表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は秘密の皇帝に抱かれる  作者: アルケミスト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/63

47

「……ドゥ、ラコン、どのが?」


「そうだ。

 父上の命を受け、洪水対策の指揮を執ることになった。

 ツェリル、お前は落ち着いて俺からの連絡を待て」


 そして、ツェリルを追ってそこにいたネツを見る。


「お前もだ、ネツ」


 片手で自分を支えてくれるドゥラコンの顔は、初めて見るほどに厳しく、真摯なものだった。


 軽薄で、女にだらしない男と同一人物だとはとても思えない。


「既にツァフォン地区の兵は向かっている。

 お前は三軍隊率いてすぐに出立っ」


「御意」


 ネツは即座に踵を返して、訓練場に向かいながら側の官兵に何事かの指示を出している。


 急に周りの時間が大きく動き出したようだ。


 その時、ツェリルを抱きしめていたドゥラコンの腕が離れた。


(あ……)


 それが無性に寂しくて、不安で、ツェリルは思わず手を伸ばしてドゥラコンの腕を握る。


 そんなツェリルの行動に、ドゥラコンは目を細めてそっと頬に指を触れてきた。


「安心しろ」


「……私は……」


「お前は、神に祈る大切な役目があるだろう」


「でもっ」


「後は任せてくれたらいい」


 指が離れるのと同時に、軽くくちづけされたかと思うと、ドゥラコンも足早に宮殿に向かっていく。


 さっき言っていたことを考えると、出達の準備を整えるためだろう。


 一人取り残されたツェリルは、自分がどうしたらいいのかわからなくなった。


 だが、ここでじっとしていていいのかと、何度も自分の心に問いかける。


「あ……」


 ぽつんと、頰に何かが当たったような気がして空を見上げれば、いつの間にか真っ黒な雲が覆っていて、まばらな雨粒が落ち始めていた。


 王都で降り始めたならば、アルシェクはきっと嵐になっているはずだ。


「私は、ここで……」


 命の危険もなく、雨風をしのげる立派な建物の中で、ただ神に祈るしかないのか。


 ツェリルは唇に触れた。


 ネツに奪われるようにされたくちづけは、先ほどのドゥラコンの優しいそれで完全に塗り替えられている。


(ドゥラコン殿……)


『後は任せてくれたらいい』


 その言葉を……。


「……っつ」


 ツェリルは走り始めた。


 つい先ほど、むやみやたらに走り出した時の気持ちとはまったく違う、しっかりとした目的を持つて走り続ける。


(私は、聖女失格だ!)


 聖女は、誰にでも国民全員に平等な愛を注がなければならない。


 私欲のために、行動はしてはならない。


 何度も言い聞かせてきた教訓は、ツェリルの血肉にはならなかった。


 そればかりか、神を信じて静かに待つということさえもできない。


 しかし、今動かなければ、きっと後悔するだろうともわかっていた。


 そのために資格を奪われても、ヤッフェに喚かれても、責任をとる覚悟はある。


 いつの間にか激しくなった雨の中、休まずに走り続けたツェリルは神殿の中に飛び込んだ。


「ヤッフェさま!」


 求める名を呼び、必死にその姿を探す。


「ツェリル殿」


「ナメルさまっ?」


 その声に気づいたらしいナメルの姿に、ツェリルは駆け寄って訴えた。


「ヤッフェさまにお伝えくださいっ、私は今からアルシェクに向かいますっ!」


「アルシェクに?

 まさか、洪水のことでですか?」


 柔らかな笑みを消し、厳しい表情を向けてくるナメルに、ツェリルは何度も頷いてみせる。


「そうですっ」


「しかし、聖女のあなたが行っても……」


「私だけが安全な場所にいることなどできません!」


「ツェリル殿っ」


「よい」


「ヤッフェさま!」


 難色を示すナメルの声を遮ったのは、朗々と響くヤッフェの声だった


「行くがよい、ツェリル」


「……いいのですか?」


「止めても、お前は行くだろう?」


「……はいっ」


 ツェリルの返事にヤッフェは笑う。


 いつもの、皺くちゃの笑顔だ。


「聖女として、お前にもできることがある。

 さあ、雨が酷くならぬうちに」


「ありがとうございますっ、ばあばさま!」


 深く頭を下げ、ツェリルはすぐに外に出ようとしたが、


「待ちなさい」


 再び、ナメルに止められてしまった。


 大司教として、聖女の勝手な行動を許すことはできないのかと身体を硬くしたが、次の彼の言葉は思いがけないものだった。


「まずは旅支度を整えなさい。

 そのまま行く気ですか?」


「あっ」


 確かに、女官の衣装では馬に乗るのも心許ない。


「用意ができたら門前に。

 私も同行します」


「ナメルさまっ?」


「さあ、早く」


 背を押され、そのままツェリルは駆け出す。


 心はもう、アルシェクに向かって走り出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ