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翌日、あまり眠れないまま川辺にやってきたドゥラコンは、寝もせず土嚢作りを続ける兵士や村人に声を掛け、励ました。
そこに、昨日初めて会ったツェリルの父親がやってくる。
「……帰った?」
「は、はい。
自分には聖女としてしなければならないことがあるからと。
ドゥラコンさまには、くれぐれもこの地のことを頼みますと申しておりましたっ」
まだ夜が明け切らないうち、ツェリルはナメルと共に王都に向けて出立したらしい。
一言も相談がなく姿を消されてしまったことに、ドゥラコンは自分が考えているよりもはるかに強い衝撃を受けていた。
ナメルよりも自分の方がツェリルに近い場所にいる。
そんな、根拠のない自信がもろくも崩れ去っていく。
ドゥラコンは奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
今なら自分が馬に乗って追いかければ、容易に二人に追いつくことができる。
ツェリルに真意を問い、自分の中の疑問を晴らすことも可能だ。
「ネツ、続けるぞ。
今は雨がやんでいても、また降り出すかもしれない。
今のうちにしっかりと土塀を完成して、増水を緩和する支流の作成計画も練らねばならん」
「わかった」
この地に残るということを決めた時、ドゥラコンは自分の身体の中に流れる人の上に立つ力を感じ取っていた。
(どんなに否定しても、俺の本意はあらかじめ決まっていたということか)
ツェリルが神から受けた神託は、腰にバラッハ帝国の紋章がある男が次代の皇帝だということだった。
そしてその紋章は、確かにドゥラコンの身体に刻み込まれている。
ドゥラコンはようやく決意した。
王都に戻った時、ツェリルにこの身体の秘密を話すのだ。
気が高まり、体温が上昇しなければ現れない特殊な痣は普段は人の目に晒されない。
しかし、ツェリルを抱き、気分が高揚した時には、きっと鮮やかに浮き出てくるはずだ。
そして、その場でツェリルに自分の気持ちを伝える。
けして戯れでその身体を抱いたわけではなく、真に愛おしいと思っているということを。
手段の拙さを詰られても、不信感を口にされても、諦めるつもりはまったくない。
ツェリルが拒否をし続けたら、強引に口説き落とすつもりでいた。
五日間の不眠不休の作業で、何とか目処が立ったと判断したドゥラコンは急いで王都に戻った。
来た時と同じくらい、いや、それ以上に逸る心のまま馬を走らせ続け、三日目の夜にようやく王都に帰ってきた。
「ドゥラコンさまっ」
「ドゥラコンさま、御無事で!」
「お手柄でございましたなっ」
出迎えてくれた城内の者は、口々にドゥラコンとネツをほめたたえてきた。
「俺一人の手柄ではない」
指揮を執ったのは確かに自分かもしれないが、実際に働いてくれた兵上や村人も同様の名誉がある。
それをきっぱりと口にしながら父である皇帝に帰途の挨拶をしようと向かった時、そこには父以外にもヤッフェとナメル、そしてアリイェまで揃っていた。
ヤッフェがわざわざ宮殿までやってくるのは非常に稀なことだ。
何だか、胸騒ぎがした。
「ご苦労だったな、ドゥラコン」
父の労いの声も上の空で、ドゥラコンはじっとナメルを見る。
すると、そんなドゥラコンの前にヤッフェが歩み出てきた。
すっと背筋を伸ばし、顎を上げている姿はとても神々しい。
ドゥラコンも自然と居住まいを正した。
「皇太子、ドゥラコン殿。
聖女、ツェリルからの神託を伝える」
「ツェリルから?」
「神は、次期バラッハ帝国皇帝に、皇太子、ドゥラコンをお選びになった。
謹んでお祝い申し上げる」
ドゥラコンは目を瞠った。
まさか、自分がツェリルと話す前に、ツェリルがそんなことを伝えているとは思いもよらなかったのだ。
第一、腰の痣を見せていないのに、なぜツェリルは確信を持ってドゥラコンが次期皇帝だと言えたのか。
「ヤッフェ殿、ツェリルは?
あいつはどこに?」
ここに、ツェリルがいないことが、どうしようもない不安を呼び寄せる。
「あれは、自ら聖女の任を降りると言った」
「何……?」
「己に聖女の資格はないと。
貴殿を皇帝に使命する役を終えて、神殿を去るつもりらしい」
「……馬鹿が!」
絞り出た声は、自身に向けたものだった。




