プロローグ
記憶は、商品になる。
そんなことを、僕が初めて知ったのは、この職場に配属された八年前のことだ。
厚生労働省記憶管理局第三課。一般には公開されていない部署で、僕は今日も異世界との記憶流通業務に携わっている。
「葛西さん、次の転送時間は午後三時です。準備はいいですか?」
後輩の声に、僕は手元の資料を確認した。
今日のクライアントは、辺境の村の鍛冶師。日本刀の鍛造技術を希望している。こういった伝統技術の記憶は、売れ筋商品だ。
「ああ、問題ない。今回の記憶提供者は誰だ?」
「刀匠の村田さんです。すでに記憶の抽出は完了しています」
村田幸三郎。人間国宝に認定されている刀匠で、記憶管理局とは長年契約を結んでいる。彼の記憶は、特に異世界での評価が高い。
僕はカプセル型の記憶媒体を手に取った。この中に、村田さんの五十年以上の鍛造経験が凝縮されている。重さは100グラムにも満たないが、その価値は計り知れない。
異世界への転送まで、あと二時間。
僕は、いつものように淡々と準備を始めた。




