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 翌朝彼は鉄仮面のように固く冷ややかな顔を更に凍てつかせていた。

 聞けば夢によってカイ・フリューゲルの記憶をかいま見ることが出来たのだそうだ。

「こんなバカ男がいるのか」と呟く彼の顔色は悪く、さすがに同情した。

 だけどおかげで少しは人間の常識を知ったようで、昨日ほどけったいな会話は減ってくれた。相変わらず質問攻めだけど。


 薪割りに大いに役立つのは助かった。何せ座って片手で出来るものだからあっという間に終わってしまう。

 そして機織りをしたがっているのかじっと機織り機を見ているのでお任せすることにした。

 その間家の周囲の雪かきをする。ぜひともこちらの作業をして欲しかったけど、怪我を早く治してもらわないことには何しにうちにいるんだか分からないのだから。

 ザックザックと雪をよせていると、ひょいっと雪が逃げた。

雪が逃げた? なんだそれは。

 雪自体がおっこいせと重い腰を上げて玄関周辺から遠ざかる。地面すら見える。

……見たままを連ねたが私の思考は何を遊んでいるんだろう? やったあ雪かきしなくてもいい、なんて素直に喜ぶ頭ではない。

 

「これくらいなら俺に言え」


 いつの間にか戸口に寄りかかって精霊さまが私に告げた。ポカンとしたままの私をほおって機織りの部屋へ戻っていく。

 彼が、この雪をどかしてくれたの?

……なんて便利な方なんでしょう! 拝ませて下さい!

感動していると、後ろから肩をぽんと叩かれた。めずらしい、来客かと振り向いて……


「ひぁっ!?」


全身雪ごろみのおっさんのような雪だるまがそこに立っている。


「我が司令官が世話をかけております」


 耳元に風の音が重なって声の響きをもたらした。これは……このおっさん雪が言ったのか? 

 ……あははっ。驚かない。もう驚かないぞうっ。

 引きつっていたが、ん?


「彼は司令官なんですか」


「そうです。厳冬の司令官マロース・ヴォイェヴォダ。私は側近。あなたにはお願いがあってまいりました」


 ……アリはアリでも軍隊アリでしたか。しかもなにげに偉いって。怒らせるようなことは控えよう。


「司令官に進言をして頂きたいのです。カイ・フリューゲルのことは諦めてお戻りくださるようにと。そして一刻も早く本来のお役目に戻り、その偉大なお力を発揮され世界を渡り歩いて頂きたい」


「ああ、あなた方は納得してないんですね。司令官さんが人の体に入って捜していること」


「はい。人間の体に入っているなど女王がよく思いません」


 出た。女王。雪の国の人間としては怖ろしい存在だ。その存在に逆らいたくはないけど……。


「あなた方が言って聞かないのなら私が言ってもなおさら聞いてくれないと思いますけど」


「あなたの言うことなら聞くようです。現にあなたが動きまわるなと言った通りにしていますから」


「それは……。足が使えなくなってもいいのかと脅されたら誰でも……」


 おっさん雪は私の言葉を無視して話を続ける。


「こちらでも御輿を用意できるというのに。私たちとご一緒の方が御身にいいというのに。それでなくとも女王からうとまれている身、このままでは女王に追放を受けてしまいます」


 女王に追放を受けるというのは、軍隊から追い出され大気を漂う事。ただの雪となり、軍隊に好きなようにこき使われ続ける。


「……うとまれているんですか、彼は」


「いくらあの方が慕っていても女王は彼を受け入れたためしがございません」


そしておっさん雪は聞いてもいないのにしゃべり続けた。司令官によってしゃべる力が与えられてよほど楽しいのか。


「それも当然の事です。あの方は風の精霊との合いの子。純正ではない為、最下層の精霊でした。それが努力されましてここまで強大な力を身に着けられました。

 最近こちらの世界は冬が寸分なく暦どおりに動いているでしょう? あの方の統率力のお陰なのです。あの方を見習う方も出てきております。

それをこんな事で棒に振るようなことでは、と皆嘆いております。あそこまで変わり者だったとは、やはり合いの子はわからない」


 ……あまりいい気分がしなくなってきた。この部下、上司を思って私に頼んできたのかと思ったけど……。

必要なのは司令官の能力だけだ。それを失うことを危惧しているだけだ。

どこか見下している口ぶり。 司令官が言わなかったことをペラペラ聞かされて……彼らは人間ではないことを思い知らされる。

 雪の世界はなんて冷ややかなんだろう。

 それに「こんな事」ってカイ・フリューゲルを助ける事を指している。

 当たり前だけど彼らにとって人間は基本どうでもいい存在。

 そう思うと責任を感じて捜している司令官に暖かみを覚えた自分に驚いた。


『一人は寂しくないか』


様々質問してくるのに「寂しい」の感情は知っていた。

彼はどんな気持ちであの質問をしたのだろう。


『同じ顔をする知り合いがいる』


あれは彼自身のことではないだろうか。





「司令官のお仕事の方は大丈夫なんですか?」


 出来た織物が山となった横で精霊さまあらため司令官は機織りの手を止めて私の顔を見上げる。

 ちなみに今彼が織っている絵柄は崇高さと壮麗さが溢れ、王宮にでも献上するのかというシロモノだ。


「お前が心配することではない。俺でなくとも俺の教えを学んだ者達がいる。すでに次期司令官候補は山といる。俺の部下に何か言われたか?」


「まあ、いろいろ聞かされてしまいました」


「あ奴らは俺と共にいれば自分の格が上がることを狙っているだけだ」


「部下さんがこちら側にいた方が御身の為だ、とか言ってましたけど……いいんですか? ここにいて」


 ここの方が暖かいのだからあまり好ましくない環境なのは確かだ。


「ここが気に入った。だからここにいる」


「機織りをそんなにまで……」


「これも気に入ったが、お前にも興味が湧いた。お前の表情は気に入った。ずっと見ていたくなる」


「…………」


 今、何を言われたのだろう。この人何のつもりで殺し文句を言ってるのだろう。


「……やはりお前は面白いな。そんな短時間で顔の血色が高まるとは」


「ああああの、人をからかわないでもらえますか。田舎のウブウブ小娘もて遊んで楽しいですか」


「からかってなどいない。人の営みは面白い。以前からそばで見てみたいと思っていた。いつも俺は上空から、雲のうえから人間を覗くだけだった。だからお前をこうしてそばで見ているのは夢のようだ」


「雪の精でも夢を見るんですか」


「考える意識があるのだから夢も見る。お前達人間より意識は薄いが。昨日お前は食事をしながら笑っていたな」


 え、そうだったっけ。あ、リンゴのタルトがうまくいったから嬉しくて笑ったかも。


「あれを見たとき、夢が叶ったと感じた」


 司令官さんがそう言った時、彼の表情がほんの僅か、笑ったように見えた。少し見惚れた。それをごまかすために話を新たに振る。


「人なら屋敷で沢山会ったじゃないんですか。彼らなら坊ちゃんを笑って出迎えているでしょうに」


「顔面の筋肉を上に上げる運動が全て笑いというならそうだろうが俺はあれを笑いとは思わん。俺には誰も笑ってみえなかった」


「あなたは……笑わないんですか」


「笑えたら笑っている。笑い方など知らん」


 ああ、さっきのが限界なのか。残念だ。この人のニタニタ笑いじゃない笑顔はさぞかし綺麗だろう、そう感じたのに。


「それより糸がなくなった。新しいのを出せ」


 はいはい出しますよ司令官さん。子供がオモチャに夢中になってるみたいでなんだか可愛いとも思える私は奥から新たな糸を出し、手渡した。

 すぐ逃げるみたいにパッと離れたけど少し触れた手は、ひんやりしている、が。昨日の氷のような冷たさではない。外で手袋なしで雪遊びした程度だ。

 つまり暖かくなってる。ああ、徐々に溶けていくって言ってたものね。



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