28 Ripeness is all
宮殿を出たジョンがとりあえず取った行動は、ブレインの邸宅へ走ることだった。その走りぶりは戦場でもここまで全力で走ったことはないというありさまで、通行人の目を大いに惹いたが、構いもしなかった。
邸宅にたどり着いたジョンは、玄関の扉を蹴り破る勢いで開き、声を張り上げる。
「ブレインさん! いますか!」
昨日もここで叫んだなと心の冷静な部分が告げる中、行った呼びかけはすぐに――というよりは、目の前から返ってきた。エントランスから上階につながる階段に、ブレインが腰かけていたのだ。
「やぁ、ヴェン。そろそろ来てくれると思っていたよ」
ブレインは階段の上で足を組み、ジョンに向かって軽く手を上げる。指名手配されていることを知らないのかと思わずにはいられない余裕ぶりに、ジョンの眉間はしわを作った。
「……ブレインさん、あなたは指名手配をされました」
「ああ、そうだな」
「一応聞いておきます……本当に、あんなことを?」
「マスターを殺害したのも、店に火をつけたのも、俺ではない」
返ってきた答えに、ジョンは安堵する。しかし、その安堵はすぐに奪い去られた。
「――だが、死なせたのは俺だ」
「え……?」
目を見開くジョンの前で、ブレインは淡々と語る。
「あれはネックと俺の間の読み合いの結果だ。俺が放火殺人犯の汚名を着る代わりに、今後は事件を起こさないというな。その選択を実行するために、俺は一人の人間が目の前で死ぬのを、ただ見ていた」
「な……他に方法は無かったんですか? あなたらなら考えられたはずだ!」
「これが犠牲を最も少なく済ませられたから。そして、彼も元は犯罪者であり、いつか裁かれるべき人間ではあったからだ」
「ッ……! どうして……! そんなに淡々と語れるんですか……!」
抑えきれないものが溢れ、首を振るジョン。ブレインは、ただ一つの事実を口にした。
「俺は、悪人だ」
ジョンは目を伏せ、呟く。
「……僕が今まで見ていたのは、あなたに最後に残った良心だった。ということですか」
「そうだ。きっと失望したことだろう――なら、今一度問おうか。まだ、俺と戦ってくれるかどうかを」
「……」
差し出される手をジョンは黙って見つめた。ブレインは続ける。
「誰にどんな言葉を聞かされようと、何を見せられようと、最後に選択するのは、やはり自分なんだ。自分の心に従うのも、抑圧するのも、己の選択だ。聴かせてほしい。君の、選択を」
ジョンは目を閉じ、胸に手を当てた。己の心を取り巻く思いをかき分け、最奥に残った純粋な気持ちを探し出す。
「あなたは悪い人だ。でも……あなたたち兄妹を、放ってはおけない」
「――ありがとう」
礼の言葉とともに、ブレインの顔に浮かんだ微笑。やはり、とジョンは思う。ただの悪人には、こんな儚く消え去りそうな表情は浮かばない。きっと――
ジョンは両の頬を叩き、すべてを切り替えた。
「聞かせてください。これから、何をするつもりなのか」
「ああ、説明しよう」
ブレインもまた、いつもどおりの硬い表情に切り替え、口を開く。
「何をするつもりかと聞かれたが、実はやるべきことはすべて終わっている。後は待つだけだ」
「待つだけって……待ってれば本部から敵が出てきてくれると?」
「そのとおりだ。一見手も足も出せないこの状況だが、ネックが一つ見落としていることがある。そして、それは数日で表面化する――これから俺が姿を消すことによって」
ブレインの指がジョンを指す。
「君に頼みたいのは二つ。一つは、リセラのそばにいてもらうことだ。君は俺が消えている間、この家に住んでくれ」
「この家にリセラちゃんと……? いや、リセラちゃんはきっと嫌がりますよ。こんな付き合いの浅い大人を……」
止めるように両手を突き出すジョン。ブレインはその手を掴み、下ろさせた。
「どうやらリセラは君になついているようだ。君ならリセラも受け入れるだろう。俺が言うんだ。そうなるさ」
「……まぁ、そこまで言うなら、引き受けますよ。それで、二つ目は?」
「俺の指名手配を、リセラに気づかせないこと」
ジョンは額に手を当てる。
「放火殺人はシェルヴ中の話題ですよ? ずいぶんと無茶を言ってくれる……やっぱりあなたは悪い人だ」
「フッ……そうだぞ? 知らなかったのか?」
ブレインは立ち上がると、ジョンの肩を軽く叩き、そばを通り過ぎた。
「リセラは今、ノヴェレル劇場にいる。迎えに行ってやってくれ。――ああ、三つめの頼みがあった。リセラに伝言だ。『必ず戻る』とな」
そう言い残し、扉を開けて去るブレイン。ジョンは見送り、独りごちる。
「なんにせよ、リセラちゃんを保護することには何の迷いもいらない。しかし――この家で暮らすのか。服、新調した方がいいかな……」
邸宅の様相と、自分のあまりきれいとは言えない服装を比べ、ジョンはため息を吐いた。




