22 This thing of darkness
一方、ドラヴェルオブ通りの裏路地を進んだ先の袋小路。そこにアームはいた。――周囲に、男たちが散らばっている。みな一様に首を落とされ、散乱し、どれがどの身体の首なのかを見分けることはできない。恐らくは、切り落とした本人にも。
「なかなかに数がいたわね。過激派ってそんなに余裕があったのかしら――ねぇ? ハンド」
アームの視線の先で、燕尾服を着こんだハンドが腕を組んで立っている。おびただしい死を前にしても、その表情は涼しいものであった。
「A Manには今、終戦によって職にあぶれた者たちが集まってきている。我々も少々もて余すほどにな。君が切ったのはそういう者達だ」
「ふーん、それで? この子たちをけしかけた理由は何? まさか、私を獲れると思ったわけじゃないでしょうね?」
もしそうならなめられたものだ、とアームはマチェーテを弄ぶ。
「これは土産だよ。我々は君の趣味を満たす用意があると示すためのな」
「私の趣味を? あなたたちが? 可笑しいわね。それじゃあまるで――」
「――君の想像の通りだ。君を勧誘に来た。ブレインの下を離れ、ネック様の下に来い」
アームの返答は、即座に行われた。
「お断りよ」
「なぜだ? 我々と組めば、いくらでも首を落とさせてやるぞ。そのために刃を振るっているのだろう?」
「それは違うわ。まったくもって、何一つ合っていない。やっぱりあなた、私のことを何も知らないのね。――いいわ、教えてあげる」
アームはいつもの艶やかな笑みを少しだけ薄めた。
「私はね? 昔は舞台に立ってたの。でも、下ろされちゃった。きっかけは一つの劇」
そこで一度、唇に指を当てる。何かを思い出すように。
「その劇は、首切り役人の人生を描く悲劇でね。私はその役人を演じていた。見せ場は斬首の場面――なのに、盛大に失敗したのよ。悲劇であるはずの舞台は失笑で終わった。人が死ぬはずの瞬間に、客席は笑ったの」
アームの目が僅かに細められる。ハンドが口を挟んだ。
「想像もつかんな。君が首を落とし損ねるなど」
「私も元はただの女の子だったのよ? その日まではね」
そう言ってアームは薄い微笑みをハンドに向け、続ける。
「座長は激怒して、私をその夜のうちに追い出したわ。行き先なんてどこにもなかった。路頭に迷って、路地で悪漢に捕まって……あいつ、劇の観客だったみたいでね。言ったのよ。『首切りなんだろう? やってみろ』って。だから、やってみたわ」
アームは自分の喉元を、指先でなぞった。
「でも舞台の時と同じ。綺麗にはいかなかった。首は一度じゃ落ちない。血も、悲鳴も、手応えも、何もかもが醜かった。……そして思った。次こそは、うまくやらなくちゃって」
その声音に熱はない。ただ、消えない執着だけが静かに沈んでいる。
「以来、私は首を落とすことに取り憑かれたわ。舞台の上で失敗した役の続きを、現実で演じ直してきたのよ」
「もう成功しているではないか、呆れるほどに。まだ続けるのかね?」
「ええ。だって、いくら首を落としたって私の劇は終わらない。あの役は、首を落とすだけじゃ終わらないもの」
アームはそこで、ふっと笑った。ぞっとするほど艶やかな笑みだった。
「――あの劇はね? 最後には、ただの殺人鬼になった役人自身も首を落とされるの。そうやって幕が下りる。だから私も、いつか切られなくちゃならないのよ。そうでなければ、私はいつまで経っても終われない……私はその為に戦っているの。生きるために戦うあなたたちとは相容れられないわ」
マチェーテをハンドへ突きつけるアーム。眉に深い皺を刻んだハンドは、心の底から吐きだしたかのようなため息をする。
「死ぬために戦う……か、傍迷惑なものだ。首を落とされたければ、大人しく処刑台に登ればいいものを」
「――それができないからこそ、俺たちは犯罪者となったんだ。度しがたい愚か者だよ。俺たちも、お前たちも」
声がして、ハンドは弾かれたように振り返った。路地の奥から、ブレインが杖をついて歩いてくる。その手には銃が握られ、銃口がハンドへ向いていた。
「ブレイン……! もう現れたか。妹に会いに行ってやらないのかね?」
「お前が来なければそうしたさ。さぁ、どうする? いくらお前でも俺とアームを相手取って勝てやしないだろう」
険しく眉をひそめたハンド。だが、その目に諦めはない。
「――生き残ることはできる。この場での死は命令違反だ」
ハンドの足元に球が転がり込む。それは煙を噴き、ハンドの姿を覆い隠した。すかさずブレインが煙の中へ弾丸を放つ――弾が刃に弾かれたような音。煙が霧散すれば、そこにはもうハンドの姿はなかった。頭上のどこかから声がする。
「ブレイン! 若からの伝言だ! 『人々が燃える姿を見たくなければ、あんたが燃やせ』とな! 確かに伝えたぞ!」
それを最後にハンドの声は消えた。
「自分で燃やせ……か、なるほど」
どこか納得したようにブレインが呟く。アームがブレインに声をかけた。
「ここに来てよかったの? 妹ちゃんが危ないんじゃない」
「ヴェンに任せてきた。彼なら、自分の命を賭けてでもあの子を守り抜いてくれる」
なんの疑いもなくそう言ってのけるブレインに、アームはからかうような笑みを向ける。
「あの帰還兵君? この短い付き合いで、ずいぶんと信頼しているのね」
「短くとも分かることはある。彼は情に弱すぎるが、信頼するならああいう男に限る」
「……妬けちゃうわ。あなたにそこまで言わせるなんてね」
「そういうな、アーム。彼のことは信頼しているが……最も信用しているのは君だ。俺の目指す先を知ってもなお、隣に立ってくれるのは君しかいないのだから」
アームの腕を取るブレイン。そのままブレインの身体にしなだれかかるアーム。
「そろそろ抗争は次の段階に進む……最後までついてきてくれるな? アーム」
「ええ、お供するわ。黙示の日まで、ね」
二人は腕を絡め、血に濡れた袋小路を後にする。




