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記憶屋の異世界請負人  作者:


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第一話:鍛冶師の依頼

転送の瞬間は、いつも不快だ。

視界が歪み、体が無数の粒子に分解されるような感覚。数秒後、僕は見慣れた石畳の上に立っていた。

ここは、異世界の商業都市アルディナ。記憶管理局が設置した「支店」がある場所だ。


「よう、葛西。また来たのか」


声をかけてきたのは、ガルドだった。元傭兵の彼は、この支店の警備を請け負っている。右腕がないことを除けば、屈強な体格をした中年男だ。


「今日の依頼人はどこだ?」

「会議室で待ってる。辺境から三日かけて来たらしい。相当気合い入ってるぜ」


ガルドに案内され、僕は会議室に入った。

そこには、真っ黒に日焼けした筋骨隆々の男が座っていた。四十代半ばだろうか。粗末な服を着ているが、その目は真剣そのものだった。


「あんたが、記憶屋か」

「厚生労働省記憶管理局の葛西です。刀鍛冶の技術を希望されていると伺いましたが」


男は大きく頷いた。


「俺の村じゃ、代々鍛冶をやってきた。だが、技術が途絶えそうなんだ。息子に教えようにも、俺自身の腕が未熟で…」

「それで、日本刀の技術を」

「ああ。聞けば、お前らは『本物の職人の記憶』を売ってるって話じゃないか」


僕は手元の記憶媒体を取り出した。


「これが、人間国宝・村田幸三郎の記憶です。彼の五十年にわたる刀鍛造の経験が、この中に入っています」


男の目が、わずかに見開かれた。


「それを…俺に?」

「記憶の転写には、二つの条件があります」


僕は、いつもの説明を始めた。


「一つ目。記憶はあくまで『経験の追体験』です。これを使えば、村田さんが体験したすべての感覚を得られます。鉄を打つ音、炉の熱、刃文の美しさ。すべてを、あなたの記憶として保存できます」


男は固唾を呑んで聞いている。


「二つ目。ただし、記憶を手に入れても、それだけでは技術は完成しません。記憶は『スタートライン』です。そこから先は、あなた自身の鍛錬が必要になります」

「…それでいい」


男は力強く答えた。


「俺が欲しいのは、『正しい道筋』だ。闇雲にやってきた二十年より、一流の職人の経験を追体験できる方が、ずっと価値がある」


僕は頷いた。この男は、記憶の本質を理解している。


「わかりました。では、契約書にサインを」




契約は滞りなく完了した。記憶の転写は、専用の装置を使って行う。男の額に装置を当て、記憶媒体をセットする。


「では、始めます」


スイッチを入れると、装置が淡い光を放った。

男の表情が、徐々に変化していく。驚き、畏怖、そして…歓喜。

五分後、転写が完了した。


「…これが、本物の技か」


男は、自分の手を見つめながら呟いた。


「感じるんだ。鉄の声が。炎の温度が。刃の曲線が」

「ただし、忘れないでください。それはまだ『記憶』です。実際に体を動かして、初めて技術になります」

「ああ、わかってる」


男は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。これで、息子に…村に、技術を残せる」


男が去った後、ガルドが声をかけてきた。


「いい仕事してるじゃねえか」

「…そうかな」


僕は、記憶媒体の空になったケースを眺めた。

記憶は、商品だ。

それは間違いない事実だ。

でも、時々思う。

人の人生を、経験を、こうして売買することの意味を。


「考えすぎだぜ、葛西。お前がやってるのは、技術の継承だ。悪いことじゃねえよ」


ガルドは、そう言って笑った。

僕は、何も答えなかった。

窓の外では、異世界の太陽が、ゆっくりと傾き始めていた。

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