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「ここは宮殿ではないんですよっ?」
「そうだな。
外を通る神官たちには、お前の色っぽい声が漏れ聞こえるかもしれない」
「そ、そんなことできるはずないでしょう!」
「お前が誰のものか、わざわざ教えなくても知れ渡るなんて好都合だ」
どうやら、何を言ってもドゥラコンはやめるつもりはないらしい。
ここが神殿の中でも、いっさい構わないなんて信じられない。
「ツェリル」
見下ろされ、ツェリルは緊張に強張った。
「返事を聞かせてくれ」
「そ、そんなの、あなたは構わないはずじゃ……っ」
「お前の口から聞きたい」
求婚の返事が欲しいというドゥラコンの顔は、どこか不安げに見える。
それが意識してやっているのかどうか、こんな場面に慣れないツェリルに判断はつかなかった。
それでも、逃げようとしたツェリルをここまで追いかけてきて、神を挑発するようなことを言ってでも引きとめようとしてくれる深い愛情を手放すことなど……無理だ。
初めて身体を合わせた相手と、心まで通じ合える。
そんな夢みたいなことが自分の身に起こるなんて今でも信じられないが、ツェリルは真摯に求愛してくれるドゥラコンの想いに応えたいと思う自分の心を止められなかった。
「……好き」
口から出たのは、そんな単純な言葉だった。
「私も、好き」
今ここで、ドゥラコンの妃になるとは、怖くてとても言えない。
それでも、自分の気持ちはドゥラコンに伝えなければと思った。
それを口にするだけでもツェリルにとってはかなり勇気がいることで、言ってしまってから固く目を閉じる。
そんなツェリルの頬を掠めた唇が、耳たぶを食みながら言った。
「今はそれで許してやろう」
「……っ」
傲慢な言い草だったが、いつものドゥラコンに戻ったようでツェリルは内心安堵した。
真摯な言葉や態度ももちろん胸が高鳴ったが、ツェリルが惹かれたのは普段のドゥラコンだからだ。
「ちょっ」
温かいものが胸の中に湧き上がったツェリルが余韻に浸っていると、悪戯な指は首筋から胸元へと下りて服の上から乳房を揉んでくる。
ツェリルはまた焦った。
好きだと伝えたが、ツェリルにとってここは神聖な神殿の中の一室で、淫らな欲を解放すべき場所ではなかった。
慌ててドゥラコンの手を止めて文句を言おうとしたが、目が合ったドゥラコンは手早くツェリルの胸元の紐を解いてしまった。
「ドゥラコン殿っ、ここでは……っ」
「ドゥラコン」
「え?」
「ドゥラコンと呼んでくれ」
今はそんなことを言っている場合ではないのに、ドゥラコンは呼び名を懇願しながら手の動きも止めなかった。
次から次へと思いがけないことばかり起こって、ツェリルはいっぱいいっぱいだ。
ここでドゥラコンを拒否するには、好きという気持ちがある以上どこか弱くなってしまう。
その上、抵抗するツェリルに焦れたドゥラコンが、先ほど言ったことを強行する可能性だってあった。
『ならば、祭壇の前でお前を抱こうか。
神に見せつけたいと思うほどに、お前を愛おしいと思っているからな』
それだけは絶対に駄目だ。
いくら聖女を辞退するっもりでも、神の前で淫らな自分は見せられるはずもない。
(結局、ドゥラコン殿の思惑通り……)
この男はどこまで計算しているのだろう。
ツェリルは何とか一矢報いたいと思い、ドゥラコンの顔を見上げて言った。
「ドゥラコン」
「……っ」
(うわ)
名前を呼び捨てにしただけなのに、その瞬間ドゥラコンは意外なほど驚いた表情を見せ、次には耳が赤くなっている。
自分で言ったくせに、ツェリルが素直に敬称を外すとは思わなかったらしい。
「……可愛い」
思わず零れた声に悔しげな顔をしたのは一瞬で、すぐにドゥラコンは仕返しとばかりに襟元を乱しながら中へと手を差し入れてきた。
まだ薄い肌着越しの感触だったが、ツェリルはもう自身の乳首が擦れて立ち上がりかけているのがわかる。
あさましい反応に思わず身を捩ろうとしたが、ドゥラコンはその感触を楽しむかのように指先で摘んできた。
「可愛い」
「ば、馬鹿っ」
それは、先ほどのツェリルの言葉への意趣返しなのだろうか。
違うと言いたくても、自分の身体の反応は自分の方がよくわかっていた。
このまま流されてしまうかもしれないと思ったが、ふと、ツェリルはまだ心の片隅に残っている拘りに気づいた。
ドゥラコンの想いがわかった今、ようやく許されるかもしれないと緊張しながら、覆い被さってくる男の腰に触れて懇願してみる。
「あなたの……あなたの肌を、見せてほしい」
今まで身体を重ねた二回とも、ドゥラコンは服を脱がなかった。
それがツェリルに対する壁のように感じていたのも確かだ。
だが、両想いになった今なら、ドゥラコンはツェリルと心と身体を重ねようと思ってくれないだろうか。
ドゥラコンの答えを待つ間、ツェリルは不安と期待に押し潰されそうになっていた。




