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「断る」
悲しいほど呆気なく、ドゥラコンはツェリルの申し出を断った。
「どうしてっ?」
「面倒だから」
あっさりと言い切ったドゥラコンは、もう興味が失せたのか背を向けて歩き出す。
「ドゥラコン殿!」
「お前の唇を奪った代償として、女を神官として受け入れたアリイェの愚行は内密にしておいてやる。
じゃあな」
「あ……!」
ここまできて何の成果もないまま帰るなんて、許されないと思うのに、そのまま訓練所に入っていくドゥラコンを止めることがなぜかできない。
突然の口づけも、脅すようにアリイェの名前を出されたことも、ツェリルにはどう考えていいのかまったくわからない。
どのくらいその場に立ち尽くしていただろうか。
ツェリルは人の気配を感じ、慌ててその場を立ち去った。
せっかく、自分一人の力で何とか次期皇帝を見つけようと思ったのに、最初の一人目で挫折してしまった。
しかも、まったく意図しないままくちづけまでされてしまったのだ。
(あの男……っ)
途中の泉で、何度も何度も顔を洗い、唇を拭ったが、あの時感じたドゥラコンの唇の感触は消えてくれない。
ドゥラコンは、どうしてあんなことをしたのだろう。
ツェリルの申し出を断るだけだったら、あんなことまでしなくても良かった。
あれはツェリルを牽制したわけではないだろう。
単にからかっての行為だ。
そんなもので唇を穢してしまったことを深く後悔し、安易な自分のやり方を反省する。
「あんなこと、たいしたことじゃないもの」
(私の身は、もうすべて神に捧げているんだから)
ドゥラコンが触れたのは、ただの器にだけだ。
顔も服もびしょ濡れになったまま、ツェリルは泉に映る自分の顔をじっと見た。
黒髪に黒い瞳。
その容姿はバラッハ帝国内でも少数で、今度は外で待ち伏せするのではなく宮殿まで乗り込もうとしても、きっと目立ってしまうだろう。
もしかしたら、次期聖女は黒髪に黒い瞳だと、一部の人間は知っているかもしれない。
そうなると、ますます動きにくい。
「私が、私でなくなれば……」
不意にツェリルは立ち上がった。
良い案を思いついたのだ。
急いで神殿に戻り、アリイェの姿を探す。
目立つ彼はすぐに見つかった。
「アリイェさま!」
「ツェリル」
相変わらず穏やかな笑みを湛えながら迎えてくれたアリイェの目の前に立つと、彼はツェリルの姿を見て少し眉を顰める。
「その格好はどうしたのです?
濡れているようですし……何かありましたか?」
優しいその言葉に甘えて何もかも告白したくなるが、あんなに情けないことを口にするのはやばり恥ずかしい。
今はそのことよりも、自分にはしなければならないことがある。
「アリイェさまにお願いしたいことがあるのです」
真っ直ぐに目を見つめて吿げれば、アリイェも促すような眼差しを向けてくれる。
その眼差しに勇気をもらい、ツェリルは先ほど思いついた自身の願いを口にした。




