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記憶屋の異世界請負人  作者:


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第十二話:新しい時代

記憶流通管理課が正式に発足した。

メンバーは、僕を含めて十名。

そして、異世界側の協力者として、ヴィクトルとガルド。


「よし、みんな集まったな」


僕は、初めての課内会議を開いた。


「これから、我々は記憶流通の新しい時代を作る」

「安全に、適切に、そして人々のために」


メンバーたちが、真剣な表情で頷いている。


「最初の課題は、記憶提供者の拡大だ」


僕は、ホワイトボードに書いた。


「現在、記憶管理局には約百名の提供者がいる」

「これを、三年で千名に増やす」

「千名、ですか」


後輩が、驚いた表情で言った。


「多すぎませんか?」

「多くない。むしろ、少ないくらいだ」


僕は、資料を配布した。


「異世界からの記憶需要は、年々増加している」

「医療、建築、農業、芸術。あらゆる分野で、日本の技術が求められている」

「それに応えるためには、多様な記憶が必要だ」




記憶提供者の募集キャンペーンを開始した。


「あなたの経験を、未来に残しませんか?」


ポスターには、そう書かれている。

反応は、予想以上だった。


「記憶を提供したいんですが」


最初の応募者は、六十代の大工だった。


「五十年、建築の仕事をしてきました」

「この技術を、誰かに残せるなら」


僕は、彼の手を見た。

たくさんの傷跡。五十年の証だ。


「ありがとうございます。あなたの経験は、必ず役立ちます」


次に現れたのは、若い女性だった。


「私は、看護師です。まだ五年ですが」

「でも、災害現場での経験があります」

「その経験を、必要としている人がいますか?」

「もちろんです」


僕は、彼女の申込書を受け取った。


「経験の長さではありません。その経験の質です」

「あなたの災害現場での判断力は、多くの命を救うでしょう」




一方、異世界でも変化が起きていた。


「記憶を買いたいんです」


訪れたのは、若い陶芸家だった。


「私は、代々続く窯元の跡取りです」

「でも、父は三年前に亡くなりました」

「技術を、すべて学ぶ前に」


彼女は、悲しそうに続けた。


「工房には、父の作品が残っています」

「でも、どうやって作ったのか、わからない」

「父の記憶は、残っていませんか?」


僕は、首を振った。


「残念ながら、お父様の記憶はありません」

「そうですか…」

「でも」


僕は、代替案を提示した。


「似た技術を持つ陶芸家の記憶があります」

「日本の伝統工芸士、瀬戸焼の名人の記憶です」

「その記憶を基に、お父様の技術を再現できるかもしれません」


女性は、希望の光を取り戻した。


「本当ですか?」

「試してみる価値はあります」




陶芸家の女性、セラに記憶転写を行った。

瀬戸焼の名人、加藤三郎の記憶。

七十年にわたる陶芸人生が、彼女の中に流れ込む。

転写後、セラは工房に戻った。

そして、父の作品を手に取った。


「見えます…感じます」


セラは、作品を撫でた。


「この釉薬の配合。この焼き方」

「加藤さんの記憶の中に、似た技法がありました」


セラは、すぐに作業を始めた。

土を捏ね、ろくろを回し、形を作る。

加藤三郎の記憶と、父の作品と、セラ自身の感性が融合していく。

一週間後、窯から作品を取り出した。


「これは…」


それは、父の作品に酷似した壺だった。

でも、完全に同じではない。

そこには、セラ自身の個性が加わっていた。


「父の技術を、受け継げました」


セラは、涙を流した。


「そして、私なりの工夫も加えられました」

「これが、記憶の力なんですね」




三ヶ月後、記憶流通管理課には、毎日多くの申請が届いていた。


「葛西課長、本日の申請は三十件です」

「わかった。順番に審査していこう」


僕たちは、一件一件、丁寧に審査した。

使用目的。

本人の適性。

リスク評価。

そして、最終判断。


「この申請は、認可」

「この申請は、追加資料が必要」

「この申請は、保留。もう少し調査が必要だ」


作業は大変だった。

でも、やりがいがあった。

一件一件が、誰かの人生を変える。

その責任と喜びを、僕たちは感じていた。




ある日、エリシアから連絡があった。


「葛西さん、聞いてください」


彼女の声は、興奮していた。


「ブルーメンタール家の織物が、王宮に採用されました」

「本当ですか?」

「ええ。王妃様が、私の織物を気に入ってくださって」

「宮廷御用達として、正式に認められたんです」


エリシアは、嬉しそうに笑った。


「これも、すべてあなたのおかげです」

「いいえ、あなたの努力です」

「でも、最初の一歩は、あなたがくれました」


エリシアは、真剣な表情で言った。


「葛西さん、私も記憶提供者になりたいんです」

「あなたが?」

「ええ。バルトから受け継いだ技術、そして私自身が磨いた技術」

「それを、次の世代に残したいんです」


僕は、彼女の目を見た。

そこには、強い決意があった。


「わかりました。手続きを進めましょう」




その夜、僕は一人、オフィスで書類を整理していた。

記憶提供者のリスト。

すでに、三百名を超えている。

職人、医師、芸術家、技術者。

様々な人々が、自分の経験を未来に残そうとしている。

そして、異世界では、その記憶を受け取った人々が、新しい未来を作っている。


「いい光景だな」


ヴィクトルが、お茶を持って現れた。


「一年前、私は違法業者でした」

「でも今は、正規の転写技師として働いている」

「あなたが、道を示してくれたからです」

「僕一人の力じゃない」

「いいえ」


ヴィクトルは、微笑んだ。


「あなたは、記憶屋です」

「人々を繋ぎ、未来を作る」

「それが、あなたの仕事です」


窓の外では、東京の夜景が輝いていた。

そして、遠く異世界でも、誰かが新しい一歩を踏み出している。

記憶という絆で繋がれた、二つの世界。

その架け橋として、僕は働き続ける。

それが、記憶屋の使命だ。

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