春待ち虫
君との距離はあまりにも遠すぎていた。
すぐ隣にいるのに触れることは叶わない。
霧が晴れない。僕と君の間には、濃い霧が立ち込めていた。
君は僕を好きと言ってくれる。けどいつも遠いところを向いている。僕はたまらなく悲しくなる。だから手を交える。身体を交える。
それでも、あったかくなるのは互の身体だけ。
心を交えることはできない。それが一番したいのに。
どうしても、君との間には霧があった。
一体、君はその霧の向こう側から僕をどうやって見ているのだろうか。もしかして、初めから見ていないのかもしれない。僕だけが霧を晴らそうとしているのかもしれないと思うと、とても胸が苦しくなった。
それでも僕は君のことが好きだからいつだって君を愛していた。信じていたかった。
君との初めての冬が訪れた。
吐息は白く、耳は赤く、雪が降り積もる夜のことだった。
2人静かな公園のベンチに腰掛けた。
ひんやりと冷たかった。音もない真っ白の空間にとても、とっても冷たい君の両手を僕は握りしめていた。
君は途中で手袋をなくした。だから僕の手袋を貸してあげようと言ったけど、君は別にいいと言った。
せめてと、ぎゅっと手を握る。
君は言った。帰らなきゃ、って。
僕には意味がわからなかった。どういうこと?って訊いても君は帰らなきゃとしか言わなかった。
その手は更に冷たくなっていった。僕なんかじゃ、温められないんだ。温めることができなかった。
その時、一瞬だけ霧が晴れた。僕は見た。
君は僕に背を向け、違う誰かを見ているのを。
そして霧の代わりに、吹雪になった。吹雪は2人の姿すら隠した。ごうごうと吹雪く音の中、君が僕から遠ざかる足音だけが聞こえた。
次の日、君はいなくなった。
僕は色んなところを探した。君と遊びに行った場所、君と思い出に残っている場所。最後は君の家も行った。
-けど、君はどこにもいなかった。
3年分の思い出は君には何もなかったんだとその時、気づいた。
この街にも春は来る。昨日まであった雪は溶け、鳥が鳴き、若葉は芽を出す。
あの冬から15年が経った。今年で30になる。
僕は今もこの街にいる。
ずっとずっと一人でこの街にいる。
周りは言う。いい歳なんだから結婚しろ。確かにその通りだ。
職場の後輩からも告白された。何度かデートもした。
手を繋いだ。いつかの時よりも、とても温かかった。
彼女の気持ちが手から流れ込んでくるようだった。
嬉しかった。それでも。
僕は彼女を好きにはできなかった。
もしかすると彼女から見た僕は僕から見た君だったのかもしれない。
あぁ、きっとそうなんだろう。
君の気持ちが15年越しにわかったようだ。
ならばそれは相手を傷つけるんだなぁ。
僕は君といれたことに勝手に自己満足していただけなんだ。
あの頃の僕は、馬鹿で純粋すぎた。
泣けてくる。君をみれなかった僕と僕をみなかった君に。
それでも僕は信じている。
僕は今でも君が好きだ。何年経っても朽ちることのなかった勝手な想い。
もし、ほんの少しでも、君が僕のことをおぼえていてくれたなら。
そんなバカなこと思いながら夜桜並木の道を歩く。
これも君との思い出の場所。
初めてのデートの場所。
思い出にすがる情けなくて気持ち悪い男かもしれない。
それでもいい。
並木道を抜ける時、ふと後ろを振り返った。
吹雪が舞った。一瞬だけ舞った後、それは終わった。
そして、並木道のはるか向こう側まで見れた。
その入口にいる女性の周りからは霧は晴れ、雪が溶け
た。
200メートルの並木道。
その端と端にいるのに温かさが伝わってくる。
全く感じたことのない温かさなのに昔から感じたことのあるような温かさだった。
-長い冬は春を迎えた。




