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おまけ1 「言われてみれば、『話すカタログか!』ってツッコミたくなるくらい多かったもんなぁ」

「なんですか、これは」柚希は後ろで優雅に緑茶を啜っている花梨に訊いた。


「なにって、この間の部活動の様子だけど」


「いや、それは見ればわかりますよ。どこから撮影してたんですか」


「それは秘密。知らないほうが幸せなこともあるよ。まあ、今まさに不幸に直面しているようだから、どちらにせよ幸せとは言えないね」


「だったら教えろや!」


 柚希たちがいるのは、『部室と呼ばれたことのない部屋』改め、『部室と呼ばれたことのある部屋』である。しかし名前からわかるように、呼ばれたことがあるだけで全く定着していない。この国全土を探しても、『部室』と呼ばれない部室は見つからないだろう。


 そんな心機一転(?)した部屋でDVDを見ていた。内容は花梨が言っていたようにこの間行われた部活動の様子である。


 この間。


 このDVDに映っている部活動が行われたのは五日前ほどだ。五日前の夕飯など思い出せないだろうが、この部活動のことは誰もが覚えているだろう。


「こんなことする意味あるんですか」


「たまには過去を振り返りたいと思うでしょ? そのときのために撮っておいた」


「振り返る過去を間違ってる」


「そうだね。過去は過ちばかりだよ。どうしてだろうね?」


「結果論だからですよ。……まったく花梨さんは」柚希は溜息を吐いた。


「ホントは、お偉いさんに見せるために撮ったんだよ。ほら、野菜を使ったときに怒られたから。そのときに『私たちは映研ですから』って思ってもないこと言っちゃったから仕方ない」


「花梨さんのせいじゃないですか!」


「編集もバッチリしてあるからその辺も見どころよ」花梨は片眼を瞑って言った。


「なにを編集したんですか」


「見せられないあんなことやこんなことを消させてもらった」


 柚希は深い溜息を吐いて、隣で一緒に見ていた美柑と桃を窺う。柚希がDVDの再生を止めているため、彼女たちはその間に自分たちの意見を交換しているようだ。時に首を傾げ、時に頷き、時にぶつかりあっている。そして意見がまとまったのか握手を交わした。


「ところで部長さん」振り返りながら美柑が言う。「わたし、あんなに血ぃ出てへんよぉ。それに画鋲の量も多すぎやぁ」


「美柑ちゃんが実際に並べた画鋲の数なんてなんの面白みもないじゃない」


「ひっどぉ。頑張ったのにぃ」


 花梨が編集した映像では、何百もの数の画鋲を撒きビシよろしく捲いた風になっているが、実際はそうではない。美柑は撒きビシのように撒いたのではなく、寧ろ丁寧に一つずつ並べた。一寸の乱れもない列を機械も顔負けの技術で作り上げたが、いかんせん動きが遅いため大した数を並べることはできなかった。そのため、手に刺さった画鋲の数も少ない。


 ちなみに桃のホッチキスの針は量が増えたのではなく、量が減っていた。桃は美柑と違って集中すると、機械も顔が青ざめるくらいの速さ(言うまでもないが比喩表現だ)と正確さを発揮する。彼女の場合はあまりにも多過ぎてリアリティからかけ離れたため、編集の魔の手が及んだのだろう。


「よく考えたら話した内容とかも変わってませんか?」柚希が言った。


「わたしはそうは思わなかったけどなぁ」美柑は人差し指を顎につけ、考えるポーズをとった。


「変えたよ、私好みに」当たり前と言わんばかりに花梨は言った。


「私はもっと文房具の名前を挙げたはず。これじゃ、私が無知みたい」


「いや、桃のは編集しないと、ちょっと……ね」珍しく困惑した顔を見せる花梨。


「まあ、確かに。桃の言い並べた文房具の数だと、知り過ぎで逆に怖いもんな」


「言われてみれば、『話すカタログか!』ってツッコミたくなるくらい多かったもんなぁ」美柑も同意した。


「話すカタログ!?」桃は美柑の言葉を反芻し、ショックを受けたのかテーブルに突っ伏した。そこにはいつもの和やかな雰囲気とは一風変わり、暗く沈んだ雰囲気が流れていた。


「桃ちゃん、あくまで比喩表現やぁ! 桃ちゃんが話すカタログって言ったわけやない」美柑が桃を慰める。


「……でも比喩ということはそう感じれとれるということ。つまり私という存在は話すカタログと同じ。私は制服を着た話すカタログなんだ。次世代のカタログを担う存在なんだ」


 美柑の慰めも無駄だったのか、美柑のネガティブなオーラは変わらない。むしろ悪化していると言っても過言ではない。


 花梨と柚希はそんな二人を眺めているだけだった。


「違うでぇ! 桃ちゃんはカタログなんかじゃない!」


「……じゃあ、なに?」


「え? あの……、その……なんていうか、そうや!」


 考え、なにかを閃いた美柑を見ていて花梨と柚希は思った。


 普通に人間って言えばいいのに――。


 どうしてその答えに辿り着かないのかは、花梨たちが知れることではないし、仮に美柑に訊いても、首を傾げられるだけだろう。そして美柑がそんな二人の考えの斜め上をいく答えを出していることを花梨たちが知る由もない。


 美柑は突っ伏している桃の肩に手を置く。桃はそれに応えるかのように少しだけ顔を上げて美柑を見る。


「桃ちゃんは『話すカタログ』やない。『喋るメニュー』やぁ!」美柑は空いているほうの手でグッと親指を突き立てた。


 おそらく――いや、間違いなく美柑自身、良いことを言ったつもりだろうが、彼女を含む花梨、柚希、桃の四人の周りに漂っていた空気が一瞬にして凍りついてしまった。なにより言われた桃が一番凍っていたのだから、良いことを言っていないということに気付いても不思議ではないはずなのだが……。


「私は――」桃は再びテーブルに突っ伏した。


「なんでぇ? 慰めたはずなんやけどぉ……」美柑は困惑した表情を見せる。


「あれで慰めてたのか……」


「え? 慰めてるように聞こえへんかったの?」美柑は花梨と柚希に訊いた。


 花梨は一度溜息を吐いてから、「全く聞こえなかったわよ。もしそう聞こえる人がいたのなら、今すぐにここに呼んで一緒にお茶したいくらいだわ」と美柑を否定した。


「じゃあ、わたしとお茶しようなぁ」


「いや、美柑ちゃんは言った本人なんだから別よ」


「えー。それってズルぅない? わたしだってお茶したい」


「そんなことはどうでもいいから、桃をどうにかしろ」


 彼女たちが話している間、桃は柚希に慰められつつも、「私は、話すなにかなんだ」と呟き続けていた。その声は籠っていて、念仏のようにも呪文のようにも聞こえる。


「桃ちゃーん。ごめんなー」


 柚希はこの二人の仲の良さを知っている。


 一か月くらい前に目玉焼きにかけるもので喧嘩した時は、その次の日には元に戻っていて、一週間前くらい前に鶏が先かヒヨコが先かで喧嘩した時は、二時間くらいでその話がなかったことになっていた。だから、こうして二人で話していれば、いつの間にか元の雰囲気に戻っていて、明日には今日のこのことを忘れていることだろう。


「そういえば花梨さん。会話を編集するのって大変じゃないですか? 実際に話していないことを話させてるのとかどうやるんです?」


「ん? そうね……、まあ色々あるんだ、そういう技術が。説明してもいいんだけど、専門用語が一方的に飛ぶだけだから……」


「そうですか。少し気になったんですけど、難しそうですね」


「ま、まあね。難しいと言えば難しい。柚希には合わないかも」


「合わない? ああ、そうかもしれませんね。機械とかあまり得意なほうじゃありませんから」


「うん。まあ、そういうことにしましょうね」


 花梨の歯切れの悪い言葉に柚希は首を傾げた。だが、花梨が言葉を濁すのはよくあることだ。そこを追及すると、もれなく気持ちが落ち込むことを柚希は経験から知っている。知っているからこそ追求せずに別の話題に変える。


「編集したせいで、渡り廊下なのに渡れなくなってますけど、この後、俺はどうなるんですか?」


「渡ったことにする。何事もなかったかのようにね」


「それって一階の渡り廊下を編集で消した意味ありませんよね? だったら編集しないで普通に残しておけばいいのに」


「それじゃあつまらないでしょ。面白くしないとそれこそ意味がないわよ」


「お偉いさんに見せるものに、面白さは必要なんですか?」


「必要よ。見せられたのに面白くなかったら嫌でしょ。私はあのクソ親父共のことまで考慮して編集したんだから」


「なにか含みのある言い方ですね。面白さとは別に、なにを考慮したんですか」


「それは本人たちが来てるときじゃないと言えない。というか彼女たちに早く見せたい。今すぐ見せたい。なんで今日はなごやかチームしかいないの?」


 花梨の言う『なごやかチーム』とは言わずもがな柚希、桃、美柑の三人のことである。この呼称を使っているのは花梨だけだ。他のメンバーも、それぞれで違う呼称をしているが、どれも似たような感じである。どう考えても。結局行きつく先はそういったやんわりしたものになってしまうのだから不思議だ。


「たまたまですよ。他の奴らはバイトとか用事とかで来てないだけです」


「部活があるってのになんて奴らだ!」


「滅多にしないけどな!」


「……さて、そろそろ帰ろうか」花梨が話題を切り替えた。


「帰るってまだ全部見てませんよ?」


「美柑と桃は、これ以降はもう出番がないから終わり。私は編集したところを彼女たちに見て欲しかっただけだから」


「わたしたちの出番これだけって寂しいなぁ」美柑が二人の会話に割って入ってきた。


「……仕方ない。あそこでリタイアしたのは私たちなんだから、なにを言ってもしょうがない」桃も調子を戻したのか会話に加わった。


「まあ、でもあなたたち二人があのまま続けるよりは、あそこでリタイアしたのは英断だったと思うよ。あのまま参加していたら手の怪我だけじゃ済まなかった」


「わたしたちがリタイアした後、どんなことがあったん?」


「気になる?」花梨が訊き返した。


「気になるわぁ。あの後のことは聞いてないし……桃ちゃんも気になるよなぁ」


「……大体予想はつくけど聞いてみたい」


「んー、どうしようかなー。教えちゃおうかなー」


「部長さん焦らさんといて」


「美柑と桃の気持ちはわかるけど、今日はもう遅いから帰ろうぜ。話はいつだって聞けるし、なんならこのDVDの続きを見ればいい」


 時刻は午後七時半を回ったところだ。夏前とはいえ、すでに日が暮れており、昼間のような明るさはない。このままDVDを最後まで見てしまえば日付が変わってしまうことくらい容易にわかる。


「うん……、確かに柚希の言う通りやなぁ。どないする、桃ちゃん」


「柚希が帰るのなら私も帰る」


「決まりだな。俺たちは帰りますけど、花梨さんはまだ残るんですか?」柚希は帰る支度をしながら訊いた。


「私ももう帰る。編集でここ最近徹夜だったからね。もう今すぐにでも眠りたい」


「そうですか。それじゃあ、お先です」


「またね、部長さん」


「さよなら」


 美柑と桃も柚希に続くように言った。柚希が扉を開けると、彼より先に二人が部屋から出ていく。その後に続いて柚希が部屋から出ようとしたとき、花梨が柚希を呼びとめた。


「あの二人に明日は来なくていいと伝えておいて」


「どうしてです?」


「明日は梅香と林檎の番だから。二人には明日ここに来るよう伝えておいて。なんかそういう流れっぽいから」


「伝えることばかりですね。俺は伝言板かなにかですか」


 わかりましたよ、と柚希は部室を後にした。


「なあ柚希ぃ」美柑がゆったりとした口調で言った。「あのときの部活を早く終わらせたかったら、あそこでお茶を飲みに戻るのは少し違うんとちゃう?」


「それは私も思った。あの三人の潰し合いを望んだ結果なの?」


「ああ、あれか」柚希は思い出すように二人に言った。「あれはあの三人を同時に相手取るのは面倒だな、と思ったからだ」


 その返答に美柑と桃は首を傾げたが、柚希は「気にするな」と言って昇降口に向かった。

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