表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

第3話 「これはな、画鋲を撃ち出せるかっちょいい武器やで」

「時間、か」


 柚希は彼らの集まっていた『部室と呼ばれたことのない部屋』の前で腕時計を見てそう呟いた。その脇には部屋にあった木板が抱えられていた。このくらいの防御する盾を持っていても文句は言われないだろう。もし言われたとしても、柚希の選んだ文房具に似ていなくはないため、なんとか言い逃れるつもりだ。


 とはいえ、せいぜい一度くらいしか使えないだろう。ただの木板だし、部員にとっては紙と同然の装甲だ。


 周りに人がいる気配はしない。というかそんなことを感じ取れるスキルがない。もしかしたらどこかから狙われているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。


 なんとも言えない状況。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のような静けさ。


 わかることはただ一つ。


 あの三人が暴れていないということだけだ。戦闘狂であるあの三人が暴れていないというのは不可思議である。奇跡と言っても過言ではないくらいだ。あの三人が変な作戦を練っているか、他の部員がまだ見つかっていないだけなのかは定かではないが、なんにせよ、この場所から動かなければ、なにもわからない。


「さて、どこから行くかな」


 この校舎はかなりの広さを有した建物だ。使われていない校舎と聞けば誰しもが号館を想像するだろうが、ここに至っては学校が丸々一つ使われていない。つまり、柚希たちの通う学校の敷地内には学校と呼べる規模の建物が二つあるということだ。とりあえず《学校の階段》のような廃校舎があると思ってもらえばいい。


 四階建て、全五号館。


 ちなみに彼らが集まっていた部屋は二号館四階である。


 その一つをたった八人で使っているとは誰も思わないだろう。けれどこの学校の人間なら誰でも知っていることだ。知っているというか嫌でも知ってしまう。それだけこの名称不明の部活は有名なのである。


 ともあれ、柚希はそんな広い校舎を一人で身構えることなく呑気に普通に歩いている。


 不気味といえば不気味な雰囲気の校舎内だが、毎日のように来ている彼らにとってはそれが当たり前だし、今まさに幽霊が目の前に出てきても、「どうも」と普通に挨拶をすることができるだろう。そんな彼らに対して幽霊は、「あ、ああ、どうも」としどろもどろ返答することになる。


 暇だったので、柚希は仮に幽霊が他のメンバーの前に現れたときのことを想像する。


 まず、美柑と桃。あの二人の前に現れたとすると、美柑は「ほんもんの幽霊や」と大騒ぎするだろうし、桃に至っては「……邪魔」と一蹴するに違いない。美柑に友好的にされて、桃に邪魔者扱いされる幽霊が不憫でしょうがない。飴と鞭である。


 それこそご愁傷様と言いたくなる。


 次に梅香と林檎。林檎が間違いなく腰を抜かすことは容易に想像できて、その姿を見て梅香が林檎を弄り倒すのが目に見えるようだ。幽霊そっちのけで、梅香は林檎をからかうだろう。林檎は梅香の相手で手一杯になり、幽霊のことなんか数瞬で忘れてしまうはずだ。完全に部外者な幽霊は泣く泣く帰っていくことになるだろう。


 これもご愁傷様。


 最後にあの戦闘狂たち。


 だが、柚希は名前だけ思い浮かべて考えることを止めた。考えるまでもなく、目に見えるどころじゃなく、手に取るように彼らがやることがわかるからだ。それだけ彼らの思考回路が単純明快で、行動が猪突猛進なのである。


 確実に殺される。


 これが、柚希が考えるまでもなく辿り着いた答えだった。幽霊だから死んでいるが、彼らのことだ、もう一度殺そうとするだろう。死んでいて死なないからこそ彼らの餌食になる。簡単に言えば、幽霊は彼らにとって遊び道具にしかならないということだ。


 これには流石にご愁傷様とは言えず、むしろ頑張れと応援したくなるくらいだった。


 まあ、幽霊なんていないんだけど、と自分の考えていたことを白紙にするかのように柚希は締めくくった。そして部室と呼ばれたことのない部屋から歩き始めて、いくつかの教室の前を通り過ぎた末に、彼はようやく他のメンバーの姿を捉えた。後ろ姿とはいえ、よくわかる。


 肩まで伸びた茶色い髪に花の飾りが付いたカチューシャの少女と腰まで届くほど伸びた綺麗な黒髪をした少女。


 この組み合わせを柚希が見間違うはずがない。


「なにやってんだ、お前ら」


 茶髪の少女――美柑は振り返り、「やほー」と満開の笑顔で言った。


「今な、フィールドを作ってたんやぁ」


「フィールド?」


「そや。わたしと桃ちゃんって戦う気ゼロやんかぁ。でも、勝ちたいねんなぁ。それで向かってきた相手の自滅を誘うフィールドを作ってたんやぁ」


「ふうん。どこにあるんだ?」


 周りを見ても特に変わったところはない。前回の部活動の生々しいあとが残っているくらいで他に何かがあるわけではなさそうだった。見えないようにトラップでも仕掛けてあるのかもしれないと考えたが、この二人は自分で仕掛けた罠に自分が掛かってしまうようなタイプのため、その線はない。


 考えている柚希に美柑は「下や。し、た」と指で下を見るよう促した。彼はそれに従うように下を見て驚愕する――そして呆れかえった。


「よくもまあこんなことを……」


「へへー。凄いやろぉ」美柑は再び満開の笑みを浮かべる。


 嬉しそうにそう言う美柑には悪いが、柚希はそんなことを一切思わなかった。


 柚希が見た先――つまり廊下の床であるが、そこには数えれば数百くらい軽く突破する数の画鋲が、撒きビシよろしく散らばっていった。柚希がそれに気付かなかったのは、ちょうど画鋲の散らばっている範囲に入っていなかったからだ。あと一歩足が前に出ていたら靴の裏は画鋲だらけになり、逆スパイク状態になっているところだった。


 美柑が選んだ文房具は画鋲だった。


「これは気付かないかもな」


 この部活動において前を向いていないというのは死に直結するようなものだ。基本的に前と後ろを確認しながら動かなければあっという間に戦闘狂の方たちに喰われてしまう。逆に戦闘狂の方たちは猪突猛進型なので、出くわしてから対処するのでこういった床に馬鹿みたいに散らばった画鋲などには見向きもしない。


「せやろぉ。ナイスアイディアやー!」


 褒めてと言わんばかりにそこを強調する美柑に対して、柚希は「頑張ったな」と賛辞の声を呈した。そこに気持ちが籠っているかは別だが。

「こんな数の画鋲どこにあったんだ?」


「ん? なんか資料室みたいなところにたくさんあったでぇ」


「まあ、画鋲ならたくさんあっても不思議じゃないか」


「どうやって持ってきたかは秘密やぁ」


「桃と持って来たんじゃないのか?」


「秘密やー! せや、桃ちゃんのも見たって」


 そう言われて、今も尚、黙々となんらかの作業を続けている桃のほうを見てみる。美柑とは違ってもの凄い集中力を感じ取ることができるが、なにか細かい作業でもしているのだろうか。床にものを並べているようにも見えなくはない。


「桃。お前なにをしてるんだ?」


「……フィールド作成」桃は振り返ることなく、作業を続けながらそう言った。フィールド作成をいうことは美柑と同じようなことをしているのだろう。


 柚希はそんな桃を美柑と一緒に見守っていた。桃の行動は理解し難いものがあるが、だからといって理解できないわけではない。彼女は彼女でなにかをしようとしているのだ。


 意味があるかどうかは別として。


「……できた」桃が額を拭う。


「できたん? どれ、見して」


 桃が慎重に立ち上がると、彼女の体で見えなかったものが露わになった。それは柚希が見たかったものだったはずなのだが、それが視界に入ってまず驚愕して、そして呆れかえった。美柑のときと同じリアクション。


 美柑は柚希とは逆にそれを見て表情を明るくした。


 桃はゆっくりとした足取りで柚希に近づいて、


「褒めて」


 と真顔で言った。作業に集中していたのだろうが、一応柚希たちの会話もちゃんと聞いていたようだ。柚希はそれに応えるように、「頑張ったな」と美柑のときと同じように称賛の言葉を呈した。今度は気持ちを込めて、だ。


 それは柚希が美柑より桃のことほうが好きだからとかそういうことではない。彼は素直に桃のしたことを褒めたいと思ったから気持ちを込めて褒めたのだ。


 桃のしたこと。


 それはやはり文房具に関係のあることで、柚希にしてみればどうしてそれを選んだのかがわからなかった。だが、きっと意味はないのだろう。彼女がそういう子だということは柚希も美柑もよくわかっている。


 褒められて満足そうな顔をしている桃に柚希は訊く。「どうしてあれにしたんだ?」


「あれ? ホッチキスの針のこと?」


「別にあれでなくてもよかっただろ。というか、あれじゃないほうがいいんじゃないか?」


「……なんとなく、資料室みたいなところにあったから」


「美柑がそんなこと言ってたな。ところでその資料室みたいな教室ってどこだ?」


「秘密なり」


「なり?」


 桃がなんに集中して作業をしていたのかと言えば、もちろんフィールド作成であるが、それは美柑のしたことと似ているが大きく異なるものだった。目的は同じだが、その苛酷さが違う――違い過ぎる。


 美柑はただただ画鋲を撒きビシよろしく撒いただけだが、桃はホッチキスの針が上向きに立つように一つ一つ並べていた。もちろん塊ではない。つまり上を向いた状態の針をひたすら――しかも不気味なほど綺麗に並べていた。その不気味さと言ったら幽霊も驚きのあまり転生してしまうレベルのものだった。


「桃ちゃんはすごいなぁ」美柑が感心する。「わたしにはこんな細かいことできへんわぁ」


「そんなことない。美柑ちゃんもやればできる。頑張ろう」


「頑張らないといかんのぉ? わたしには無理そうやぁ」


「……できる。自分を信じて。信じる者は救われる」


「ホンマに? わたしも救われる?」


「……………」


「あれ? なんで目をそらすん?」


 柚希はこの校舎内に針地獄と呼ばれるものが完成した瞬間を目撃してしまった。針地獄はなんだか妙に輝いているような、やっと日の目を見ることができたといったような、見えないやる気を感じられた。それがまさか、か弱い少女二人によって造られたものだと誰が想像できる――いや、か弱い少女だからこそ造ったのだが。


 最初に出会ったのが、この二人でよかったと思う。殺伐といているこの部活動において癒しの存在である。ただ文房具を並べるだけなんて、可愛いらしいじゃないか。


 そんなふうに柚希が考えているときだった。


「さてと」美柑はおもむろに制服の中に手を入れた。柚希が目を逸らすよりも早く“それ”は現れた。


「なんだそれ」


「これか? これはな、画鋲を撃ち出せるかっちょいい武器やで」


 ネイルガンみたいなものだろうか、と柚希は思った。しかし画鋲を撃ち出さなきゃいけないほどの固い壁などあるのだろうかと同時に疑問を抱いた。本当にそんな道具があるのかが疑わしい。


 単純な答えが、一つ導き出される。


「もしかしてそれ……」


「せや! 部長さんからもろたんやで!」


「ろくなことしねえな、あの人!」


 そう嘆いて、ハッとする。


 蜜柑が画鋲を撃ち出す道具を持っているということは、必然的に桃もまた同じような道具を渡されている可能性が高い。


 まさかと思い、桃を見やると、


「じゃーん」


 オノマトペを声に出しながら、桃もまたミカンと同じようにネイルガンのようなものを取り出した。一見すれば同一のものにしか見えない。だが、花梨が渡したとなればその構造は――。


「ホッチキスの針が出せるのか?」


「ばん」と言いながら、桃は壁に向けて撃ち放った。銀色の銃弾がものの見事に壁に突き刺さっている。その威力は申し分ないようだ。


 壁に撃ちこむことではなく、


 人を殺傷するのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ