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すみません、一部訂正させて頂きました。

 彼は私の差し出した食事を受け取らない。摂食すると体内が活発に働き熱量が増えるからだと言う。

 あっそう、とばかり一人で食べていると向かいに座ってテーブル上の食べ物を見つめている。もちろん暖炉側を避けて。

 それにしても……。まるで別人……と言いたいけど、幼い頃に見た記憶の泣きホクロの位置は変わらないし、本人には間違いない。でも頭打っておかしくなったからってここまで変わるなんて……。


「何だ?」


「……いえ」


 見ていた事に気づいていたのか。もそもそと食事を続ける。だが逆に今度は私が視線を感じた。顔を上げれば金髪の間から青い目がこちらを見ている。ものすごく見ている。「そんなに美人かしら」等の自惚れを起こすスキを与えない凝視だ。


「……あの、何か?」


「いや」


 動いたのは口だけで視線が私から離れることはない。この威圧感。睨み殺されるとはこの事か。




 午後になると彼は本を読みふけっていた。機織りはもう飽きたのだろうか、と思っていると、


「お前が喜ばないからだ」


 と子供みたいな発言をした。やば、素人に天賦の差を見せつけられて面白くない、というのが顔に出ていたのね。


「あ、いえ、嬉しかったですよ? いくらでもやってほしいくらい……」


「それではお前の仕事を奪うことになるだろう。それはお前にいいことではない」


 ちぇ、あの調子で今期中の全部やってもらって楽をしようなんて甘い考えは無理か。


「そんなに残念か」


 わ、読みが見抜かれてた。いえいえ、チラッと考えただけなんですって。そんな、楽しようだなんて。


「……お前は見ていて飽きないな」


「何ですと?」


「ふとしたときに表情が変わって感情が見える。俺が知っている人間は皆表情が硬かった」


「そんな表情をさせることしたんじゃないんですか」


「そういうことだな。当然だ」


 怒るどころか認めている。


「俺がすることは凍えさせ、震わせることばかりだからな」


「どうしてそんなことをするんです?」


「俺のするべき事だったからだ。言っただろう。俺はお前達が言うところの雪の精だと」


 いつも通り淡々と話す口調、だけど私は気づいた。彼の表情がうつろだと。無表情に見えてそうではなかった。

 どうしよう、と心が呟く。正直言うと、段々彼の話が真実なのでは、と思えている。

 そして次の瞬間私はその答えを知ってしまうのだ。


 複数の雪だるまが窓からこちらを覗いていた。黒いお目目に枯れ木のお口。一つ、二つ、三つ……。


「ひいいっ!」


 私の叫び声と目線で道楽息子も窓の外の異形共に気づいた。


「……迎えがきたか」


「む、迎え!? あの世へ!?」


「そこにいろ。外へ出るな」


 そう言って彼は雪降る外へと出て行く。白い襟元が開いたシャツ一枚で吹雪の中にいる姿は見ている方が震えてくる。そんな彼を雪だるま達が囲んだ。

 食われるのか。そんな心配をしたが別段だるま達の餌食になる様子はなく、彼はやはり淡々と雪だるまを相手にしている。

 そうこうしているうちに道楽息子はまた家の中に戻り、雪だるまたちはその後ろ姿を見つめている。いや、どこ見ているのか自信がないがそんな雰囲気だ。

 やがて一体、二体とぴょんぴょん立ち去っていく。中には名残惜しそうにちらちら振り返るだるまもいる。え、なにあれかわいいかも。いやそんなことより。


 ……本当だったのか。



「ここに世話になる。いいな」


 うあ。そういうことになる。怪我人を追い出すわけにはいかないし。まあ、何かあれば怪我したところを叩きのめしてやればいいだけのこと。そう心を奮い立たせ、はあ、と返事をした。


「あの雪だるまはなんなんです? お友達ですか?」


「部下だ。俺が戻らないので捜索に来た。だがカイ・フリューゲルの魂が今だ見つからないのだからまだ帰る訳にはいかない。魂の捜索の方は部下に任せ、俺はここで待つことにする。せいぜいが5日から一週間だろう」


 それ以上は人の体温の方が勝って雪の精は溶けて気化し、体から追い出されると言う。今だって徐々に少しずつ溶け続けているのである。5日から一週間というのはその完璧に溶けてしまうまでの期間。

 溶けたからといって消滅してしまうわけではない。元のように大気の一部にかえるだけだ。

 はあ、なかなか便利なものだ。


 それにしても部下か。精霊にも階級とか上下関係あるんだな。そういわれれば妖精王なんてのもいるんだし。

 そんなことを考えていても仕方ないので夕飯をテーブルに並べ一応食事に誘うがやはり断られた。


「これならどうですか」


 と出してみたのは蜂蜜と干しぶどうをかけたかき氷。出してから私ははっと気づいた。

 雪の精がかき氷だと共食いになるのだろうか。

 しかしそんな心配はいらず彼はぱくりと口に入れる。そして少しの間動きを止め、また食べた。

 うまいも何もないが、その態度は悪くないと言っているのがよく分かった。なんたってスプーンが止まらない。なんだかおもしろいな、この人。

 私も自分の夕食に取りかかった。


「ここはなぜ集落から離れている? 村八分か?」


 失礼極まりない人だな。ちゃんと近所づきあいしてますよ。


「父が山番でしたから。この場所が最適なのです」


「その父はどうした?」


「病で亡くなりました。母もです。ここは土地が厳しいですから早死にはめずらしくありません」


「山番は博学でなければならんのか?」


 坊ちゃんの視線は私を通り過ぎて後ろの本棚に向けられている。まあ、山暮らしの平民が文字が読めるだけでなく大量の本を持っているなんて違和感バリバリだよね。


「ああ、あれは母の遺したものです。母は天文学者の娘でしたから、それで私も文字を習いました」


 私の祖父に当たる人は夜空の観察の為に山に分け入り、迷ってよく父に助けられた。

 空を眺めるのが好きな人らしく、伯母は「うつむいたことなんてないんじゃないかしら」と言葉だけ聞けば、前向き人間のような評を自分の父親に与えていた。

 その祖父が亡くなると今度はその娘が山に分け入ってきた。そしてカエルの子はカエルで、父に毎度助けられていた。そんなこんなでまあ、私が生まれたわけである。

 そして私は祖父の血を真逆に受け継いだ。

 空でなく地面を見る方向に向かってしまい、農作物の品種改良に熱中している。

 現在は寒冷地に強くなる苗を模索している。

 その為僅かながら温泉が湧いているこの場所に私は一人篭り、色々育ててみているのだ。

 両親が病で他界して誰も居なくなっても、伯母が引き止めても、この家に帰る。


 根ほり葉ほり聞かれてそんな話を語ってしまった。


「精霊も親子関係があるんですか?」


 今度は逆に尋ねてみた。精霊さまは少し考え込んでから答える。


「さっき読んだ本でいけば、生態はアリや蜂に似ている。女王が大量に子を産む。」


「女王……。ああ、雪の女王ですか。怖そ……さぞかし美しい方なんでしょうね」


「もちろんだ。何よりも誰よりも美しく気高くもある。あの方の為ならこの身も惜しくない」


 いやそれあなたの身じゃないの忘れないで。それにしても女王を語る口調には少し張りがある。ははーん。愛して止まないというわけだ。


「じゃあさしずめあなたは雄アリの位置なんでしょう?」


 アリに似ているなら絶対そうだ。雄にしか思えない態度、つまり結婚候補。愛してる感満載だし。


「いや。働きアリの位置だろう」


「ええ!? 雌なんですか!? 結婚は!?」 


「……アリに似ていると言ったのであってアリそのものにするな。俺は雄だがどのみち結婚など無理だ。俺などには手の届かぬお方だからな」


 そうなのか。雪の精も色々あるんだな。少し気の毒に思っているとまた彼が質問をしてきた。


「お前は一人が寂しいか?」


「……いえ? もう馴れましたから」


 笑って答えたが即座に「嘘をつくな」と言われた。


「俺が知っている者と同じ顔だ。寂しいと書いてある」


「私は元々寂しい顔なんでしょう。あなたの華やかさを分けてもらいたいです。あ、あなたじゃなくカイ坊ちゃんに言うべきで……」


「しばらくは寂しくない。有り難く思え」


 なんて偉そうなんだ、人の言うこと聞かないで。


 ……寂しい、わけない。



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