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考えても、ツェリルには良い案が思いつかなかった。
公に聖女だと公表されない限り、ツェリルは容易に神殿の外に出ることはできない。
しかし、他の人間の手を借りようとしても、次期皇帝になる者がどういう条件を揃えた者か公言することはできないのだ。
駄目だということばかりだが、それでもどちらかの方法を取るのなら。
二日後、まだ陽も昇らない時間に、ツェリルは誰にも秘密で神殿を抜け出した。
(確かっ、早朝は訓練場にっ)
ツェリルは神官や料理番に、何とか理由を吿げないようにしながらドゥラコンの情報を得た。
根ほり葉ほり聞くことはできないので表面的なことばかりだったが、それはツェリルにとってはあまり好感の持てないものばかりだった。
ある者はドゥラコンは女好きで、宮殿内にも王都にも、数え切れないほど彼が手を付けた女がいると言った。
ある者はドゥラコンは勉学よりも剣術の方が好きで、しょっちゅう王都で喧嘩相手を探し、大騒ぎを起こしていると言った。
ある者はドゥラコンは一所に落ち着かず、宮殿を不在にすることの方が多いと言った。
しかし、驚くことにそんな彼を悪く言う者はいなくて、どちらかと言えば親近感さえ抱いているように感じ、ツェリルはドゥラコンという男がどんな人物なのかまったく想像がつかなかった。
ただ、その話の中で、ツェリルはドゥラコンが宮殿にいる時は必ず、毎朝訓練場に顔を出すらしいという情報を得た。
実際に訓練をするほど生真面目なのかどうかはわからないし、第一今彼が宮殿にいるとは限らない。
それでもまず一歩踏み出したくて、ツェリルは男物の神官の衣装を身につけて神殿を抜け出したのだ。
訓練場は宮殿のすぐ近くにあった。
どうやって中に入ろうか、石塀に囲まれた建物をぐるりと見回していたツェリルは、微かな人の気配を感じて足を止めた。
「何者だ?」
「!」
(いつの間に……っ?)
微かな気配だと思っていたのに、その声は驚くほど近くで聞こえた。
反射的に振り向いたツェリルは、そこに立つ一人の男の姿に息をのむ。
その男は、粗野で傲慢な零囲気をまとっていた。
ツェリルと同じ黒髪は無造作に短く切られ、瞳は深い森のような緑色。
容姿は男らしく整っていると思う。
身長もとても高く、嫌みなほど手足も長くて、身体も鍛えているのが感じ取れた。
身軽な衣装は一見武将にも見えたが、よくよく見た剣の柄の紋章は、皇族しか身に着けることを許されないものだ。
(この男が、ドゥラコン)
尋ねなくても間違いでないと、ツェリルは確信して緊張した。
「おい、神官がこんなところで何をしている?」
どうやらドゥラコンは、ツェリルが女だということがわからないらしい。
ゆったりとした、身体の線が出ない神官の衣装では無理もないし、かえって好都合だ。
「あなたが、皇太子、ドゥラコン殿だな」
できる限り声を落として尋ねると、ドゥラコンは腕を組んで楽しげに口元を緩めた。
「で?」
「……っ」
何だか馬鹿にされている気がしたが、ここで怒ってもしかたがない。
今のツェリルはドゥラコンの腰に痣があるかどうかだけを確かめたいのだ。
「あなたの裸身を見せて欲しい」
時間もないので単刀直入に言うと、さすがにドゥラコンは驚いたようだった。
無理もない、見ず知らずの神官にいきなり裸が見たいと言われたのだ。
不審者として捕らえられても不思議ではなかった。
しかし、ドゥラコンはすぐにその驚きを消化したのか、ますます楽しげに目を細めて笑った。
「何のために?」
「何の……」
(正直に言ってもいいのかしら……)
現時点で、次期皇帝についてどんな神託を受けたかということはヤッフェ以外知らない。
それをツェリルの独断でドゥラコンに告げてもいいのかどうか迷った。
まさか今からヤッフェに確認することもできず、どんな方向に話が進むにせよ、自分で決めなければならない。
逡巡するツェリルを黙って見ていたドゥラコンが一歩前に足を踏み出した。
「!」
これ以上近づかれてしまつては、ツェリルが女だと見破られてしまう。
その前に目的を遂げなければと焦ったツェリルは、少し乱暴に話を切り出した。
「私が見たいだけだっ」
「はは、何だそれは」
鼻で笑われた。
「男の裸が見たいのか?」
「そ、そうだっ」
「どこまで?」
「ど、どこ?」
「全部?」
そう言いながら、ちらっと向けられる流し目は、神官たちの噂を肯定するほどの艶っぽさだ。
『女の扱いはお手のものらしいです』
(本当に、女の敵!)
神に仕える自分にまで色目を使う、色ボケ皇子。
こんな男が次期皇帝になるかもしれないなんて不安過ぎる。
それでも、神のお告げに間違いはないはずで、それを確かめるためにもツェリルはドゥラコンの腰に痣があるかどうかを自分の目で確認しなければならない。
とりあえず、脱ぐ気なら全部脱いでもらったって構わない。
そう答えようとしたツェリルは、 いつの間にか間合いを詰められていたことに気づかなかった。




