39 What’s past is prologue
ステンドグラスがあしらわれた扉を開き、ブレインは中庭へと入る。並大抵の屋敷ならばすっぽりと入りそうな広々とした中庭は、寒気に強い植物が残したいくらかの緑、点在する八角屋根の東屋を構成する石材の灰色、そして、それらを覆い尽くす雪の白で彩られている。背の高い植物や東屋が四方八方に散りばめられて入り組み、向かい側まで見通すことはできない。
ブレインが拳銃を四方八方に向け、ネックが近くにいないことを確認すると、ブレインは中庭の奥へと歩き出した――瞬間、進行方向から銃声が上がり、ブレインのそばを弾丸がかすめる。銃声を聞いたブレインの行動は早く、すぐ近くにあった東屋の中に飛び込んだ。
東屋に取り付けられた伝声管からネックの声が送られてきた。
『よぉ、ブレイン』
「……ネック」
『懐かしい場所だろう? ここでよくあんたと銃を撃ったよな。だが、俺が今日使うのはあんたに教わった銃じゃあない。――新時代の銃だ』
ブレインは先ほどの銃声を思い出す。ブレインが使うフリントロックとは明らかに違う銃声だった。速く、鋭い。
『パーカッションロックという。火花で引火させるんじゃねぇ。金属の筒に詰められた、衝撃で爆発する火薬を叩いて点火する機構だ。不発もなく、発射も速い。いずれ世界を席巻する銃だよ』
そう語るネックの言葉には自信が滲み出ていた。ブレインは黙してネックの語りを聴く。
『銃は新たな時代を迎えようとしている……あんたの好きな演劇だってそうだ。考え方が移り変わろうとしているだろう? それは、裏社会だって同じなんだよ。もう、慎ましくやってるだけじゃ組織が崩壊しちまうんだ』
「……ええ、分かっていますよ。だからこそ俺は今日、ここに来たんです」
『……』
「組織が崩壊するって? それでいいではありませんか。存続のために真っ当に生きる人々の生活が脅かされるのなら……そんな組織は滅びてしまえばいい」
ブレインの宣言の後、ネックは長く沈黙し、失望のため息と共に言葉を続けた。
『……そうか。やっぱりあんたはそう考えるんだな。なら、やるぞ。あんたはそこの銃を使えよ。相応しい銃を用意してやったからよ』
ブレインが東屋の中を見回すと、隅に一挺の長銃が立て掛けられていた。古びた、しかしよく整備されたフリントロック。そばには紙薬莢が入った木箱。ブレインは長銃を手に取り、そっと銃身を撫でる。
「確かに、俺に最も相応しい銃です」
『だろう? ――始めるぞ』
ネックの宣言を受け、ブレインは紙薬莢を噛んで開いて銃口に詰め、槊杖で押し込み、火皿に火薬を盛り、撃鉄を起こした。
発砲準備の整った銃を構え、ブレインはネックがいるだろう方角の壁に身体を預ける。そして、ネックの位置を探ろうと壁から僅かに顔を覗かせた――刹那、飛来した弾丸が、ブレインのすぐそばの壁を砕き、破片がブレインの頬を切り裂いた。
『フリントロックとは違う。引き金を引いた瞬間に弾が発射されんだ。気をつけろよ? 硝煙を見てからじゃ避けられやしねぇ』
「なるほど……あなたが世界を席巻するといった意味がよく分かりますよ」
頬から流れ出た血を拭ったブレインは、今度は銃をネックの方角へ構えたまま東屋を飛び出し、勢いをつけて雪の上を滑走した。ネックが放った弾丸がブレインの側頭部をかすめる――その銃のマズルフラッシュを確認し、ブレインは炎の影に向かって引き金を引いた。
一拍遅れて発射された弾丸は炎の影の中央を撃ち抜いた。しかし、返ってきたのは甲高い金属音のみ。ネックには当たらなかったのだ。
滑走の勢いのまま、ブレインはまた別の東屋へ飛び込む。ネックの声が響いてきた。
『避けるのが遅れてたら死んでたよ。さすがだな、ブレイン』
ネックの賛辞を聞きながら、ブレインは東屋の壁に背を預け、銃を再装填をする。その間にも、ブレインはネックに語りかけた。
「ネック。セラムセドと組んだのも、組織の存続のためですか。存続のためなら、敵であるはずの治安総局に膝をつくと」
『逆だ。帝国そのものを暗い影の中に引きずり込んでやろうってんだよ。俺たちはずっと光に目を焼かれてきた。だが、もうこの国の光は、眩しさに目を閉じる必要すらねぇ』
「そうかな? あなたが思っているよりも、この国の光は輝きを失ってはいない」
ネックの言葉を、ブレインは一切の思考もなく否定する。
「彼は、英雄ジョンは、必ずセラムセドを討つ。俺は、そう信じている」
力のこもった言葉でそう断言し、ブレインは再び長銃を構えた。




