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第9話 「ここでくたばって欲しいなって可愛い後輩のお願い」

「まず初めに言っておく。ロケットペンシルは確かに文房具だ。だけどな、ペンシルロケットはまごうことなく兵器だ!」


 どこで手に入れたんだよ、と柚希は走りながら言った。


「いや、あの……この校舎には何でもあるから……」


 杏子は言いながら指で挟むようにして持ったペンシルロケットをクナイでも投げるかのような動作で全て放った。


 そもそもペンシルロケットというのは大きなもの――つまりロケットを小型で作り、実験し成功したら巨大化して作るというものであり、柚希の言うところの兵器ではない。投げてどこかにぶつかり爆発するなんて使い方はしないはずなのだ。もっと宇宙科学のために使われるべきであるのだが、今現在その目的は果たせてはいなかった。


「くそっ! おいバカ後輩」柚希よりも前を走る棗が言った。「共闘はどうした、共闘は。これじゃあ計画と違うだろ」


 追いかけられている二人は何度目かの曲がり角を曲がった。ときには階段を下り、そして階段を上る。その繰り返しが延々と続いていた。


 この校舎から別の校舎に移ろうとしたが、移る唯一の手段である渡り廊下は無残にも破壊されていた。柚希が見たときとは異なり、完全に破壊されていたのだ。それを見て棗が驚いていたということは、二人の計画には含まれていないことだったのだろう。そして、それはこの校舎からの脱出が不可能であることを意味しているのと同時に、この校舎内に四人が揃っていることも意味していた。


「バカ先輩には悪いけど――あ、ごめん、悪いなんて微塵も思ってないけど。ここでくたばって欲しいなって可愛い後輩のお願い」


「お前がくたばれ」


 棗が投げた地球儀はことごとくペンシルロケットで破壊されていた。二人してとんでもない制球力の持ち主だった。


 柚希はそんな二人の攻防に挟まれ、かつ後ろからの攻撃を避けるように走っていた。頭上で地球儀が爆発し、足元で地球儀が爆発し、てんてこ舞いもいいところだった。


 先刻よりも日が暮れているはずなのだが、校舎内はその爆発の光によって明るく照らし続けられていた。問題はこの小さいながらも連続して発生する爆発で旧校舎が崩れてしまいかねないことだ。整備など一切行われていないこの校舎が、全盛期と同じ耐久力を保持しているとは限らない。どこかは確実に老朽かしているだろう。その部分にペンシルロケットが当たった場合、最悪の事態が引き起こされかねない。


 だが、柚希にできることいえば逃走のみだった。


 とりあえずこの前後二人の間から抜け出さなければならない。


「ていうか、俺が選んだものと違うよな?」棗が地球儀を投げながら言った。走りながらであるのにも関わらす、地球儀は柚希の頭上を越え、杏子に向かっていった。


「なんか物足りないから部長に『ペンシルロケットください』って言ったら、すんなりくれたぞ。……あれ? ロケットペンシルだっけ?」


「バカだ!」


 柚希と棗の言葉が見事に重なった。


 それも仕方のないことだ。『ロケットペンシル』と『ペンシルロケット』を言い間違えたせいで、彼らは戦場を駆け抜けなければならない状況になってしまったのだから。


「こうなったら作戦変更だ」


 そう言って棗は一番危険であるはずの杏子ではなく、その前を走っている柚希に地球儀を投げた。地球儀は放物線を描くことなく、見事な直線を描いていて柚希を目指した。


 柚希は前から迫る地球儀を、体を逸らすことで避けることに成功した。


 地球儀は柚希の横を通り過ぎ、後ろを走っていた杏子にそのまま速度を下げることなく向かっていったが、片手で受け止められた。


「バカ先輩返すよ」


 杏子は走ったまま体を回転させ、地球儀を前方へとハンマー投げよろしく投げた。地球儀は遠心力を得て、空気を乱暴に掻き分けながら柚希の横を通った。


「うおっ!? なんだ今の」


 突如後方から横を通り過ぎた地球儀を、柚希は『なにかがもの凄い勢いで通り過ぎた』くらいにしか感じることができなかった。まさかペンシルロケットを投げ続けている杏子が地球儀を投げ返すなんてことは考え付きすらしなかった。柚希がそれを地球儀と認識できたのは、先を走っている棗の背中に直撃して床に転がってからだった。


 棗は言葉を発することも息を漏らすこともなく、走った勢いのまま床を滑るように倒れた。それはまるで冷凍マグロを彷彿とさせる光景だった。床には血のようなものが走っていたが、それは血ではないはずだ、血のようなものなんだ、と柚希は現実から目を逸らした。それはたぶん逸らすべき現実だったのだと直感的に思ったからだ。


「っちゃあ……、殺しちゃったかなぁ」


 後ろを走っていた杏子が柚希に追いつき、棗の姿を見てそう呟いた。誰が加害者なのかは言うまでもないが、それにしても杏子に反省の色というものは見えなかった。彼女にとっては蟻を潰してしまった程度のことなのだろう。


「……死んではいないと思うけど、さすがにこれは不味いだろ」


「この辺に教会ってあったっけ?」


「あったとしても棗には必要ないし、それに死んでないからな」


 この部活のメンバーのゲーム脳の多さにうんざりしつつも、とりあえず柚希は棗の無事を確認するために、俯せに倒れている彼の体を仰向けにした。棗は気絶しており、走った勢いで倒れたせいで頭を強く打ち、床を滑ったせいで額に擦り傷ができていた。


「葬式はいつ?」


 杏子が柚希の背後から言った。


「死んでねえよ。つかお前、こいつが死んでるのが前提なんだな」


「とーぜん。だって私、バカ先輩嫌いだもん。でも、これでくたばってくれたのなら、ほんの少しだけ好きになってもいいよ」


「少しなんだ……」


 死んでようやく後輩から好かれる(少しだけ)先輩というのは、いったいどんな気持ちになるのか柚希は気になったため、部活が終わったら棗に訊いてみることにした。


「とりあえずこれでバカ先輩はリタイアだよね。それとももう起き上がらないようにもう二、三発地球儀ぶちこもうか?」


「やめとけって……マジで死線さまようぞ、こいつ」


「なに!? 今はさまよってないってこと?」


「さあ……」


 気絶しているだけで死線をさまよっているわけではないのかもしれないし、もしかしたら現在川を渡っている最中なのかもしれない。どちらにせよ、柚希にそれを知ることはできない。棗が起きないことにはなにも訊くことはできなかった。


「さて、柊先輩」杏子が話を切り返るように言った。「今この校舎にいるのは私と先輩と、おそらく部長だけだよね」


 杏子の中ではすでに棗の存在は消えているようだ。


「しかしこの場にいるのは私と柊先輩だけ。そして部活中。これがどういうことかわかる?」


「そこまで言われてわからない奴がいたら病院に行くべきだな」柚希はさして考えることもせずにそう言った。「もし杏子がこれを想定して棗と組んでいたのなら、俺の中でのお前の評価を変えざるをえないな」


「魅力的?」


「いんや」柚希は立ち上がって、ベルトに差していたものを取り出した。「大バカからバカに昇華したよ。ま、見方によっては魅力的なバカなのかもな」


「物差しで私に勝てるとでも?」


 柚希の手に握られているのは木製の三十センチ物差しだった。新品のような光沢はなく、使い古されたかのように黒ずんでいる。それもそのはずだ。柚希は文房具を選ぶにあたってあの部屋から出ていないため、室内にあったものを選んだだけなのだ。あの人形たちのようにいつの間にか部屋に溜まってしまったものの一つを、だ。


 柚希は棗のことを目だけで見つつ、


「まあ勝たなきゃならないだろ」


 と当たり前のように言った。


「お前じゃあ部長に勝てないだろうし、美柑たちとの約束もある」


 それに、と柚希は続けた。


「今回は叶えたい願いがあるんだ」

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