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 歯がカチカチと音を立て自分が震えている事に気づく。それは恐怖と、圧倒的な冷気の仕業。

 

「お前が誘惑したのだな。あれを」

 

 司令官の事を言っているのは明白だった。

 彼女の声は耳さえも凍らせてしまうかに思える。だが。

 私は少しだけ恐怖を減らした。あの流麗な形を作る切れ長の眼差しは、確実に、嫉妬に燃えているのだ。

 雪の女王が? 

 

「人間風情がわらわのものに手を出した事、後悔せよ」

 

 冷気が高まる。あたりからピキピキと小さな音がする。空気が凍る音。

 大気中の水分が氷屑となりキラキラ舞いだした。視界一面、針葉樹も家も霜に包まれ白一色と変わり、空だけがいつもより濃い夜の色を残す。

 耳鳴りがする。不意にむせ、入り込む空気で肺が凍えそうなのを感じた。口を塞ぐがどれだけ意味があるのか。

 

 命の危険があるくらいなのに私の心は恐怖より怒りが増している。

 いくら人智を越えた存在だとしても神様のような方だとしても私にはあの顔が気高く見えない。嫉妬に狂った女の顔でしかない。

 一言、二言、言ってやりたかった。

 そうやって嫉妬に狂うくらいなら何故彼に背を向けるのよ。

 だけどもう全身の感覚はなく、動かし方が分からなくなるほど、体の活動は動きを弱めていた。

 

 バキリ、とものすごい音がして、私の周囲が丸く割れ、雪も氷も一瞬で飛び去った。感覚はないものの、息の白さが消えたことから、冷気が私の周りにないことを知った。

 朦朧とする視界に誰かの後ろ姿。

 

 司令官が私と女王の間に立っていた。

 

 

「何故地上へいらしたのです、女王。帰還の日は報告されている筈。それとも俺はそこまで信用が足りませぬか」

 

 初めて会った頃以上に冷血さを感じる声。この口調こそが本来の厳冬の司令官マロース・ヴォイェヴォダのものなのだろう。

 女王の秀麗な唇が動く。

 

「おまえが人間に傾倒しておる事にどれだけわらわが裏切りを感じたと思うているか。所詮奇形は奇形、お前を認め司令官に見立てたわらわが愚かであった。今より司令官の任を解き幽閉とする。氷城にて残りの生を使うがよい」

 

「それであれば女王。俺を追放して下さい」

 

 司令官の返答に女王の目が震えるように動く。司令官の望みはただ大気を漂うだけでいいということだ。

 

「俺は奇形の変わり者。あなたの情を求めてここまでやって来た。だがもう辞めにする。あなたに何かを望むのは無駄だと知ったから」

 

「お前の言うてることは分からぬ。大人しくわらわと戻るのだ」

 

 本当に分からないのか。簡単なことなのに。

 

「なぜ、わざわざ、来たので、すか」

 

 私が震えながら呟いたことに、司令官が驚いて振り向いた。周囲に冷気がなくなったことで少しだけ感覚が戻っている。

 

「追放、しないで、閉じこめ、るなんて」

 

 疎んじているのであれば傍に置く必要なんかないのに。

 

「ベルカ?」

 

 司令官の声はさっきまでと違って柔らかい。よかった、元に戻ってしまったかと思ってたから。

 

「……何を言っておる。人間」

 

「あなたのし、ていること、は、司令官が、自分、だけのもので、いて、ほしい、そばにいて欲しい、て事、それなら、そう、言えばいいだけ、自分の気持ち、認めて、下さい、あなたは、彼の事を」


「黙れ!」


 私は自分に言ってるんだろうか。両親を亡くして、身近な人を失うのが怖くなって、一人でやっていけると自分を騙して。そばにいてと言えなかった。また離れてしまったら。

 

 司令官がさっき以上に驚いた顔をしている。水色の瞳が大きく見開かれ、揺らいでいた。それから女王を見る。

 

「……そうなのですか? 女王」

 

 女王の唇が僅かにわなないている。その瞳は……苦痛に満ちていた。

 

「人間の戯言を受けるな! お前は惨めな奇形! なぜわらわが他を差し置きお前を愛でねばならぬ!」

 

 司令官は身動き一つしなかった。だがやがて呟く。

 

「では、あなたはお帰り下さい。もう会うことはないでしょう。」

 

 そう言った後、周囲の雪が一斉に空へ向かって舞い上がった。まるで雪崩を逆向きにしたような光景だった。

 女王も驚愕の顔をして雪と共に駆け上がっていく。

 

 既に限界まできていた冷えで私は瞼が重くなり、耐えきれず瞳を閉じた。

 

 

 

 ※※※  ※※※※  ※※※※

 

 

「女王様、見て下さい!」

 

 手の平の大きさの水晶、いや氷たちがゆっくりふわふわと飛び交う。雪の結晶に似た形のそれはキラキラと少年の周囲で舞い踊っていた。少年が無邪気な笑顔を向けてくる。

 

「俺、花を見たんです! すぐ凍らせてしまってちゃんと見れなかったけど、女王様にもどんなだったか見せたくて、結晶に似てた気がして作ってみたんです!」

 

「その顔つきをやめぬか。なんとはしたぬ者よ。このようなつまらぬもの、見飽きておるわ。花とな。花など結晶に比べて貧相な造形ではないか。くだらぬ」

 

 ……少年の作った氷の花は何よりも眩しく美しく映った。少年の笑顔は心の奥を疼かせ、締め付けた。

 だがこの自分があのような者に惹かれるはずなどない。愛するなどあってたまるものか。

 捨て置かなかったのも他の神々に罰せられたくなかっただけの事。

 あの者が周囲から背かれようとも、凍えようともわらわには知ったことではない。

 だがあれはいくら突き放しても懲りずに追いかけてくる。

 何を勘違いしているのかわらわの与えたものを愛情の一種と思うているのか。めでたいものだ。

 それであれば色々使わせてもらおうか。あれもこれも押しつけてやればよい。面倒事も、苦痛を伴う仕事も。

 なに、あれは何があってもわらわの元へ舞い戻ってくるのだからな。

 ほら、また戻ってきてわらわを追ってくる。また。ほらまた。

 

 それが当然ではなかったのか? 何故今わらわはあれの手で遠ざけられておる?

 いつの間にあれはわらわの力を上回った? このまま上昇すればあの場所にたどり着いてしまう。

 四季の神の元へ。

 無害な人間を理由なく攻撃したことで幽閉は免れない。そうなるとどうなる?

 あれを連れ戻せなくなるではないか。 

 ……あれに二度と会えなくなるではないか。

 


今日中にもう1話あげます。

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