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2/28投稿分 NO.2
私はどうしたんだろう。……すぐ目の前にきらきら光る金の髪がみえる。司令官の髪……。ぼんやりする。暖かい。肌に触れるもの全部が暖かくて心地いい。
ああ。暖かいものが自分の体を包んでいるのか。火の熱さではないこれは、人の熱?
暖められているのだ。彼に。
状況を理解して私は朦朧としながらも身を離そうとよじった。
「……だ、め……溶けてしまう……」
なんとかそれだけを呟いた。喋るのさえおっくうだ。だけど言わなければ。やめさせなければ。
まだここにいられる時間はあるのにそんなことをすれば。
心は急いているのにきちんと言えているのかさえ夢の中の感覚のようにはっきりしない。
「……いなくな…らな……いで……」
お願い。せめてあと一日。
するとすぐ耳元でささやくように声がする。
「雪はまた降る。冬のたびにお前の元に落ちていく。いなくならない」
だけどその雪はもう違う雪だ。二度と同じ雪に触れることはない。
もう、話ができなくなってしまう。あなたがどこにいるのかわからなくなってしまう。
「花を……見るって、約束した、のに……」
眠りたくないのに。頭のかすみは晴れてくれず声を出す力が減っていく。
うっすら開けている視界に空色の瞳が入り込んだ。その顔は初めて見る柔らかい表情だった。
「……笑ってる、んですか……」
「そう見えるのか。そうかもしれないな」
頬に固い手の平の感触を受ける。なんて暖かい。
「花ならお前が花だ。お前が時折見せる笑った顔は、雪を割って咲く花だった」
指が優しく探るように頬を撫でていく。
「ずっと触れたかった」
そう言った彼の顔は確かに笑顔に変わった。思った通りに綺麗な笑顔。愛おしげな瞳。
私が地面から咲く花ならあなたはあの日見た氷の花だ。陽の光を浴びて輝いた透明な結晶。
見ることができた喜びにとろけそうになったのか重いくらいの睡魔がのしかかった。その間際また耳元に声がかかった。
「冬にまた会おう」
※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※※
彼はその言葉通り毎年やってくる。
冬という形で。雪という姿で。
音なく降る雪の中、私は新雪を踏みしめながら作業小屋へ向かった。
雪の中を歩くのが好きになった。降り積もる雪に包まれるのが特に。
その中でたまに聞こえる音。
吹きすさぶ風の音のようだが、私には分かった。あれは雪の女王の嘆く声だと。
彼女の声が一度耳に入ったためだろうか、同じものだと感じるのだ。
女王が泣いているのが聞こえる。それは後悔の嗚咽と、悔恨の叫び。
彼が消えた後、私はまる一日意識がなかった。
父さんや母さんの葬儀の日でさえ必ずあった、作業小屋へ歩いていく姿と足跡がないことを不審に思った集落の人が、我が家を訪ねて来てくれたのだ。冷えをすぐに暖められたので肺炎にはならなかったが、疲労が体力を奪っており、一番近い家のおばさんが世話をしてくれた。
雪に閉ざされたら交流はないようでもちゃんと互いを気にかけるのだ。栽培小屋で収穫出来たものをたんまり持っていって喜ばれた。
その年、織物は目が飛び出すほどの高額で取引された。特に王室にでも献上できそうな織物は、好事家のお陰で向こう3年食べていけそうな額だった。
なんだか悔しさもちょっぴりあって、見事な絵柄を自分の手でも織ってみせようとしばらく機織りと格闘した。
お陰様でまあまあ懐はいい。栽培小屋の設備も新しいのが購入できた。
カイ・フリューゲルの方は私以上に意識がなかった。数日間昏睡し、半月以上寝込んでいたという。
街の方での療養だそうで、そのままもう2年、一度も帰ってくることはない。
司令官を見た恐怖があるんだろう。彼がこの集落に寄りつくことは一生ないと思う。
噂では相変わらずのようで、夏頃に入った話では堪忍袋の緒が切れた父親に勘当されたとか。
それ以降は、街でふらついているだの、一発当てて大金持ちになった、いや逆に野垂れ死んだだの嘘もホントもない噂しか耳に入ってこなかった。
彼……雪の司令官はもう地上にはいないのだ。
作業小屋からの帰り道、濁った色の空を見上げてみる。
「咲きましたよ。白い花、たくさん」
次で最終回です。