかなり眠ってしまったらしい。


 今の現状を確認する為に、辺りをキョロキョロ見回すが誰も居ない。


 一昔前の俺だったら、全てを無に還す異能に目覚めたのではないかと勘違いしそうなシチュエーションだが、今はそんな事もなく、冷静に時間割りを確認する。


「次の時間は体育か……」


 そしてどうやら俺は置いてきぼりにされたのだろうという結論に至った。


「……眠い」


 まだ、十分に眠気は取れていないので、このまま授業をサボるのもアリだったが、クラスメイト達が帰って来たときに「こいつ、次の授業まで寝てたよ。うけるー」とネタにされるのも癪だ。


 俺はとりあえず体育館に向かう。


 だが、体育館の入り口まで辿り着いたはいいが、さてどうしたものか。俺は中々動けずにいた。

 

 経験している奴は分かると思うが、体育の授業に遅れた奴は非常に目立つのである。


 申し訳なさそうに自分のクラス達のいるグループへ合流する道中にクスりと背後から笑い声が聞こえて来たり、後ろ指を指されたり、何故か他のクラスの担当教師に睨まれたりするのがその代償と言える。


 おまけに今日の授業はバスケットボール。全く勘弁して欲しい。団体スポーツは極めて途中参加が困難なのだ。


 何故なら授業開始時に点呼を取った時点で既にチーム分けが決定してしまうから。


 故に途中参加をするという行為は一度作ったチームを再びバラして嫌な顔をされる恐れがある。

 

 もしバラさなかったとしても「はいはーい。汝漫市君はこのグループね」とか言われ、足を引っ張っても問題無さそうな野球部とかが固まっているグループに収容されたりしてしまうのだ。


 そして、その他もろもろの事項も回避するには某アニメよろしく、なんとかディレクションというスキルが必要な訳だが生憎俺にはそんなものは備わっていない。


 だから、今こうして入り口でタイミングを見計らっているのである。


 しばらくその場で、扉の窓ガラスから様子を見ながらボケーっと待機していると、先生のホェーという間抜けな試合終了を合図するホイッスルの音が聞こえて来た。


 途中参加するなら試合と試合の間の時間が一番ベストなので、俺はこの波を逃すまいと重たい腰を上げ扉に手をかけるが中が騒がしい。


 様子がおかしいので、扉から少し離れて聞いていると、女子達と思わしき「大丈夫ー?」とか「うわっ! 足青くなってるじゃん」とか「保健室一緒に行こうか?」という頼んでもいない実況中継が聞こえて来る。


 どうやら、誰かが負傷したらしい。


 しかし、女子達がザワザワと声をあげていると

「平気、平気ー! 自分で行けるからー!」という一際大きな負傷者らしき女の声が聞こえて来て、場を収拾しようとする。


 そのお陰もあり、他の女子達はある程度落ち着きを取り戻し、「本当に? 痛かったら言ってね」

と言って再び試合を始め出す。

 

 負傷した女は、他の女子達が何事も無く試合を始めた所を確認すると、今度は自分のケアをする為に、ゆっくりと扉に向かって歩き出した。


 しかし、扉の向こうには当然不審者(俺)がいる訳で、その女が扉を開けた所でおのずと目が合う。


「うわ!!」


 外に人がいるとは思わなかったみたいでメチャクチャ驚かれた。


「えっと、誰?」


 その女は、辺りが若干薄暗く、よく俺の顔が見えなかったのか目を細めながら此方をもう一度見る仕草をとる。


「うわぁ!!」


 そしてまた驚かれた。喧嘩売ってんのかワレ。


 俺の顔を見てあからさまに動揺するその女は、確か恋ヶ窪 陽だったっけな。


 肩くらいの長さの髪に、まだ染まり切っていない紅葉の色を合わせたような特徴的な色。パッチリとした吸い込まれそうな大きな瞳。そして、それら全体を引き立てる健康的な肌をしている。


「えっと……」


 だが、どうやら覚えているのは俺だけだったらしく、恋ヶ窪は必死に名前を思い出そうとする素振りを見せ、あたふたとふためいている。


「汝漫市だよ汝漫市」


 一昔前はこのやり取りでかなり心を抉られたものだが、今はそんな事は無くむしろ名前など覚えられなくて当然と思っているので、自分で名前を名乗る。

 しかし、どうやら名前を知らなかった訳では無かったようで、恋ヶ窪はブンブンと首を振る。


「いや名前は知ってるよ! そうじゃなくて……なんでここにいるの?」

「……寝てたんだよ教室で」


 俺が理由を簡潔に答えると恋ヶ窪は納得したようにポンと手を打つ。


「あっ、成程。気持ち良さそうに寝てたもんね!!」


 そう言って、恋ヶ窪は頷く。


「でも、なんで俺が寝てた事知ってんだ?」


 俺が単純に疑問に思ってた事を言うと、恋ヶ窪は訳が分からないと言うように「はい?」と眉間にシワを寄せる。


「……だって同じクラスだし」

「そういう事か」


 そう言えば同じクラスだったっけな、なら名前を知っていても不思議ではない。


 俺が納得していると恋ヶ窪はモジモシと動き出し、近くのベンチを指差す。


「あのさ……そこに、座らない?」


 足を痛めた事もあり、立っているのが辛いのだろう。別に断る理由も見つからなかったので、恋ヶ窪と一緒に近くの階段に腰掛けた。


「足、大丈夫なのか?」


 移動中足を引きずっている辺り、とても軽傷とは思えなかったので一応聞いてみる。


「大丈夫だよほんと。ほら、足も結構動くし!!」


 そう恋ヶ窪は、明らかに強がりながら足を動かしてみせるが、やはりかなり痛いらしく、どんどん顔が青ざめていく。正直見ているこっちが痛い。


「……ちょっと待ってろ」


 俺はポケットの中に手を突っ込みながら、近くの小川へと向い、冷たい水にハンカチを浸す。湧き水の方が水道水より冷たかろう。


「……ほらよ。ハンカチはまだ使って無いから綺麗な筈だ」


 恋ヶ窪は、俺が足に濡らしたハンカチを置くまでの間、ずっとキョトンとした顔をしていたが、ハンカチを置き終わるとハッとした顔をする。


「あの……ありがとう」


 頬を赤くしながらお礼なんてされたら、此方がなんて返事をしたら良いのか困る。


「……おっ、おー」


 俺がそっぽを向いて返事をすると、恋ヶ窪は小さく笑いながら、繁々(しげしげ)と自分の足を見る。


「ハンカチ、いつも持って来てるの?」

「何だお前は持ってないのか? トイレで手を洗ってないのか?」

「いや、ちゃんと持ってるよ! そうじゃなくて、体育の時も持ってきてるんだなーっていう意味だよ!!」

「そりゃそうだろう。何があるか分からないからな」


 俺が単純な理由を答えてやると、恋ヶ窪は下を向きながら「……結構マメなんだね」と言った。

 

 雑そうに見えて悪かったな。


 その後は特に何もする事が無く、俺達の間に静かな時間が流れた。小川のチロチロという音や、木々が擦れる音、色々聞こえる。


 しかし、静かになって始めて気付いた。


「恋ヶ窪、お前本当に大丈夫か?」

「……ん、っ何が?」


 再び見てみると恋ヶ窪の息遣いは粗く、顔もどこか虚ろだった。オマケに会話もままならない。これは大丈夫では無い。


「恋ヶ窪、保健室に行くか?」

「いや、良いよ……大丈夫だし」


 身体を左右にフラフラと揺らしながら恋ヶ窪は必死に取り繕っているが、俺の予想だと、恐らくあまりの痛みに貧血を起こしているようだ。


「……そんな状態じゃあ自分で保健室に行くのもままならないだろ。誰か呼んで来るぞ」


 お節介だとは思うが俺自身、見てて気持ちいい物ではないので体育館へ向かって歩き出そうとするが、背後から服の裾を掴まれてしまう。


「本当に大丈夫だから……」


 そう言って袖を掴む力を強める恋ヶ窪。


「いや、大丈夫なわけ……」


 しかし、やはり限界だったらしく恋ヶ窪は俺の袖を掴んだまま倒れてしまった。


 この場合だったら間違い無く助けを呼んだ方が良いのだろうが、恋ヶ窪の意志に反してしまう。何よりも恋ヶ窪が俺の袖を離さない。


 ……仕方無いか。


 俺は溜め息混じりに恋ヶ窪を背負い、保健室へ向かって歩き出した。





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