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第1話 「戦争をしよう」

 とある高校の今は使われていない校舎の一室。その部屋には大きな十人掛けのテーブル、部屋の奥に社長机に革製の豪勢な椅子、壁際にある棚にはポットなどが置かれている。学校の教室らしさなんて一つもない――というのはいささか過度な表現だが、そんなものと思ってもらって欲しい。使われていない一室であるはずなのにやたらと設備が整っている。


 普通教室のような広さではなく、どちらかといえば多目的教室特有の広さといった感じだろう。だからこそ多くの物が置かれているのにも関わらずスペースが空いていた。


 多くの物と表現された物の中には白いスーツを着たお年寄りの人形や赤と黄色が特徴的なピエロのような人形も含まれているのだが、どこで入手したのかは不明だ。


 学校側に許可を得ているのかいないのかは定かではないが、そういう状態。


 無法地帯といっても過言ではない。


 学生の溜まり場らしい雰囲気。


 そんな一室ではこんな会話がされている。



「そういえば、ポイントがもう溜まってきたんだった」この部屋の二番手、柊柚希ひいらぎゆずきが呟いた。


「……私も」柚希の右側に座っている雪柳桃ゆきやなぎももが頷く。


「そういえば、わたし、今日子猫見たんやぁ」柚希の左側に座っている楠城美柑くすのきみかんが切り出した。


「……お前、この間もその話の切り出し方したぞ」


「せやっけぇ?」


「した」


 柚希は美柑のほうを向いて話しているが、桃は天井を見ていた。彼女の行動に意味はないし、誰も理解できない。


「ほんまにぃ? 二人でわたしを騙そうとしてへん?」


「なんでそこだけ疑い深いんだよ。俺がお前を騙すのになんの意味があるんだよ」


「……右に同じく」


「せやなぁ」


「それで今日はその子猫をどうしたんだよ」


「あまりの可愛さに追いかけたんやけど逃げられてもうて……。でもなぁ、わたし頑張って追いかけてん。公園とか、小学校とか、頑張って走ったんやぁ」


「……それが遅刻の理由」首が疲れたのか桃はテーブルに突っ伏した。


「しもた。ばらしてもうたわぁ」


 美柑も桃と理由は違うが、同じようにテーブルに突っ伏した。いや、倒れ込んだと言ったほうが正しいかもしれない。


「桃ちゃん。柚希。せんせーには内緒にしてなぁ」美柑は顔だけを上げて言った。


「……内緒にしなくても、大体そんな感じだろうと思ってるよ」桃も顔だけを上げた。二人からは、およそ人間が出し得ることは不可能なほど、脱力感が溢れ出ていた。


「すごいなぁ。せんせーは超能力者なんやなぁ」


「……そうだね」


「相変わらず、適当だな」


 この三人の周りには和やかな空気が漂っていた。見るからに平和で、聞くからに平和だった。高校生というかお年寄りの出す雰囲気に近いものを感じさせる。もしくは春の眠気を誘う温かさに似ているかもしれない。



「あの三人は仲が良いわね」水嫻梅香みずならうめかが言う。彼女は柚希の正面側に座っていた。


「ホントですよね。どうしてあんなに仲が良いんでしょう?」横にいる梅香を見ながら、夏枦林檎なつはぜりんごが訊いた。少し小柄な少女だ。


「付き合ってるんじゃない?」


 思いもしなかった返事に林檎は飲んでいたお茶が気管のほうに入ってしまい、噎せてしまう。


「うう……、どっちがです?」


「両方よ。三人で一カップルっていう面白い関係だと思うのよ」


「そ、そうなんですかぁ?」


「でも結婚するとしたらどっちなのかしら?」


「わかりませんよぉ……」


「林檎ちゃんはあの三人なら誰と結婚したい?」


 梅香は髪留めのゴムを伸ばしたり捻じったりしていた。傍から見れば、それは明らかに林檎に向かって撃ち出そうとしているように見える。


 林檎はそんなことにも気付かずに、梅香の意味不明な問いに答える。


「柚希先輩しか選択肢がありませんよ。美柑先輩も桃先輩も女の子ですし」


「ははーん。柚希が好きなんだ」


「ど、どうしてそうなるんですかっ! ――あうっ」


 林檎の額に当たり、梅香のヘアゴムが軽快な音を奏でる。


 梅香と林檎の会話は八割方反対側にいる三人の話である。他にする会話がないわけではなく、その話をしていたほうが面白いからである(主に梅香が)。それに振り回され、驚いてばかりの林檎を見るのが梅香は楽しくて仕方がなかった。



「だからよお、シャーペンが一番書きやすいに決まってんだろ!」白樺棗しらかばなつめが声を荒げる。


「違う! 一番はボールペンだ」棗と対面している這松杏子はいまつあんずが反論する。「シャーペンなんていちいち芯を出さないといけないじゃないか。それに比べてボールペンはその必要がない」


 この二人の口喧嘩の内容は小学生にも対応できるようなレベルだが、そんな口喧嘩に参加させようという人はいないだろうし、参加しようと思う人もいない。彼らの喧嘩の内容が低レベル過ぎてバカが移るのではないだろうか、と学校中に広まったことさえある。実際は街の商店街まで広まったのだが本人たちはそのことを知らない。


「バカか、お前は。ボールペンはミスったら書き直せないだろ。その点シャーペンには消しゴムという優秀なパートナーがいるから安心だ」


「お前はいつの人だよ。確かに失敗したら消せないけれど、今は消せるボールペンも売ってるんだぞ」


「やっぱりお前はバカだ。そんな都市伝説信じてんのかよ。あんなの消せた内に入らねえよ」


「バカじゃない。バカなのはお前のほうだろ。名字にバカって入ってるじゃないの」


「逆から読むんじゃねえよ。先輩になんてこと言うんだ、お前は」


「先輩のくせにバカだからだ。柊先輩を見習え!」


「柚希は柚希だ。俺はアイツとは別の道を行く」


「バカはすぐにそういうことを言う。料理ができないくせに工夫をしようとしている奴と同じことを言ってるんだよ、バカ先輩は」


「それは敬ってんのか? 敬ってないよな!」


 この二人の周りだけは他とは違う刺々しい空気が漂っている。だが、周りの人間はそれを止めようとはしない。この二人はこれがいつも通りだからだ。もし仮にこの二人がこんな口論をしていなかったら周りも少しは反応を示すだろう。


 この二人が手を取り合っていたりしたら、病院に送られることが決まっている。



 そして――。



「戦争をしよう」



 革製の豪勢な椅子に座っていた少女――妃榊花梨ひさかきかりんがなんの脈絡もなくそう言うと、先ほどまで好き放題喋っていた七人が黙って彼女のほうを向いた。いつも通りのその台詞を聞いて歓喜している者もいるだろうし、呆れかえっている者もいるだろうが、ここでは彼女がトップなので口出ししない。いや、できない。


 そう、その言葉が合図だった。


 その言葉ですべてが始まる。


 部活動という名の戦争が今幕を開ける。

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