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そして一人の男の高校生活が始まる




 ……数年後。


 朝の通勤通学ラッシュの時間帯。乗客のほとんどが電車に強引に押し込まれ、不機嫌そうな顔をしている中、一人だけニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべている男がいた。


 なにを隠そう。今日が高校の初登校日に当たる俺だ。

 

 昨日も興奮して夜は余り寝られなかったし、初登校日に、電車内で柄にも無くポップな音楽なんか聞いている辺り、俺は非常にソワソワしているらしい。


 それに、いつもは灰色に見える景色もほんのりピンク色に染まってるように見える。


 いつも家の近くで吠えて来やがるバカ犬も、今日ばかりは俺に「頑張れよ」げきを飛ばしているみたいだった。


 幸先良し。そんな事を思わずにいられない俺は、混雑しているにも関わらず、音楽に合わせて足首を動かす。


 高校は今までの俺をリセットし、素晴らしい学校生活を送る為に地元から出来るだけ離れた場所を選んだ。


 そこで当時中学生だった俺が選んだのが、今日から俺が通おうとしている望ヶ丘高校だった。


 望ヶ丘高校の偏差値は高めだが、ここ十年位に新設された歴史の浅い学校だった為、ブランドを求める俺の学校の成績優秀な生徒達からは敬遠されていた。


 そして言うまでも無く偏差値の高さから、それ未満の成績の奴等が受けて入学出来る可能性も低い。

 

 文化祭や説明会は行かなかったが、家から学校までの距離は遠すぎず近すぎずといった位だったし、その他諸々の理由も重なり、俺はこの学校を受験する事にした。


 そして俺は見事合格。今日から望ヶ丘ライフが始まる。


 誰も俺の事を知らない。素晴らしい限りだ。


 だが、少し不安があるのも事実。


 元々、パンフレットをチラ見しただけで決めた学校だった為、勿論もちろん学校がどこにあるか、そしてどんな学校なのかなんて大体しか分からないのだ。


 しかも、学校を見るチャンスである受験当日も、校舎の工事だとかなんかで別の会場で行われた為、パンフのちっこい写真以外、校舎の全貌を見るのはその日が初めて。


 写真のワンカットを見た限りではまだ新しい普通の学校の様だが、やはり現物を見なくては落ち着かない。


 そんな、ソワソワと電車の中で妙に小刻みにうごいていた俺だが、最寄りの駅に着いた時、とあるドラマのジーパンを穿いた刑事を彷彿ほうふつさせる感想を抱いた。


「なんだこりゃ?」


 まず目に映ったのは、校舎までの遠く険しい並木道だった。この学校は俺達生徒全員を山専門の陸上選手に仕立て上げるつもりなのか?と思わずにはいられなかった。


「……嘘だろ」


 そう文句を垂れながら無言で歩く事約三十分。


 険しい道を登り切った後、俺は荒くなった息を整えながらどれ、どんなものかと首を上げた。


「うぉ……」


 それが、俺が校舎を見た初めての感想だった。

 

 とにかく敷地の広さにしても、スケールにしても俺の知っている学校とは規模が違う。

 

 余りの敷地の広さに、校門の前で他の生徒達が続々と校舎内に入っているのにも関わらず、パンフレットを広げる事を余儀なくされた。


 春一番の影響か、風がやや強い中でパンフレットを開いて見るのはかなりの技術を要し、周りの生徒達に笑われもしたが、俺はようやく目を通す事に成功。


「……えーっと」


 説明によると、この学校はどうやら山林地帯の大規模集落の跡を開発して作られたらしく、その広大な敷地には様々な物が収容されているらしい。

 

 また、当時の建築物や自然の大半はそのまま残されているらしく、よく見てみると奥の方に古い建物やビオトープみたいな物も確認できた。


 そしてこの学校は、自然と科学の調和を目指しているらしく、学校内には所々に緑の中に最新式の建物やよく分からないラボの様な物まであった。


「すげえ」


 とまあここまでがパンフに書かれてあった知識だが、まだまだこんな物では無いと言わんばかりの学校に、俺は歩く足を速めずにはいられなかった。



******************************************************




 パンフレットを見ながら足早あしばやに歩いて見ると、学生寮らしき建物や芸術的な建物。旧日本風の一軒家や町の様なエリアにあった食べ物屋や服屋。畑や森林、小川に湖等。ここには無いものなんて無いと言わんばかりの設備が目に留まる。


 しかもテーマが調和だからかは分からないが、至る所で太陽光パネルや風力発電、水力発電の為の風車や水車までもが見受けられた。


 そして、その他にも色々な方法で自然の恩恵おんけいを頂いているらしく、その成果は学校内の電力をほとんどカバー出来る迄に上がっているらしい。


 校則も、生徒達の自主性を尊重するとかで規則も緩い事が分かり、制服の着こなしの自由や所定の手続きさえ踏めば、どんな部活動だって作る事が出来る事実等、俺の心は高ぶるばかりだった。


 そして俺は更なる希望を抱いた。これからこんな場所で生活するのだ。運命の出会いがあるかもと思うのが普通である。


「……よし、」


 持っていたパンフレットをしまい、これから三年間世話になるであろう校舎に向かって、俺は一直線に歩き出した。


「入学おめでとうございます!!」

「○○部、○○部です。初心者大歓迎です!!」


 新たな学友の入学に、在校生達は校舎から顔を出し、笑顔で俺達を待ち受ける。いい気分だ。


 頭の中ではさっきからビバビバとちょんまげの親父が騒ぎ立てている。


 そしてそんな脳内の都合の良い解釈に、満更まんざらにも無くニヤけてしまう。


 華々しいスタートを切るであろう事を想像し、俺は鼻を膨らませながら校舎の中へと入って行った。



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