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聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


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(どうして?)


 あの日、二度目に身体を重ねた夜、ツェリルは確かにドゥラコンの裸身を確かめた。


 その時、男の腰には絶対にこんな痣はなかったはずだ。


 だとしたら、ツェリルが見ているものは何なのか。


「あれは、気が高まり、体温が上昇した状態になると浮き出てくる、特別な痣です」


 ツェリルはびくっと身体を震わせて振り向いた。


 ナメルも雨や泥で汚れた状態で、とても威厳のある大司教には見えない。


 だが、いつも湛えている穏やかな表情よりもはるかに、人間味が出ているように感じた。


 しかし、ツェリルは今のナメルの言葉の方が大きな衝撃で、ただただ目を見開いてその秀麗な顔を見上げることしかできない。


「幼い時から、本気で喧嘩をしたり、遊んだりした時だけ、ドゥラコンの身体にはあの痣が現れました。

 私たちはよく、勇気の証、と呼んでいたものです」


(じゃあ、あの時は……)


 ツェリルは再びドゥラコンを見た。


 ツェリルが初めてその身体を観察した時は、もう身体を合わせた時の興奮は冷めて落ち着いた状態だったからこそ、あの痣は消えていたということなのか。


 そんなことがあるなんて考えもしなかったツェリルは、ふと、今のナメルの言葉からドゥラコンが幼い時より己の身体の特殊な痣のことを知っていたのだとわかった。


 だとしたら、身体を合わせるなんて、あんな条件を出してきたのはなぜなのだろう。


 単に、ツェリルをからかいたかっただけだろうか。


 それとも、次期皇帝にどうしてもなりたくなかったのだろうか。


「ドゥラコンが権力を厭うているのは、多分私のせいですよ」


 突然そう切り出したナメルを驚いて見上げると、彼はあの赤い痣がある自身の腰に手をやりながら淡々と言葉を続けた。


「私は、ドゥラコンの影でしたから」


「影?」


「危険な場面で、ドゥラコンの代わりに表舞台に立つ子供だったのですよ。

 普段の私の髪はこんな色ですから、黒髪のドゥラコンになり代わっているとは誰も思わなかったのでしょうね」


「そんな」


 確かに、ナメルが言うように彼の髪は綺麗な銀色に近い金で、黒髪に変えただけでもずいぶん印象が変わるだろう。


 だが、まさかナメルがドゥラコンの影武者だとは思いもよらない事実だった。


「皇族である自分を守るためには、同じ子供である私を犠牲にできるのかと、幼い頃のドゥラコンはずいぶん激昂していました」


(え……じゃあ)


 ふとあることを思いついて、ツェリルはナメルの顔を真っ直ぐに見た。


「腰の、痣って……」


「これは、刺青です」


「ああ……」


 そこまでして皇太子を守るのかと愕然としたのと同時に、ようやく、真実が一つになった。


 自分の直感は間違いではなかったのだ。


(ドゥラコン殿が、次期皇帝だった……)


 ナメルの腰にあったのは刺青で、ネツの腰にあったのは傷だ。


 あらかじめドゥラコンに似せた刺青をいれたナメルと、偶然にも同じような場所に怪我をしてしまったネツ。


 普段はそこにないドゥラコンの特殊性となって、ツェリルは今の今までわからなかった。


 いや、聖女として未熟だったのだ。


 よく見ていれば、ドゥラコンの真実の人となりはおのずとわかったはずなのに。


 今さらながらにそれを痛感し、ツェリルは今にもその場に膝を折りそうになる。


「あれは変わった男です。

 寝る時間も惜しんで各地に赴き、様々な仕事をしているというのに、毎夜女遊びをしていると言われても笑って肯定して」


「ナメル、さま」


「それほど、権力を厭うていた……運命は変えられないのに」


 そう言ったナメルはツェリルを見た。


「私たちも、意識してあなたを騙そうとしていました」


「……」


「申し訳ありません」


「……いいえ、気づかなかった私が悪いんです」


 今までにも、幾度か確かめる機会はあったはずだ。


 いくら権力を厭うているドゥラコンだったとしても、もっとツェリルが真剣に訴えていたら、ちゃんと理由を話してくれたかもしれない。


 周りの噂に振り回されて、ドゥラコンはいいかげんな気持ちで、自分をはぐらかしているのだとばかり思っていた。


 身体を合わせたらなんて、からかいの言葉を本気で捉え、実際に無理矢理迫ってしまったツェリルのことを、ドゥラコンは内心どう思っていたのか、今になって想像すると怖くてたまらなくなった。


(淫乱だと、呆れているかもしれない)


 時間を戻すことができるのなら、もう一度始めからやり直したい。


 無茶なことだとわかっていてもそう考えずにいられなかったツェリルは、これから自分がどうすればいいのかと思い悩む。


 だが、その時視界の端に何かが過ったような気がして、ツェリルはハッと目を向けた。


 すると、先ほどドゥラコンに駆け寄ったよりもさらに年下の子供が一人、土塀によじ登って川を覗き込んでいる。


 雨はかなり小降りになってきたものの、川の水の流れは相変わらず速い。


 あんなところに落ちたらひとたまりもないと思うと、既にツェリルの身体は子供に向かって走り出していた。


「ツェリル殿!」


 ナメルの呼び止める声が背後で聞こえたが、ツェリルの足は止まらない。


 勢いのまま土塀をよじ登り、その半分の高さまで来た時、不意に子供の姿が視界から消えた。


「!」


 落ちた。


 そう思ったツェリルはさらに急いで土嚢の壁を登り切り、慌てて下を見下ろした。


(……いた!)


 滑り落ちていた子供は、水際のところで必死に麻布にしがみついている。


 しかし、足の腿部分までは既に川の中だ。


 雨がやんだとしても、川の流れはしばらく急なままで勢いは止まらない。


 子供の手の力だけでは耐えられる時間も長くないだろう。


 一度流されてしまえば、絶対に命はない。


 そう考えたツェリルは、水の勢いに恐怖を感じることはなかった。


「そのまま頑張るのよ!」


 子供に声を掛けながら、ツェリルも川側に慎重に下り始めた。


 雨に湖れた麻布は滑りやすく、何度も足が不安定にずり落ちたが、何とか子供の近くまで行くことができた。


 その頃にはツェリルと子供の様子に他の者も気づき始めたらしく、口々に励ましの声や、同じようにこちら側に来ようとする気配も感じる。


「えっ、えっ」


 子供が驚きと恐怖で引き攣れたような泣き声を上げているのが聞こえ、ツェリルは驚かさないようこ手を伸ばしながら声を掛けた。


「大丈夫よ、ほら、掴まって」


「お、お姉、ちゃっ」


「慌てないで、ね?」


 しかし、恐慌に陥っている子供に落ち着けというのは意味がなかった。


 一刻も早く水から上がりたいと焦ったせいで麻布を握りしめていた手を離してしまい、そのまま一気に小さな身体が水に持っていかれてしまった。


「!」

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