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記憶屋の異世界請負人  作者:


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第五話:もう一人の記憶屋

「違法業者の摘発は、慎重に進めてください」


藤堂局長は、僕の報告を聞いて言った。


「ただ潰すだけでは、また別の業者が現れます。根本的な解決が必要です」

「根本的な、解決」

「ええ。なぜ違法業者が必要とされるのか。その理由を理解しなければなりません」


藤堂局長は、窓の外を見た。


「葛西さん、あなたはどう思いますか?我々の審査基準は、正しいと」

「…わかりません」


僕は、正直に答えた。


「確かに、危険な記憶を無制限に流通させることはできません。でも、それを必要とする人もいます」

「そうですね」


藤堂局長は、小さく頷いた。


「実は、本省で新しい方針が検討されています。『条件付き認可制度』です」

「条件付き、認可」

「特定の条件を満たした場合に限り、現在は禁止されている記憶の販売を認めるというものです」

藤堂局長は、僕を見た。

「あなたには、その制度設計に関わってもらいたい。現場を知る者として」




一週間後、僕は再び異世界にいた。

今回の目的は、違法業者の実態をさらに調査すること。そして、可能なら対話すること。


「葛西、来客だ」


ガルドが、支店の応接室に案内してきたのは、意外な人物だった。


「初めまして。私は『記憶の館』の経営者、ヴィクトル・グレイです」


痩せた中年男、あの違法業者の主だ。


「なぜここに」

「話がしたくて。お互い、記憶を扱う者同士ですから」


ヴィクトルは、落ち着いた様子で座った。


「あなたは、私のことを違法業者だと思っているでしょう。間違いではありません」

「自覚があるなら」

「待ってください」


ヴィクトルは、手を上げた。


「私にも、言い分があります。聞いていただけませんか」


僕は、黙って頷いた。


「私は、十年前まで正規の記憶転写技師でした。あなた方の組織とは違いますが、似たような仕事をしていました」


ヴィクトルは、遠い目をした。


「ある日、私の妻が病気になりました。治療には、高度な外科手術の記憶が必要でした」

「それで」

「組織に申請しましたが、却下されました。『倫理審査に通らない』と。妻の病気は、戦争で負った古傷が原因だったんです」


ヴィクトルの声には、苦みがあった。


「戦争の記憶、兵士の記憶。そういったものは、すべて『危険』だと。だから、治療に必要な記憶も提供できないと」

「それで、違法な方法を」

「ええ。闇市場で記憶を買いました。そして、妻を救いました」


ヴィクトルは、僕を見た。


「あなた方の『倫理』で、どれだけの人が苦しんでいるか、わかりますか?」





「確かに、私は危険な記憶も扱っています」


ヴィクトルは、続けた。


「暗殺術、戦闘技術、爆発物の製造方法。あなた方が禁止している記憶です」

「それを認識した上で、販売を」

「ええ。でも、私は無差別に売っているわけではありません」


ヴィクトルは、懐から小さな手帳を取り出した。


「これは、私の顧客リストです。全員の素性を調べ、用途を確認し、リスクを評価しています」


手帳には、びっしりと記録が書かれていた。


「この男は、盗賊に襲われた経験があり、家族を守るために戦闘技術を求めました」

「この女性は、元兵士で、PTSDに苦しんでいました。同じ経験をした他の兵士の記憶が、彼女を救いました」

「この青年は、爆発物の記憶を求めました。鉱山で働くため、岩盤の発破技術が必要だったんです」


ヴィクトルは、手帳を閉じた。


「私は、彼らを救いました。あなた方の『倫理』では救えなかった人々を」


僕は、何も言えなかった。


「葛西さん、あなたは良い人だと聞いています」


ヴィクトルは、静かに言った。


「だからこそ、考えてほしい。本当の『倫理』とは何か。誰のための『審査』なのか」





ヴィクトルが帰った後、ガルドが声をかけてきた。


「どうした、難しい顔して」

「ガルド、お前はどう思う」

「何を?」

「ヴィクトルの言うことは、正しいのか」


ガルドは、しばらく考えてから答えた。


「正しいかどうかは、わからねえ。でも、間違ってもいねえ」

「どういう意味だ」

「世の中、一つの正解なんてねえんだよ」


ガルドは、窓の外を見た。


「お前らの組織は、安全を優先する。それも一つの正義だ」

「ヴィクトルは、救える命を優先する。それも一つの正義だ」

「じゃあ、僕は」

「お前は、お前の正義を見つけろ」


ガルドは、僕の肩を叩いた。


「お前は真面目すぎるんだ。もっと、自分の頭で考えろ」





東京に戻り、僕は藤堂局長に報告した。


「ヴィクトル・グレイという男と会いました」

「ほう」

「彼には、彼なりの正義がありました」


僕は、ヴィクトルとの対話を詳しく報告した。

藤堂局長は、黙って聞いていた。


「葛西さん、あなたはどう思いますか」

「…正直に言えば、混乱しています」


僕は、ためらいながら続けた。


「記憶管理局の方針は、安全を優先するものです。それは理解しています」

「でも、その方針で救えない人もいる」

「ええ」


藤堂局長は、深くため息をついた。


「実は、私もずっと悩んでいたんです」

「局長も、ですか」

「ええ。我々の審査基準は、本当に正しいのか。もっと柔軟な対応はできないのか」


藤堂局長は、窓の外を見た。


「だからこそ、条件付き認可制度を提案しているんです」

「でも、それを実現するには」

「膨大な検討が必要です。どの記憶を、どの条件で、誰に認可するのか」


藤堂局長は、僕を見た。


「葛西さん、あなたには引き続き、ヴィクトルとの対話を続けてほしい」

「対話を、ですか」

「ええ。彼の経験、彼の基準、彼の判断方法。それらを学び、我々の制度に活かすんです」


藤堂局長は、真剣な表情で言った。


「違法業者を潰すのではなく、協力する。それが、本当の解決策かもしれません」




その夜、僕は一人、自分のデスクで考えていた。

記憶は、商品だ。

でも、それは人の人生そのものでもある。

だからこそ、慎重に扱わなければならない。

でも、慎重すぎれば、救えない命がある。

その狭間で、僕は何をすべきなのか。


「葛西さん、まだいたんですか」


後輩の声に、僕は顔を上げた。


「ああ、少し考え事をしていて」

「大変ですね。でも、葛西さんなら、いい答えを見つけられると思います」


後輩は、そう言って笑った。

僕は、小さく笑い返した。

いい答え、か。

そんなものが、本当にあるのだろうか。

窓の外では、東京の夜が更けていった。

明日、また異世界に行く。

ヴィクトルと、もう一度話をする。

そして、少しずつでも、答えを探していく。

それが、今の僕にできることだ。

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