第12話 「いつもの部屋にいるよ。まあ気楽に来るといい」
携帯電話を開いてみると、そこには大量のメールが受信されたことを示すアイコンが表示されていた。迷惑メールだろうかと柚希は思ったりもしたが、そうでないことはよくわかっていた。キー操作を行い、アイコンをクリックする。
画面を見て柚希は溜息を吐いた。わかってはいたが、こうもメールをしてくるとは余程暇なのだろう。しかしあそこには林檎や梅香、それに棗と杏子がいるはずだ。暇になるなんてことはない。騒がしくしすぎて、追い出されたのだろうか。ただでも有名なのだから(悪い意味で)、おとなしくしていればいいのに。
とりあえず最後に送られてきたメールを開いた。まずタイトルを確認し、そのあとに本文を読んだ。そして最後に添付された画像を見て、柚希は再び溜息を吐いた。なんとなく他のメールも内容が予測できたので、さらりと目を通すだけにした。
正直、心底どうでもよかった。
みんなでジェンガをやっていますとか、ババ抜きをしましたとか、棗がババを持っているのは見ればわかりますとか、梅香がハートの8と6を出してくれませんとか、林檎の手札にハートの9と5があるのが見えましたとか、――以下略。
本当にどうでもよかった。
美柑も桃も実況メールばかりを送ってきていた。人が集まってきてテンションが上がったのかもしれない。割と長い時間、二人でいたのだから仕方ないといえば仕方ない。しかも桃はベッドで寝ていたのだから、美柑は相当暇だったのだろう。というか保健室から追い出されていないという事実がなによりも驚きだ。そこは溜まり場じゃない、と柚希は一言申したかったが面倒なのでやめた。
それはともかく。
柚希は花梨を探している最中だった。たった二人しかいない校舎はあまりにも広過ぎる。隠れようと思えばどこにだって隠れることができるし、たとえ隠れていなくても探すのに苦労することに変わりなかった。入れ違いになることだって考えられてしまう。
花梨にも他のメンバーが送ったリタイアメールが届いているはずなのだが、いったいどこでなにをしているのやら、柚希にはさっぱりだった。
柚希は持っていた携帯電話を操作した。
時間が無駄に過ぎて行くことはいいことではない。有限である時間をこんな人探しなんてもので消していきたくはない。
一回目のコール音が終わる前に、通話が繋がった。勘がいいのか、こうなることがわかってでもいないとできないことだ。
「電話してくるのは反則なんじゃない?」
「反則じゃないですよ。ただそんなことする奴がいないだけです。花梨先輩」
電話の相手は花梨だった。時間が惜しい柚希は、自分で探すのは諦め、相手に居場所を訊こうという魂胆で電話をかけた。
「今、どこにいるんですか? メール届いてますよね? もう俺と花梨先輩しかこの校舎にいませんよ」
「わかってるよ。だけど、ルール無用のこの部活で全員がメールを送ってくるなんてありえない。柚希がやったのかな?」
「俺はなにもしてませんよ。みんなが自主的にメールを送ったんです」
「嘘だね」
「かもしれません」
少し間が空いたあと、
「いつもの部屋にいるよ。まあ気楽に来るといい」
そう花梨が言って通話が切れた。そのときの声は少し笑っているようだった。なにかいいことでもあったかのような、そんな浮ついた声だ。
結局あの部屋でこの部活は終わるようだ。
あの部屋で始まり、あの部屋で終わる。
それは初めてのことだった。いつもはもっと混沌としていて、収集のつかないような終わり方をするのだが、今回は違う……とも言い切れない。花梨が残っている時点で、すんなり終わるということはないのだ。
柚希は歩を進めた。場所がわかったのならそこまで一直線に進めばいいだけだ。
さっさと終わらせて、さっさと帰りたい。
そう思っていたのに、そう簡単にはいきそうになかった。
まず柚希の目の前を、壁をぶち抜きながらなにかが通過した。その距離わずか五十センチもない。それが黒板だと気付くのに数秒かかった。
「おいおいおいおい」
最強の戦闘狂が大人しかったのはこのためか、と柚希は痛感した。
このときを狙っていたのだ。
この場にいつまでも残るのは危ないと思い、駆け出すとすぐに床すれすれにキラキラ光るものが張り巡らされているのに気付いた。
柚希は落ちていた壁の破片を拾い上げ、その光るものに投げた。
破片は光るものに直撃した瞬間、バチンッと音を立てて消滅した。二枚の黒板がトラバサミのように設置されていたのだ。しかもよく見れば、片方には画鋲、もう片方にはホッチキスの針が接着されている。
もし自分が足を踏み入れていたら……。
柚希はそう考えると笑ってしまった。笑うしかなかった。まだ杏子のペンシルロケットの方がましだった。
やばいやばいやばい、と頭の中で何度も繰り返した。
安全な場所は消えたと言ってもいい。おそらく部活史上最高数のトラップがしかけられているはずだ。
その場に留まるのも、
逃げ出すのも、
吉とは言えなかった。
「気楽に来るといいだって? ふざけんな」




