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第4話 「今度は積み上げて城壁を造らへん?」

 冷や汗が流れ出始めたのを感じたのと同時に、柚希は踵を返して駆け出した。振り返る瞬間に彼女たちがにこやかに改造ネイルガンを向けてきたのが見え、持ってきていた木板を背中にかざした。


 発射音が響くと、次々に木板に画鋲とホッチキスの針が撃ちつけられる。まるでガードできていない足や木板を持つ手を狙わないのは、彼女たちだからだろう。これが花梨や棗たちだった場合、最初に狙われていた。


 まるでキツツキが樹木に穴を空けるかのような音が続く。


 その中に柚希は不穏を伝える音を聞いていた。ぎりぎり針が貫通しない厚さしかないため、耐久度はかぎりなく低い。何十発、何百発と撃ちつけられては尚更だ。


 その木目に針を受ける度に、少しずつ割れ目ができていく。


 たった五メートルも走っていないのに、その限界は来た。丁度、手に持っていた個所から真っ二つになったのだ。


 この軟弱もの、とは思わない。


 むしろよく耐えた、と柚希は賛辞を送り、曲がり角に跳び込んだ。


 振り返ると、画鋲とホッチキスが廊下を飛んでいる光景が目に映った。まったくもって馬鹿げている。床に落ちた木板を見ると、ほとんど木ではなくなっていた。その表面は金色と銀色に飾られている。


 発射音がまるで近づいてきていない。つまりあの二人はあの場から動いていないのだろう。


 二人がせっせと設置していた針地獄があるため、校舎を走り、彼女たちの背後に回ったとしても、近づくことは容易じゃない。なるほど、考えられている。前も後ろも針の向きが違うだけで地獄には変わりないようだ。


 角に近づいていき、彼女たちの様子をその陰から窺おうとする。


「あかん、もう弾切れや」


 そう言いながら、美柑はどこからともなく新しい改造ネイルガンを取り出し、また発砲を続けた。けたけたと笑いながら。


 その一方で、桃は無表情のまま淡々と撃ち続け、弾切れを起こすと、グリップの底から空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を入れた。わざわざそんなふうに改造しているのは、やはりただの花梨の趣味である。


 おそらく花梨のことだから、あらゆる文房具を強化する道具を準備していたのだろう。もしくは誰がなにを選ぶのかを想定して用意しているのかもしれない。それなりの付き合いのある柚希には、断然後者であると思えた。それくらいは平気でしてくる。


 そもそも棗たちが言わなくても、文房具で部活動は始まっただろうし、たまたま彼らの話が今回の内容と被っただけだ。


 ホッチキスの針と画鋲の弾丸は絶えず、天井、床、壁を目掛けて飛んでいく。


 そこに誰もいないのに続いているのは、そこに誰かが来てしまうのを恐れているからだろう。彼女たちにとってこの針地獄は要塞だが、しかしその一部である改造ネイルガンは発射音を伴っている。それは居場所を教えているようなものだ。だから退くに退けないし、やめるにやめられない。


 そのことを理解している。


 たぶん、桃だけが。


 蜜柑の方はただ楽しくなっているだけだろう。基本的になにも考えてはいない。そういう小難しいことを考えていれば、それが顔に出るはずだから、笑っているということは楽しいと感じているのだ。


 だからこそ桃が傍にいられて、


 故に美柑は周りから一線を引かれた。


 裏表がなさすぎるために。


 少し前の彼女たちを思い返して、柚希は小さく息を吐いた。そこにどんな感情が込められていたのかは自分でも理解できていない。


 もう一度、二人の様子を確認する。


「……私、疲れちゃった。これ持ってて」桃は改造ネイルガンを蜜柑の左手に握らせた。


「えぇ……」


「……弾倉の交換は任せて」


 両手に改造ネイルガンを持った蜜柑の表情から笑顔が消え、どこか辛そうでもあった。疲労感が見える。反動はほぼないにしろ、振動はある。その揺れと単純に重さが彼女を疲れさせているのだ。その証拠に少しずつ射出口と弾道が下がってきている。


 やがて蜜柑の改造ネイルガンが弾切れを起こすが、彼女にはそれを取り換える気力がないようで、腕が力なく垂れた。しかしホッチキスの針を弾としている方は、発言どおり弾が尽きるたびに桃が流れるような動作で弾倉を取り換えていた。


 彼女たちも好戦的といえばそうだが、どこか飽き症であり、花梨たちに比べれば脅威とも言えない。むしろ二人の行動で、こっちが冷や冷やしてならない。今もだがどこか危なっかしい二人に、柚希は気が気ではなかった。


 だからこそ、今すぐにでも彼女たちに勝たなければならない。


 照準を固定するはずの腕に力が込められておらず、その弾道はぶれるばかりで軌道を読むことが難しい。しかしそれはあくまで連続性があるからだ。


 桃が弾倉を取り換える。ずっと昔から使い慣れた道具のような扱い。


(ここから)


 柚希はただただ観察を続けた。できれば蜜柑が改造ネイルガンを手放すのが一番だったのだが、今にかぎって根気よく持ち続けている。


 発射口の揺れ、腕の動き。


 それを見極めた瞬間、柚希は一気に駆け出した。彼女たちの前に姿を現したのと同時に、役目を果たした木板を拾い上げる。


「やばい、来たで!」


「……見ればわかる」


 ほとんど無意識でトリガーを引いていたはずが、柚希を視認したことでその手に力が込められる。すると、機械的に作業ができていた桃の動きも流暢ではいられない。その僅かな変化に対応しないとならないからだ。


 弾倉に込められたホッチキスの数は覚えた。


 蜜柑の腕の動きの流れから、どこにホッチキスの針が飛ぶかもわかる。


 そして次の弾倉を込めるための隙。


 勝つための条件は揃っていた。


 距離を詰めながら、持っていた木板を二人に目掛けて投げる。面が床と平行になり、手裏剣のように回転する。


「ちょ、ちょっと……!」向かってくる木板を脅威に感じたのか、美柑は後退する。後退する先には自分たちで作り上げた針地獄がある。


「危ない」


「あ」よろめいていた美柑が足を絡ませてしまい床に倒れそうになる。針地獄と化した床に体ごと倒れてしまえばただでは済まない。


「桃!」


「わかってる」


 桃は背中から倒れそうになっている美柑の背中を抱えるように体を支えた。間一髪のところで惨劇は防げたのは、美柑が華奢で体重が軽かったことや桃がいつもの三倍以上速く動いたことにあるだろう。美柑の体はブリッジの体勢のようになり、頭や手と針の距離は数センチもなかった。


「助かった……。ありがとな、桃ちゃん」


「よくやったな、桃」


「……うん。もっと褒めて」


「欲張るのはいかんよぉ」


「良くやった」


 そんな言い方をすれば何も知らない人はとんでもない速さで動いたと思うが、実際は人より少し速い程度である。通常の人の動く速さが一だとすれば、桃の動きの速さはその半分程度だ。


「うん。私にしてはよく動いた」


 一件落着といった空気が流れていて本人以外気付いていないが、いつまでも腕や足で自分と然程変わらないであろうものを支えるというのはとても大変なことで、美柑と同じく華奢な体をしていた桃には限界だった。


 上体を起こそうと頭を上げていた美柑の体が一段階下がる。一段階といっても二、三センチ程度だが、彼女の手は未だに助けてもらったときと変わらない位置にあったため、


「あっ……」


 見事に針地獄の餌食になったのだ。


 それは悲しくも策士が策に溺れる瞬間だった。



「痛い……、痛いよ、桃ちゃん」


「見ればわかる」


 美柑の右手から血が溢れんばかりと言わないまでも、少しばかり出ていた。傷口はかなりの数だが、一つ一つが小さいため、痕は残らずに完治する程度のものだ。


 それでも痛いことに変わりはない。


「どこで失敗したんやろうなぁ……」


「あの作戦を考えた時点で失敗」


「そんなぁ。一生懸命考えたんやでぇ。それなのにこんなのって……」


「でも感謝しないと」


 彼女たちの周りにあった針地獄が半分だけ破壊されていた。それは支えきるのが困難になった桃と手が針に刺さり痛がっていた美柑を助けるために、柚希が画鋲とホッチキスの針を退けた結果だった。もし彼が突破して来なければ、二人とも針地獄の餌食になっていたことだろう。


「とりあえずこれ巻いとけよ」


 そう言って柚希は美柑にハンカチを渡した。ないよりはマシだろうと思ってのことだった。美柑はそれを受け取るが、自分では巻けないため桃に手伝ってもらい一応の応急処置を済ませた。


「柚希ありがとぉ」


「気にするなよ」


「でもあのままだったらどうせ部長たちに殺されてる。それだったらまだこっちのほうがマシ」


 殺されるというのは、生命を絶たれるという意味ではなく、戦意を殺がれるという意味だ、と柚希は無理に解釈した。彼女たちのないやる気を殺がれるのもそうであるし、今後の部活動においても影響が出るようなトラウマを植え付けられる。


「せやなぁ。あの人たち容赦あらへんから。実はどこかの兵隊さんなんとちゃう?」


「団体行動がとれないのにそれはないだろ」


「一人でも戦果をあげるような人たちやから、問題はないと思うよぉ?」


 三人は歩き出し、近くにあった階段から一階まで下りていく。静かなところから、もしかしたら彼らのいる二号館には他のメンバーがいないのかもしれない。争った形跡も前回のものしかないし、その線はかなり高いだろう。


「あの人たちが軍隊にいたら内部崩壊を起こす」


「それはありえるな。内部崩壊というか、内部から破壊していくだろうな」


「そや。桃ちゃん、今度は積み上げて城壁を造らへん?」


 わたしたちのいられる場所を広げて、と自分で撒いた話題を無視して言う美柑。


「それは名案」


 それは彼女なりの今回の反省なのだろう。さっきの針地獄は中心の平野が狭く、周囲の針地獄があまりにも広過ぎた。その対策として次からは安全な場所を広げようという魂胆なのだろうが、それはやっぱり彼女たちに逃げるという考えがないせいで、結局誰かの標的になることに変わりはなかった。


「名案だと思ってるのはお前たちだけだからな」


「なんやて。……でも柚希が言うなら名案じゃないんやろうな」


「没案」


「それにしても保健室遠いなぁ。こっちにも作ってくれへんかな?」


 自分の名案に興味がなくなったのか美柑は話題を変える。今日の彼女は熱しやすく、冷めやすい性格をしている。そして今冷めた話題を、いつかなんの脈絡もなく話し出すのが楠城美柑という少女だ。


「あることはある。使えるかどうかは別」


「なら保健のお姉さんを――」


「死にかけるかもしれないのに、こっちまで来てくれるような人はいねえよ」


 故意に殺されることはないだろうが、その辺にある回収されていない罠に掛かったり、いきなり天井が崩れてきたりと事故でそういうことになり得ることもないとは言えない。


 廃校舎はそういう空間なのだ。


 三人はゆっくりと、部活中でもお構いなしに普段通りのペースで歩く。


「柚希は文房具を選んだん?」


「ああ、一応な。ないと不便だろ」


「なんにしたの? クリップ?」


「それはあっても意味ないだろ。もっと実用的なのだ」


「なるほど。クイズやね。当たったらなにくれるん?」


「そうだな……、今度なにか奢ってやるよ」


 話しながらも二階まで下りてきた三人。ここも特に変わったところがなく、唯一おかしなところと言えば回収し忘れたダツが未だに天井に刺さっていることくらいだった。学校の備品のごとく存在するそのダツは、いつか蛍光灯の代わりにすると花梨に言われ放置されたままなのだろう。


 涙目なダツである。


「ホンマに? じゃあ当てるでぇ……指サックや!」


「お前は俺にそれでどうやって部長たちと戦えと? あと二回な」


「むむ……、ヒントとかあらへん? 桃ちゃんも欲しいよな、ヒント」


 美柑がそう促すと、いつからなのか桃の目が閉じられていた。そして電源が入ったように目を開いた。その目はいつもより少し輝いていた。


「……筆。絵具。パレット。墨。硯。文鎮。インク。つけペン。羽ペン。ガラスペン。烏口。万年筆。ボールペン。ミリペン。サインペン。蛍光ペン。筆ペン。鉛筆。色鉛筆。芯ホルダー。シャーペン。クレヨン。クレパス。パステル。チョーク。ダーマトグラフ。消しゴム。修正液。修正テープ。黒板消し」


「……………」


「……………」


 クリップと発言してから黙っていた桃が次に口にした文房具は様々なものだった。その多さ、その勝つ気に柚希と美柑は黙らざるを得なかった。この静かな二号館で文房具の名前が呪文のように聞こえてきたら間違いなく学校の七不思議の一つとして語られ続けていただろう。


 しかし桃はそんな二人を気にしなかった。


「……どうしたの? 今の中になかった?」


「残念ながら……な」


「あと二回」


「もう解答権はなしやぁ! 今もの凄い数の文房具言うたもん」


「柚希。美柑ちゃんが意地悪する」


 桃は柚希の背に隠れるようにして美柑を見据えた。彼女にしてみればあれで一回だったのだろうけれど、柚希も美柑と同じようにそれは少し不公平だと思い、「今回は美柑が正しいと俺は思うぞ」と桃を宥めるように言った。


「……そう」


「そうなんやでー」


「それと、クイズはお終いだ」


「なんでぇ? まだ解答権残っとるのに」


「桃があんなに言うと思わなかったからな。ま、その解答権でなにか奢ってやるよ」


「二回もかぁ。太っ腹やぁー」美柑は宇宙中から元気を集めるかのように腕を挙げて喜んだ。


 それを後ろで聞いていた桃が柚希の背中をつつき、「……私は?」と無言で訴えかけてきた。彼は少し考え、微笑みながら彼女の頭を軽く叩いた。


「大丈夫だ。あいつはわかってるから」柚希は小声で桃に言った。


「そや」美柑は閃く。「桃ちゃんにも解答権あげる。わたし一人だけじゃ不公平やもんね」


「……でも」


「ええんよ。三人でどこかに言ったときにでも奢ってもらおうな」


「……うん」


 そうこうしているうちに一階まで辿り着いた。昇降口が近くにあり、誰かに出会うという可能性は低くなりそうだ。二号館一階には保健室があるが、衛生的にも悪いし、何より今一番会いたくない人物がいそうな雰囲気がしたため、美柑たちはリタイアし、本校の保健室に行くことにした。


「じゃね柚希。頑張ってなぁ」


「ほどほどにな」


「あとでね」


「ああ、なるべく早く終わるといいな」


 手を振っている彼女たちに手を振り返し、昇降口で別れた。今回も彼女たちは自分たちの策に敗れ、リタイアしていくのであった。本当に勝つ気があるのかどうかは定かではないが、笑顔で去って行った姿から満足したということは間違いないだろう。彼女たちが優勝する日が来るのかどうかは神でさえ知らない。


 しかしあの二人の、誰かと並んで歩く姿というのは、感慨深いものがあった。この学校の生徒であれば、少し前の彼女たちを知っている者たちが見れば、柚希と似た感情を抱くだろう。いや、彼らの場合は驚愕と戸惑いの方が大きいか。


 柚希はそんな二人の姿が見えなくなってから踵を返し三号館に向かった。



 リタイア

 楠城美柑、雪柳桃


 残り人数

 六人

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