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第2話 「大丈夫。そうなっても次のコマで何事もなかったようにみんな復活しているから」

 この部活に正式な名前はないが、学校には一応登録してある。校則では部活申請には五人以上必要とのことだったが、部長である花梨が無理矢理通し、その第一部員――つまり副部長に選ばれたのが柚希だ。しかし副部長と言っても特別な権限があるわけではなく部長の駒でしかない。


 ちなみに花梨は三年、柚希は二年である。その他のメンバーはというと、美柑、桃、梅香、棗は二年。林檎と杏子は一年だ。


 部活名不明、内容不明、部費不明のこの部活でやることはただ一つ――『一番を決めること』――である。ジャンルを問わず、花梨が「これの一番を決めたい」と言った瞬間から部活が始まる。


 というわけで今回も始まるのだった。


「今回はどうするんですか?」


 柚希は部活開始前にルールを訊こうと花梨に話しかけた。ルールもそうだが、今回に至ってはなんの一番を決めるのかでさえ聞いていないのだ。それでもバカな二人は「よっしゃああああ!!」「絶対お前を最初に潰してやるからな!」といがみ合いながら準備運動をして、やる気マックスの状態であった。


「前回はなにをしたんだっけ?」


「前回は魚介類で一番を決めたんですよ」


「なんで?」


「覚えてないんですか? 花梨先輩と俺が寿司の話をしていたらいきなり『魚介類の一番を決めましょう』って言ったのが始まりです」


「なにが一番だったの?」


「花梨先輩が使ったダツが一番だったんです」


 このときのことを詳しく話すとどこかから苦情が来てしまうかもしれないが、どこを掻い摘んで話したところで苦情が来そうなため諦めて軽く説明する。


 前回の部活では寿司の話から『魚介類の一番を決める』ということだったが、味云々はともかく何故か戦闘力の高さで一番を決めたのだった。戦闘力と言っても魚介類が持つ戦闘力ではなく、魚介類を武器に使ったときの戦闘力の高さで一番を決めた。一人が一種類だけ魚介類を選び、それで戦い、相手の戦意を喪失させ最後まで残っていた人が勝ちという話を聞けば、どこかから苦情が来てしまう内容だった。


 もちろん本物を使ったため、終わったあとは部員が美味しく頂きました。


 余談だが前々回は野菜である。


「部長の身体能力とダツの殺傷力の高さが合わさってとんでもない戦闘力でしたよ。校舎の殆どの壁にダツが刺さっていましたからね」


「ああ、あれか。あれは面白かったな。ダツって投げやすいんだよ、知ってたか?」


「知りませんよ。ダツを投げた人なんて花梨先輩が初めてなんじゃないですか?」


「だとしたら私は歴史の教科書に載るな。一躍有名人だ」


「そんなことで教科書に載るんだったら、今頃歴史の教科書は人名ばかり載っているでしょうね。先輩はその中で一際異質な内容ですよ」


「『ダツを初めて投げた人』ってよく考えてみれば、あまり嬉しくないな」


「少しは嬉しいんですね……。俺はまったく嬉しくないですけど」


「ま、なんにせよ、楽しかったことに変わりないな」


「でしょうね。あの場で生き生きしていたのは花梨先輩だけでしたから」


「そんなことはないだろ。あのバカ二人もなかなかだったろ?」


 花梨がいがみ合い続けている二人を指差しそう言い、柚希は自然と二人のほうを見た。それだけで前回の部活を明白に思い出すことができ、その記憶に溜息を吐いた。


「……花梨先輩はあの二人を黙らせたんですよ。それも忘れたんですか?」


「うん。忘れた」


『自分が楽しければ他はどうでもいい』をモットーにして生きている花梨にそんなことを訊いた自分がバカだった、と柚希は呆れた。考えてみれば――いや考えてみなくても、この部活は言うなれば花梨の趣味で構築、構成されているのは明らかだった。


「まあ、でもあの二人も忘れているでしょうから別にいいですけど」


「バカだからな」


「バカですもんね」


 花梨と柚希はバカな二人を見ながらそう言った。いがみ合っているバカ二人は視線に気付いたのか花梨たちのほうを向いて「まだー」と二人仲良く声を揃えて、部活が始まるのを待っていた。


 柚希はバカな二人を置いといて、若干ずれていた話を元に戻した。


「それで今回はなにを使うんですか? 唐突過ぎて誰もわかっていませんよ」


「今回は文房具でいこうと思うんだ」


「文房具……ですか」


「うん。ほら、あのバカ二人がシャーペンだのボールペンだの言ってただろ? それで閃いたんだ」


「確かにそんな話をしていたような気がしますけど……それって書きやすさの話とかじゃありませんでした?」


「そんな話だった」


「じゃあ今回は書きやすさで争うんですか?」違うとわかっていたが、柚希は事務的にそう訊いた。


「いんや。ちゃんと戦争をするよ」


「まさか文房具を武器にするんですか? そんなことしたらどっかのお偉いさんやら保護者の人から苦情がきますよ」


「大丈夫。ここ二次元だから」


「違います」


 ちなみに前回はというと苦情がきたような、こなかったような、揉み消したような、揉み消さなかったような。そんな感じであり、できれば察して欲しい。


 そんな危ないつり橋を渡って行われる部活はつり橋を渡りきった後、そのつり橋を切り落とし、なかったことにするのが当たり前だった。


「え? 違うの?」


「違いますよ。なに本気で驚いているんですか」


「でも、向こうからしたらこっちは二次元だろ」


「向こうってどこですか……」


「で、こっちからしたら向こうが二次元なわけだ。つまりどっちも二次元だ」


「いえ、どっちも三次元という答えも――」


「いやぁ、哲学だな」と花梨は逃げるように話を終わらせた。柚希としても、この話を続ける必要性はなかったため、元の話に戻す。


「だけど文房具って危なくないですか? カッターとかハサミとかありますよ」


「その辺は禁止にするか。危ないことは学校外でやれよ、って話だ」


「……どの口がそんなセリフを吐くんですか? それに学校内でなら尚更ダメですよ」


「ま、気にするなよ。とにかく刃物は禁止だ。それ以外なら全て可。ただしいつも通り一種類だけだ」


「わかりました。みんなにはそう伝えておきます」


 といっても、この会話は決して広くはない部室で行われているため、言わずもがな全員には伝わっている。もちろん全員と言っても、花梨と柚希から一番離れた席に座っていて、尚且つ、二人でいがみ合い続けているバカ二人には聞こえていない。


「文房具かぁ。桃ちゃんはなんにするん?」美柑が訊いた。


「持ち運べる物」


「そうやなぁ。わたしもそうしよ。ところで持ち運べない文房具なんてあるん?」


「探せば見つかる」


「せやなぁ。世界は広いもんなぁ」


 持ち運べない文房具とはなんなのかは知るところではないが、このゆったりペアにはそう言う理由がある。前回の部活動において美柑はウニを選び、桃はヒトデを選んだ。これには相手に気付かれないで遠くから投擲で倒すという明確な理由があったのだが(それは忍者に憧れていたこともあった)、ウニは持つことすらできず、ヒトデに至っては気持ち悪過ぎて飛ばす気にもならなかった。そんな経験からこの二人は持ち運べる物という答えに辿り着いたのだろう。


 どこか感覚がずれている、そんな二人。


「見つけたら教えて」桃が端的に言う。


「あれ? わたしが探すん?」美柑は首を傾げた。


「他に誰が?」


「んっと……」美柑は顎に手を当て、考える。「柚希とか?」


「それなら私も行く」


「わたしも付いて行ってええ? みんなで行ったほうが楽しいと思う」


「ダメ」


 本人たち自身の戦闘力及びやる気はゼロに等しい。そんな彼女たちの選ぶ文房具を先読みするのは不可能である。どのくらい不可能かというと、地球の自転を逆回転にするくらい不可能である。


 柚希は二人の会話に聞き耳を立てつつ、花梨と会話を進める。


「それじゃあ今回は文房具を使用、ただし刃物は禁止。で、いいんですね?」


「勝敗は今までと同じで生き残りバトルね。戦闘不能になったら即刻退場。リタイアする場合は校舎から出ること」


「それはわかってます。一応言っておきますけど、殺しはダメですからね」


 ここでの「殺し」とはつまり、本気で相手を倒そうという意志のことだ。死に直結してしまいそうな攻撃を禁止にしなければ、彼女たちは平気で人間の弱点である頭部や首を狙う。勝利こそ美学と今にでも言いそうだが、しかしそれは言わないでも行動が語っていた。


「大丈夫。そうなっても次のコマで何事もなかったようにみんな復活しているから」


「まずアンタの頭の中が大丈夫じゃねえな」


 今日が午前授業であったためか、時刻はまだ二時半と部活動をするのには充分な時間だった。おそらくグラウンドや体育館では運動部が活動しているだろうし、他の場所にしても文化部が活動しているはずだ。


 つまり花梨たちが部活動をする場所は一つ――彼女たちがいる校舎だけである。人の近寄ることのないこの校舎以外で彼女たちが部活動を行えば、まず間違いなく死人が出るだろう。なにをどう考えたところで彼女たちが活動できる場所はここだけであった。


「さて」花梨は手を叩き部員たちの注目を集めた。その音にはあのバカ二人でさえ反応を示し、部活動の開催を意味していた。


「今から三十分後に開始ね。それまでは何をしようと自由。ただしこの校舎から出ることは禁ずる。あと刃物を使うのも禁止。それ以外はなにしたってオッケー」


「殺しを禁ずることを忘れてますよ」


「そんなことする奴はこの中にはいない。な?」


 同意を仰いだが、元気よく覇気なく返事する美柑や小動物を彷彿とさせるような頷きをしている林檎のように同意する者の多い中で奥の二人だけ目を逸らしていた。


 そう、バカ二人――棗と杏子だ。


 柚希は溜息を吐いた。


「……お前ら殺し合う気だったのかよ! 高校生にあるまじき思考だぞ。……花梨先輩。殺しを禁じて――ってアンタもかよ!」


 ふと、横にいる花梨を見れば目を逸らしていた。しかも吹けていない口笛を吹いていた。それは誰から見ても動揺を隠すのに失敗している人間の姿だった。


 花梨は「冗談、冗談」と呆れた顔をしている柚希に言った。


「今回は文房具で戦うから各々で一種類だけ選ぶように。『これって文房具ですかー?』という質問は受け付けない。それっぽいものならなんでもいいから」


「なんでもいいから殺しを禁じてください。花梨先輩が言わないとなんでもアリになってしまいますから」


「それと『どっからその文房具を取りだした!』というのもなし。ここは二次元なので基本的にはなんでもしていいわよ」


「違いますって! 誰に言ってるんですか、それは。とにかく殺しを――」


「『どこで手に入れたんだ!』って言われたら『いや、あの……この校舎にはなんでもあるから……』って適当に誤魔化せ」


「そんなこと誰も言いませんから、殺――」


「とか言っている間にあと五分で開始時刻ね。それじゃ解散。健闘を祈るわ」


「禁止しろ!」


 その後、なんやかんやあって殺しは禁止されることになるが、それがまともに守られるとは誰一人思ってはいなかった。けれど、それは自分たちの関係ないところで行われるから、別に問題はないと誰もが思っている。



 柚希だけは――。

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