6
(背中の痣……あれ?
前に、私……)
ずっと以前、これと似たようなものを見たような気がしたが、ツェリルはすぐに思い出すことができなかった。
それに、今は昔の記憶を思い起こす暇があるなら、目の前の事実に基づいてすぐに行動をしなければならない。
ツェリルはヤッフェを振り返った。
「ばあばさま、水鏡に腰にバラッハ帝国の紋章と同じ痣のある人物が浮かび上がりました。
多分神は、その人物が次期皇帝だと告げていらっしゃると思います」
「多分、か?」
「い、いいえ」
こんなに重大なことを、不確かな言葉で口にするなんてできない。
ツェリルは改めて言い直した。
「神が、そう告げています」
その言葉にゆっくりと頷いてもらい、ツェリルはようやく一息つく。
だが、問題はこれからだ。
「ばあばさま、このことを早く皇帝に告げなければ……」
「いや、この件についての全権は聖女に委ねられている。
すなわち、お前が見た腰に痣のある男を、お前自身が見つけなければならない」
「そ、そんなの、簡単に見つかるはずがないですっ」
バラッハ帝国に若い男がどれほどいると思うのか。
その一人一人の腰を確かめて歩くなんて、途方もなさ過ぎてまるで現実味がない。
「ならば、どうする?
できぬ、できぬと嘆いていても、お前以外の者がその男を見つけることはできないぞ」
皇帝の譲位は国の一大事だ。
容易に公言できるものではなく、そうなると実質ツェリル一人で動かなければならない。
現皇帝の血族に限らないというのが困った条件だが、それでも一番有力な候補は皇族の男ではないだろうか。
「あの、皇太子にお会いすることはできますか?」
現皇帝、シャオルには三人の皇女と一人の皇子がいる。
対外的な立場上は、その皇子が次期皇帝になる皇太子の座にいた。
次期皇帝は血族に限らないものの、言い換えれば血族であってもいいということだ。
一番可能性のある人物をまず最初に確かめた方が良い。
ツェリルはそう思ってヤッフェに尋ねた。
「ドゥラコン殿に、か」
「はい」
「彼は呼びだしても来ないだろう。
元々、皇帝の座に興味がないらしい」
「興味がない? 本当ですか?」
「変わった男だ」
「変わったって……」
ヤッフェは簡単に言うが、バラッハ帝国の皇帝の地位を欲しがらない者がいるとはとても信じられない。
しかも、現皇帝の子なのだ、必死になってなんとかその座を掴もうとするのが普通の人間ではないか。
神殿から、皇帝と皇族が住まう宮殿は見える距離にあるものの、ツェリルはこの神殿に来て敷地から外に出たことはない。
神事も皇帝だけが訪れることが多く、他の場合でもヤッフェが宮殿に赴くので、ツェリルはドゥラコンのことを何も知らないままだった。
「では、私が宮殿に赴くことはできますか?」
「まだ、お前が聖女になったことは公にされていない。
今のお前では神殿の外に出ることはできないな」
「そんな……ここから出ないで、あの痣の人物を見つけることなんてできませんっ」
すぐにそう訴えると、ヤッフェは楽しげに声を上げて笑いはじめる。
「そう怒るでない。
今のお前では、と言ったはずだ」
「だから、私ではっ」
「お前が、お前でなくなればいいだけではないか?」
「……ばあばさま、それって……」
「言葉通りだ」
既に解決の糸口は教えただろうと、ヤッフェはそのまま部屋を出て行く。
ツェリルは呆然とその後ろ姿を見送り、もう一度水瓶に視線を戻した。
そこはもう静かな水面に戻っていて、先程までの男ではなくツェリルの顔が映っている。
(あれは、確かに神のお告げ……)
この目で見たあの痣の男を見つけなければ、真にヤッフェの跡を継いだ聖女だとは言えないのだ。
どうすればこの神殿から出られるのか。
ツェリルはそれを考えるために深い思考の海に身を委ねた。




